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2024年10月7日~25日、ジュネーブ国連にて女子差別撤廃委員会89セッションが行われ、8年ぶりに対日本審査会も行われました。国際歴史論戦研究所所長の山本優美子と上席研究員の藤木俊一もNGOとして参加し、協力関係にあるいくつかの団体と共に現地で活動してまいりました。その活動記録と関連資料を以下に纏めます。

2024年10月14日(月)13:00~15:00
“Informal public meeting with NGOs” (ROOM XXIII)

女子差別撤廃委員会の委員とNGOの会合。翌日からの審査対象国となるChile, Canada, Japan, Cuba, BeninについてNGOに発言時間が与えられた。1か国について10分間で、多くのNGOが発言するため一団体(NGO)の時間は限られ、厳密に決められた。日本の場合は、ごく一部のNGOが数分を確保し、他が数十秒という不均衡な振り分けとなった。

UN WEB TV より 日本についてのNGO発言

日本に関するNGO発言をした12団体のうち、協力関係にあった四団体のNGO発言は以下のとおり

1. 特定失踪者家族会 「北朝鮮拉致問題」
【発言(ビデオ)】My younger sister disappeared suddenly when she was 18. Then, more than 20 years later, I found out North Korea had abducted her. My sister is now 69, I would like to see her while we are alive. The Japanese government must rescue all abductees immediately.
Thank you.

2. Association to Preserve the Family Bond 「夫婦別姓反対」
【発言】We strongly object to separate surnames after marriages. Under such a system, family unity and bonds can be easily destroyed, and negative impact on children can be monumental. A survey conducted by Japanese government shows almost 70% of all respondents want it to remain l as it is.
Further, since the Japanese family registration system is based on family names and provides quite a few functions, the use of dual surnames can lead the nation to chaos.

3. 皇統を守る国民連合会 「皇室典範問題」
【発言】The Tenno of Japan is a ritual master. The Catholic Church’s Pope, the Islamic clergy, and the Dalai Lama of Tibetan Buddhism are all exclusively male, yet the United Nations does not call this gender discrimination. Why only about Japan? There are various ethnic groups and beliefs in the world, and they should all be respected. Interfering in the internal affairs should not be allowed.

4. Global Alliance for Anti-Discrimination (GAAD)「子ども家庭問題」
【発言】In Japan, more than half of children lose one parent when their biological parents divorce in reality. Article5(b) [~common responsibility of men and women in the upbringing and development of their children~] is violated. Fake abuse and DV is rampant for child support disputes. The key is transparency of courts and police.
Thank you.

他のNGOから「慰安婦は性奴隷制である」という発言があったため、翌日15日に書面にて反論を、また「夫婦別姓反対」、「北朝鮮による拉致」、「女性政治参画」、「婚外子」、「沖縄基地」、「ALPS処理水」の問題についても追加意見書を委員会に提出した。

10月16日(水)13:45~14:45
”JAPAN Private lunch briefing” (ROOM XXIII)

14日会合のNGO発言を受けて、委員がNGOに質問する非公開会合。この日は日本の審査に関するNGOが対象。14日に発言出来なかった15団体に対し、特別に各1分の発言時間が与えられた。そのうち協力関係にある「国際キャリア支援協会」と「新たしい歴史教科書をつくる会」の発言は以下の通り。

国際キャリア支援協会 「NGOの問題について」 発言:藤木俊一
【発言】We appreciate committee members, taking your precious time to engage with us during such a busy period.
This is Shunichi FUJIKI of International Career Support Association.
I regret that some NGOs attempt to politically exploit this committee or provide false information to the committee under the influence of foreign governments and entities.
Some of these groups disguise themselves as NGOs, foreign entities masquerade under the committee’s name, and others falsely claim to represent the consensus of all Japanese lawyers.
In fact, it was very groups that invited special rapporteur Ms. Bukkio to Japan outside her mandate, gave her false information, and even arranged press conference. This eventually led her to retract her statements and the UN had to apologize to the Japanese government.
Yet, the very same NGOs involved in this manipulation are presented here today.
To the honorable committee members, I would like to remind you that every coin has two sides. I ask that you carefully consider both perspectives when making your decisions.
Thank you for your attention.

新しい歴史教科書をつくる会 「慰安婦問題」 発言:山本優美子
【発言】What are the “comfort women”? We’ve held “the International Symposiums” in Japan and ROK. The professors from Harvard, Seoul and Tokyo University denied that the “comfort women are sex slaves”.
The facts they indicated are as follows;
“Comfort women system was licensed prostitution under indentured contracts agreed by their parents. They worked at private brothels. (They were) well-paid, quit before the terms and went back home.”
Yes, it was very unfortunate that these ladies had to engage in such an occupation because of poverty. But please do not be influenced by an unsubstantiated view and keep criticizing my country. We request CEDAW to consider the historical facts, and not to include this issue in concluding observations.
Thank you.

発言後、委員から慰安婦問題に関して「教育・教科書、他条約体委員会での扱い、各国の慰安婦」についてがあったので、同日中に書面にて回答。また、「中絶問題」、「福島原発甲状腺がん」についても同日中に追加情報を送った。

10月17日(木)
10:00 -13:00 /15:00-17:00 (Room Tempus)対日本審査会

女子差別撤廃条約を締結した国は定期的に履行状況を審査される。本会議では日本政府第9回報告書(CEDAW/C/JPN/9)の内容について審査された。会議は、委員から質問~日本政府代表団が回答~委員会から追加質問という形で進行する。NGOは傍聴参加。

委員はNGOから事前に提出された意見書、14日・16日会合でのNGOの意見を参考にする。

会期後に日本政府に対する総括所見(concluding observations)を発表し、その中で委員会から勧告が述べられる。

以下、当日の答弁から「慰安婦問題」、「夫婦別姓問題」、「皇室典範問題」を抜粋して記す。委員の日本語訳は通訳からの文字起こし。

CEDAW 2104th Meeting(10-13時)

「慰安婦問題」
1時間11分
【質問】Ms. Nahla Haidar (Lebanon)
慰安婦問題について質問します。

1時間20分
【回答】 外務省
女子差別撤廃条約は我が国がこの条約を締結する以前に生じた問題に対して遡って適応されない為、慰安婦問題を本条約の実施状況の報告において取り上げることは適切でない、というのが我が国の基本的な考えでございます。その上であえて貴委員会の参考として我が国の取り組みについて述べることといたします。
先の大戦に関わる賠償並びに財産及び請求権の問題について、日本政府はサンフランシスコ平和条約及びその他二国間条約などに従って、誠実に対応してきており、これらの条約などの当事国の間では個人の請求権の問題を含めて法的に解決している。
その上で日本政府は元慰安婦の方々の名誉回復と救済措置を積極的に履行しており、日本国民と日本政府の協力のもと、元慰安婦の方々に対する償いや救済事業などを行うことを目的として設立されたアジア女性基金を通じて償い金及び医療福祉支援事業を実施し、当時の内閣総理大臣もお詫びと反省を表明した手紙を元慰安婦の方がたに直接お渡しするなど、慰安婦問題に誠実に対応してまいりました。
アジア女性基金が2007年3月に解散した後は、同基金の行ってきた事業を適切にフォローアップすることを目的として2008年度から韓国、台湾、フィリピン、Indonesiaにおいてアジア女性基金フォローアップ事業を実施いたしました。具体的には、たとえば韓国、台湾、フィリピンにおいては、各国地域に在留する元慰安婦の方々と面会し、生活および福祉の面で直接的な支援としてたとえば日用品などを渡すとともに元慰安婦の方々に寄り添って聞くなどカウンセリングを行ってまいりました。
そして2015年12月の日韓外相会談における合意に基づき、2016年8月日本政府は韓国政府が設立した若い癒し財団に対し10億円の支出を行いました。和解癒し財団はこれまで合意の時点でご存命だった47人の方々のうち35人に対し、またお亡くなりになっていた方々199人のうち65人のご遺族に対し資金を供給しており、多くの元慰安婦の方々から評価を得ております。
我が国は2015年12月の日韓外相会談で確認された慰安婦問題に関する合意のもとで約束したことを全て実施しており、引き続き韓国側に求めていく考えでございます。

1時間38分26秒
【質問】Ms. Bandana Rana (Nepal)
慰安婦の問題に立ち返りますけれども、先ほどの回答におきまして、代表団の皆様はこれはCEDAWとは関係はないとおっしゃいました。というのも遡及的に適応することは出来ないからというようなご説明をいただきました。しかしながら女性に対するインパクト、サバイバーに対するインパクトというのは引き続きあります。そういった文脈の元、委員会は懸念を覚えております。私といたしましては、日本がもちろん努力をしてこれられているとことは理解しています。たとえば補償をしているであるとか、財産上の対応をしておられるとか、素晴らしいステップを踏んでおられます。しかしながらこういったステップについて更に活性化していく必要があると考えております。つまりこういった措置、対策がどのように持続可能になっていて強化することができるのか、しっかりと権利を行使することが犠牲者は出来るのかという点についてはいかがでしょうか。

2時間1分
【回答】 外務省
先ほどもご説明申し上げた通り、日本政府は元慰安婦の方々の名誉回復と救済措置を積極的に講じており、アジア女性基金のフォローアップ事業、韓国が設立した和解癒し財団への支出を通じて誠実に対応してきております。
更に日本政府としては、慰安婦問題が多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題であると認識しております。
2015年8月14日の内閣総理大臣談話に述べられている通り、21世紀こそ女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしていくとの決意があり、国連女性機関、紛争下の性的暴力担当国際連合事務総長特別代表事務所 紛争関連の性的紛争生存者のためのグローバル基金が実施する各事業基金に支援するとともに諸外国政策の柱の一つとして女性平和安全保障WPSに取り組むなど、傷ついている紛争間性的暴力被害者の救済やそのような暴力の防止のための啓発活動を積極的に行っているところでございます。

CEDAW 2105th Meeting (13-17時)

「夫婦別姓問題」
1時間33分
【質問】Ms. Yamila González Ferrer(Cuba)
まず家族関係についてです。結婚における平等についてです。以前、委員会が締約国に対してなした勧告に関連して質問させていただきます。まず民法第750条におきましては結婚に際し夫婦同姓でなければならないという規定がございます。その文言自体は性別に中立的なんですが、女性の94.7%が夫の姓へと変更します。これは社会的な圧力によるものだと思いますが、これによって女性のアイデンティティ、プロフェッショナル・ライフ、雇用に負の影響が出ています。こういった、この第五次男女共同基本計画の中で、その調査がされたということですが、それにはジェンダー視点が含まれていたんでしょうか。また、今後、日本の家族法を改定し、そしてこの結婚の際に姓を選ばなければいけないということではなく、そこに自由を与えるというようなことは考えていないのでしょうか。つまり夫婦別姓制度ということは検討されていないのでしょうか。

1時間43分
【回答】法務省
夫婦の氏につきまして、夫婦同姓氏の関係の規定につきましての問いがありましたのでお答えいたします。選択的夫婦別氏制度の導入については、直近の2021年の世論調査の結果をみても国民の意見が分かれているところであります。選択的夫婦別氏制度を導入するかどうかについては、社会全体における家族のあり方にも関わる問題であることから、より幅広い国民の理解を得る必要があると考えております。そのため政府としては、ホームページなどで情報提供を通じて国民や国会での議論が深まるように取り組んでおります。

「皇室典範問題」
1時間36分50秒
【質問】Ms. Yamila González Ferrer(Cuba)
憲法第一条において天皇というのが日本の象徴であり、日本国民をユナイトするものであると記載があります。
こちらの法律の宗教面また文化的文脈については既に締約国から報告がありますが、この女性差別撤廃条約で保障されている平等の原則に基づき、憲法そして並びに条約で求められる男女の平等を是非確保するための法改正などについて検討されることをお願いいたします。

1時間46分10秒
【回答】内閣官房
我が国の皇室制度も諸外国の王室制度もそれぞれの国の歴史と伝統を背景に国民の支持を得て今日にいたっているものでございます。皇室典範に定める我が国の皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項でございます。
女性に対する差別の撤廃を目的とする本条約の趣旨に照らし、委員会が我が国の皇室典範について取り上げることは適当ではない、ということを申し上げて答えといたします。

1時間47分57秒
【意見】Ms. Ana Peláez Narváez (Chair委員長兼議長)
委員会としましては、キャパシティーまたはその欠如についてのコメント、つまり委員会が関連した質問をするのは適当でないと男女の平等について特に関連した場合に、皇位継承に関してのその男女平等というところで委員会として質問をしております。これは日本だけでなくすべてのそのような差別的な法律がある国に対しては同様の質問をしております。私自身の国、スペインもそのうちの一つです。従ってこのトピックは直接的に関係のあるものCEDAWに関係のあるものとだと申し上げたいと思います。従ってこの文脈の中での質問ですし、委員会として適切な質問だというふうに思っております。

【 委員に配布したチラシ 】

「北朝鮮による拉致問題」
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/cedaw89-family-association.pdf

「夫婦別姓反対」
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/cedaw89-surname.pdf

「慰安婦問題」
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/cedaw89-comfort-women.pdf

【 事前に女子差別撤廃委員会89セッションに向けて提出したNGO意見書 】
全部で44の意見書が提出されたが、なでしこアクションの関係団体、協力団体が提出したものが以下。カッコ内は意見書の趣旨。

特定失踪者家族会 (北朝鮮による拉致問題 特に若い女性の拉致被害者について)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Family-Association-of-the-Missing-Persons-Probably-Related-to-the-DPRK.pdf

Association to Preserve the Family Bond(夫婦別姓反対)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Association-to-Preserve-the-Family-Bond.pdf

Family Values Society (夫婦別姓反対)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Family-Values-Society.pdf

韓国国史教科書研究所 (正義連の意見書に反論し、慰安婦は性奴隷ではない)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Korean-History-Textbook-Research-Institute.pdf

新しい歴史教科書をつくる会 (慰安婦問題)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Japan-Society-for-History-Textbook.pdf

国際歴史論戦研究所 (皇室典範 男系男子の正当性)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/International-Research-Institute-of-Controversial-Histories-iRICH.pdf

皇統を守る国民連合の会 (皇室典範 男系男子の正当性)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/PAPIL.pdf

国際キャリア支援協会 (性同一性障害トイレ使用についての最高裁判決)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/International-Career-Support-Association.pdf

Citizens’ Group for Deliberation of the Japanese Constitutional Issues (選択議定書は日本には不要)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Citizens-Group-for-Deliberation-of-the-Japanese-Constitutional-Issues-CGDJCI.pdf

Global Alliance for Anti-Discrimination (GAAD) (子どもと家庭問題)
https://i-rich.org/wp-content/uploads/2024/10/Global-Alliance-for-Anti-Discrimination-GAAD.pdf

【 資料 参考サイト 】

UN Treaty Bodies Committee on the Elimination of Discrimination against Women
https://www.ohchr.org/en/treaty-bodies/cedaw

女子差別撤廃委員会 委員
https://www.ohchr.org/en/treaty-bodies/cedaw/membership

CEDAW – Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women 89 Session (07 Oct 2024 – 25 Oct 2024)
General Documentation
https://tbinternet.ohchr.org/_layouts/15/treatybodyexternal/SessionDetails1.aspx?SessionID=2715

外務省 女子差別撤廃条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/josi/index.html

国際歴史論戦研究所
上席研究員 茂木弘道

【英語版】https://i-rich.org/?p=2185

1.中学校の歴史教科書で盧溝橋事件と日中戦争はどのように書かれているのか?

日中戦争の始まりである盧溝橋事件とその後の戦争の拡大を各社の教科書ではどのように書かれているであろうか?

・東京書籍: 1937年7月、北京郊外の盧溝橋付近で起こった日中両軍の武力
       衝突(盧溝橋事件)をきっかけに日中戦争が始まりました。戦火は
       中国中部の上海に拡大し、全面戦争に発展しました。

・帝国書院: 翌37年7月、北京郊外の盧溝橋で日中両軍が衝突した盧溝橋事件
       をきっかけに、日中戦争が始まりました。日本軍は中国南部からも
       侵攻し、上海や当時国民政府の首都だった南京を占領しました。

教育出版: 1937年7月、北京郊外の盧溝橋で、日中両軍が武力衝突した盧
       溝橋事件をきっかけに、日中戦争がはじまりました。8月には上海
       にも戦闘が広がり、宣戦布告のないままに、日本軍は次々に兵力を
       増強して戦線を拡大しました。

山川出版: 日中両国の関係が悪化する中、1937(昭和12)年7月、北京
       郊外の盧溝橋で日中両国軍が衝突した(盧溝橋事件)。これに対し
       首相の近衛文麿は当初、事件の不拡大方針を取った。しかし、軍部
       の圧力や軍部を支持する国民を前に、方針を変更し、兵力を増やし
       て背に気を広げたため、全面戦争となった。

日本文教出版: 1937(昭和12)年7月、北京郊外の盧溝橋で、日本軍と
         中国軍が衝突する事件が起こりました。この事件をきっかけに
         日中間の戦闘が始まり、8月には上海にも戦火が広がりました。
         こうして日本と中国は宣戦布告のないままに本格的な戦争状態
         に突入しました。(日中戦争)。

・育鵬社: 1937(昭和12)年7月、日中間の緊張が高まるなか、北京に駐
      屯する日本軍が郊外の盧溝橋付近で訓練中に何者間の銃撃を受け、中
      国軍との戦闘が始まりました(盧溝橋事件)。日本の近衛文麿内閣は
      不拡大方針を取りましたが、一方で兵力増強を決定しました。8月、
      中国軍が上海で日本軍将校を殺害し、これをきっかけに中国軍と上海
      駐在の日本軍との間で戦闘が発生しました。

・令和書籍: そして翌昭和12年7月7日、盧溝橋事件が起きました。当時北京
       には、明治33年(1900)に起きた義和団事件以来、条約に基づいて
       日本軍が駐屯していました。北京郊外の盧溝橋付近で夜間演習をし
       ていた日本軍が何者かの銃撃を受け、翌8日夜明けに国民革命軍の
       陣地を攻撃して両軍の戦闘になりました。この事件が起こると、
       早期解決を目指す不拡大派と、これを機に国民革命軍を屈服させ
       ようとする拡大派とが対立しました。…まもなく現地では停戦協定
       が成立しますが、近衛首相は華北への大規模な出兵を決定しました。
       ・・・8月に上海で先端が開かれると、近衛首相は不拡大方針を
       放棄して全面戦争に突入しました。

2.現地停戦協定(7月11日)こそが盧溝橋事件の正体を語っている

ほぼ以上のような記述になっている。東京書籍、帝国書院、教育出版、山川出版、日本文教出版はいずれも、盧溝橋で日中両軍が衝突する事件が起こった、とどちらが攻撃をしたのかを全く触れず、偶発的起こったかのような書き方をしている。そして、事件が拡大して行ったという論調である。

 育鵬社では日本軍が「何者かの銃撃を受けた」と書いているところが上記6社と異なるが、しかし「どちら側の者が」ということには全く触れていない。

 令和書籍も、何者かに銃撃された、とかいていますが、同じく「どちら側の者が」には全く触れていない。

 実は「どちら側の者が」であったのかについては、極めて有力な証拠があるのだ。それは事件の4日後、11月11日に交わされた「現地停戦協定」である。日本軍(支那駐屯軍(6500)と北支の中国軍29軍(10万)双方が合意した文書なので、意味が大きい。次の3項目から成り立っている。

1) 第29軍代表は日本軍に遺憾の意を表し、かつ責任者を処分し、将来責任を以て再びかくの如き事件の惹起を防止することを声明す。

  • 中国軍は、豊台日本軍と接近し過ぎ、事件を惹起し易きを以て盧溝橋付近永定河東岸には軍を駐屯せしめず、保安隊を以てその治安を維持す。
  • 事件はいわゆる藍衣社、共産党、その他抗日系各種団体の指導に胚胎すること多きに鑑み、将来これが対策をなし、かつ取り締まりを徹底す。

 第1項で、事件は全面的に中国側にあると謝罪し、責任者処分を約束しているではないか。「何者」かについて特定はできないが、共産党などが怪しいのでその取り締まりを徹底することを第3項で約束している。いずれにしても、犯人は中国側であると詫びている。

 こんな明白な事実があるのに、この協定については全く触れずに、何となく「日中両軍が衝突し」などと書いているのは、まるで犯人隠しをしているようなものではないでか。要するに、偶発的な衝突事件を日本の拡大派が大きな戦争に持って行ったと「日本軍犯人説」を言いたいがためにこの肝心かなめの「現地停戦協定」をネグレクトしているということである。

 実は、自由社の記述も以前は、現地停戦協定には触れたが、この協定の原文を載せることはしていなかった。これを載せたら、日中戦争の犯人は中国である、ということが明々白々になってしまうので、「中国に忖度する」文科省の検定が通らないのではないかと懸念していたためである。

 今回の改訂版では、れっきとした事実を記載することに問題はないはずだとの信念のもと、この協定文をコラム欄に掲載したのである。

 幸い、検定を合格し、晴れて盧溝橋事件の真相に迫る歴史事実を中学の教科書に載せることができたのである。

3.戦争が拡大して行ったのは「拡大派」のせいではなかった

 次に問題なのは、各社ともその後の戦争が拡大して行った理由について、あたかも戦争が自然に拡大して行ったかのように書いたり、あるいは日本政府には「不拡大派」と「拡大派」があり、軍とそれを支持する民衆の声に押されて拡大派が戦争を拡大して行ったという論調で記述していることだ。

 ここで、決定的に欠落している重要な事実がある。それは、7月29日に、「古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう」(フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ)と言われるような日本市民惨殺劇(通州事件)が中国軍によって行われたことである。「暴支膺懲!」の声が日本中に高まっている中、政府は画期的な和平案(船津和平案)を8月5日に策定したことである。政府は、「暴支膺懲」の声を抑えて不拡大方針を貫いたのだ。国民が通州の虐殺に怒って、その怒りが日中戦争の拡大につながった、という説は完全に間違っていることが分かる。

この案をもとに第1回目の交渉が8月9日に行われた。ところがその日の夕方、上海の海軍陸戦隊の大山中尉と斎藤一等水兵が惨殺される事件が起こったのだ。和平を妨害する勢力によるものだ。有名なユン・チアンの『マオ』によると、隠れ共産党員の張治中南京上海防衛司令官が命じて殺害させたということだ。交渉は頓挫したが、日本はこれに怒って攻撃を拡大したわけではなかった。またもや仕掛けたのは中国側であった。その4日後の8月13日、上海の非武装地帯に潜入していた中国正規軍3万が、日本市民3万を守るために駐屯していた、4千5百の海軍陸戦隊に対して全面攻撃をかけてきたのだ。日本人住民の安全と協定無視を放置することができず、日本は内地2個師団派遣を決定した。即ち、戦争の決定的な拡大はこうして中国側が仕掛けたものであり、日本の拡大派が起こしたものでは全くい。さらに15日には中国は全国総動員令を発動しているのである。

 こんな重大な事実が、教科書には全く書かれず、あたかも「拡大派」と国民の怒りが戦争を拡大したかのように書いているのだから全く困ったものである。

 そもそも、東京書籍の教科書では「日中戦争と戦時体制」の項の冒頭で「日本はどのようにして日中戦争を起こし、人々にどのような影響を与えたのでしょうか」と発問しているのである。事実を無視し、最初から日本が日中戦争起こしたという前提で盧溝橋事件とその後の経過を書いているのだ。こんな文字通り「反日」「反事実」記述が文科省の検定を合格するのだから困ったものである。