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【論説】河原昌一郎「台湾の法的地位未定論新論」

-中国は台湾領有の法的資格を有せず-

令和4年(2022年)9月

    上席研究員

河原昌一郎

1 台湾の法的地位未定論とは

 中国の台湾侵攻はあるのか、あるとすればそれはいつか、という問題が最近では緊迫感をもってマスコミでは取り上げられるようになった。ロシアのウクライナ侵攻後にはこれとの対比でより熱を帯びて語られるようになっている。

 この中国による台湾の武力統合といういわゆる台湾問題は、現在の東アジアで最も緊急性があり、また最もその影響の程度・範囲が大きく、米国とともに我が国をも巻き込まずにはおかない東アジア最大の安全保障問題の一つであることは異存のないところであろう。

 ところで、関心の高まっているこの台湾問題の基礎に台湾の法的地位未定論というものがあることをご存知だろうか。

 台湾の法的地位未定論とは、ごく簡単に言えば、第二次大戦後日本は台湾及び澎湖諸島の領有権は放棄したが、放棄したのみで帰属先を告げていないため、現在でも領有権の所在が確定しておらず、所在を確定するためには改めて国際会議開催等の何らかの手続きが必要だというものである。すなわち、1951年9月8日に締結された対日平和条約(サンフランシスコ平和条約)では、その第2条b項で、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しただけとなっており、それ以上の規定は設けられていない。

 この台湾の法的地位未定論に対しては、中国は厳しく拒絶しており、台湾の国民党も同様の立場である。かつて、馬英九政権(国民党)のときに日本の交流協会台北事務所代表がこの台湾の法的地位未定論を話題にしたため、日台関係が一時的に悪化したこともあった。

ただし、台湾の民進党は台湾の法的地位未定論に対する態度を明らかにしておらず、逆に台湾独立という観点からは歓迎する立場であろう。米国は米中和解までは台湾の法的地位未定論を主張していたが、米中和解時にキッシンジャー大統領特別補佐官(当時)が周恩来首相(当時)に口頭ではあるが今後はこの台湾の法的地位未定論は主張しないことを約束し、その後、これを持ち出すことはなくなっている。

我が国では、台湾関係の事務や研究に従事されている者はもちろん台湾の法的地位未定論は承知されていようが、それ以上のものはなく議論は低調である。国際的にも同じ状況であり、特段議論が展開することはなく、したがってサンフランシスコ平和条約第2条b項がその時の特殊な国際情勢の中で有することとなった意味についても考察されないままとなっている。そこで、本稿では、改めてこのことについて検討し、サンフランシスコ平和条約第2条b項の規定によって中国は台湾領有の法的資格を全く有しないものとなっていることを明らかにし、そして、その上でこの問題は結局のところ台湾の国家性の問題に帰着することを明らかにしておきたい。

 

2 カイロ宣言とポツダム宣言

 台湾及び澎湖諸島の領有権の問題を論じるに当たっては、サンフランシスコ平和条約の規定を論じる前に、予めカイロ宣言とポツダム宣言における台湾及び澎湖諸島の取扱いを見ておく必要があるので、先にこちらのほうを述べておきたい。

 日本が領有していた台湾及び澎湖諸島の領有権問題を連合国がまず取り上げたのは1943年11月27日に発出されたカイロ宣言においてである。カイロ宣言に署名したのは米英中3国の首脳であった。同宣言の規定ぶりは次のとおりであった。

「同盟国の目的は、・・・満洲、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。」

 このカイロ宣言の規定を引き継いだのが1945年7月26日に米英中3国(後にソ連参加)の共同宣言として出されたポツダム宣言である。ポツダム宣言ではその8項で次のとおり規定されていた。

「カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。」

 周知のとおり、日本はこのポツダム宣言を受諾した。受諾によって、カイロ宣言の履行を含むポツダム宣言の各条項の規定を履行する義務を負うことになった。ただし、これによって台湾及び澎湖諸島の領有権が直ちに移転するという法的効果が生じたわけではない。

 中国関係者や一部の研究者には、このポツダム宣言の受諾によって台湾及び澎湖諸島の領有権は移転したので、法的地位未定論の問題は生じないと主張する者もいるが、これは明らかに誤りである。国際法上の権利の移転は、その条約に政府代表者が署名した上で議会が批准しなければ効力は生じない。ポツダム宣言の受諾は、あくまで同宣言の内容の履行義務を負ったということであって、領有権移転の法的効果を生じさせるものではない。そして、そのポツダム宣言の義務を、いかなる形にしろ、現実に履行したのがサンフランシスコ平和条約第2条b項の規定であった。もし、ポツダム宣言の受諾で領有権の移転が生じているのであれば、このサンフランシスコ平和条約の規定は意味がなく、また、規定すべきでもないこととなろう。日本がサンフランシスコ平和条約締結時に領有権を依然として有していたからこそ、この規定があるのである。

3 先占の法理

 さて、それでは対日平和条約第2条b項の規定に関する議論に戻ろう。同項では、日本による台湾及び澎湖諸島の領有権の放棄を規定するが、このとき領有権を放棄された地は無主地となる。無主地について国際法上認められている法理が先占の法理であるが、これは、無主地は、他の国家に先んじて支配を及ぼすことによって自国の領土とすることができるというものである。ここで、「支配を及ぼす」とは、議論はあるが、無主地について他国の異議もなく平穏に、かつ継続的に主権を行使している状態を言うとしておこう。

 ところで、たとえばサンフランシスコ平和条約第2条c項では千島列島及び樺太の主権放棄が、同条f項では新南群島(南沙諸島)及び西沙諸島の主権放棄が規定されているが、これらについても帰属先に関する規定があるわけではない。これらの地は、現在、千島列島及び樺太はロシアが領有し、南沙諸島及び西沙諸島は6カ国がその領有を争う状況となっているが、これは現実的に先占の法理が適用されている結果である。すなわち、これらの地が無主地となったのは、対日平和条約発効の日である1952年4月28日であるが、千島列島及び樺太はその日以降ソ連が支配を及ぼしており、この地をソ連が領有したことに異論を唱える国はない。一方、南沙諸島及び西沙諸島についてはこの地が無主地となって以降、他国の異論なくこの地に支配を及ぼしている国はなく、現在のような各国が互いに相争う状態となっているのである。

 それでは台湾及び澎湖諸島はどうであろうか。この地が無主地となったときにこの地を占有していたのは中華民国(台湾政府)である。ただし、中華人民共和国(中国政府)がこの地の領有を主張しており、平穏に「支配を及ぼす」状況にあったとは言い難いので、台湾政府がこの地を領有したとするには疑義がある。

 一方で、中国政府は、この地に「支配を及ぼす」前提となる占有すら行っていない。先占の法理からすれば、中国政府には台湾を領有する法的資格は全くないものと言わざるを得ない。

4 終わりに

 ただし、この結論については次のような疑義が提起されよう。すなわち、こうした結論に至るのは台湾政府と中国政府とをそれぞれ別の国家として扱っているためではないかと。もし、大陸と台湾とを含めた統一中国というものがあり、中国政府も台湾政府も統一中国の一つの地方政府にすぎないとするならば、この地は統一中国の領地の中で現在ではたまたま台湾政府が管轄しているというだけであり、統一中国が継続して領有している地と見なせるのではないかと。すなわち、台湾の領有権は統一中国に属するとしていいのではないかと。

ただし、現在のところ、こうした考えを台湾政府は受け入れていないし、国際社会も容認していない。米国の「一つの中国政策」は、中国政府が中国は台湾を含めて一つであると考えていることを認識しているというもので、台湾が中国に含まれるかどうかということについての判断は保留している。日本も実質的に米国と同じ立場である。

 こうした議論からも明らかなとおり、この問題は、結局のところ、台湾政府の国家性の問題に帰着しそうである。台湾政府を国家として認めるならば、先占の法理によって、台湾の領有権を主張し得る最も有力な国家は台湾政府であり、中国政府にはその資格は全くないこととなる。逆に台湾が国家として認められなければ、統一中国の考え方が浮上しよう。

 今後、台湾の国家性の問題は、中台関係が緊迫度を増すにつれ、台湾の国家承認の問題と関係して議論が活発化するものと考えられる。本稿は、そうした中で、改めて台湾の法的地位未定論の問題を取り上げ、今後の台湾の国家承認をめぐる問題を議論するに当たっての一つの視角を提起したものと考えていただければ幸いである。