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令和4年(2022年)7月

上席研究員

藤岡信勝

日本の核武装の必然性

 日本は中国、ロシア、北朝鮮という3つの核保有国の近くに位置し、あり得べき核攻撃の標的にされている。これらの国は、いずれも権威主義的・専制主義的・独裁的体質をもった国家である。このうちロシアだけは選挙で国のトップを選んでいる点で、他の2国と比較してやや異質だが、その政治文化はいわゆる西側とは明らかに異なる。

 こうした立場にある日本が、自前の核武装をしない限り、いずれこれら3国の核攻撃、または核恫喝によって国家の自立性を剥奪され、国民の生命・財産が強奪される恐れがある。ウクライナ戦争の最大の教訓は、アメリカは核を保有した国とはまともに戦おうとしない、ということがわかったことである。だから核武装は自前でなければ意味がない。このことは、フランス人の人口学者、エマニュエル・トッドも指摘したことだ。

 以上のことから、日本が自立した国家であり続けようとするならば、自前の核武装が必要なことは自明である。これは1足す1が2になるのと同じように、議論の余地すらないほど明白だ。国防問題とはつまるところ、日本の核武装の問題である。

 ウクライナ戦争の過酷な現実を前に、さしもの平和ボケの日本人も国防問題に目覚めつつあるように見える。例えば、6月のフジテレビの番組における世論調査で、「防衛費を対GNP比2%に増額する案」について視聴者に賛否を問うたところ、賛成が実に90%を占め、対GNP比1%の現状を維持すべきだの7%、減額すべきだの3%を圧倒した。

  こうしたことから、7月の参議院議員選挙で、核武装を含む防衛問題について、正面から訴える候補者が現れるのではないかと期待した。なぜなら、国家・国民の安全に真に責任を持つ政治家なら必ず上記の結論に至るはずだからである。そして日本国民はウクライナ戦争を「体験」したのであるから、今が国民をして問題に覚醒させる絶好のチャンスだったのである。不定型な「世論」に実体と方向性を与えるのは政治家の仕事である。そうでなければ、せっかく高まった世論も、いずれは元の木阿弥になってしまう。

 なるほど選挙では、「防衛費の対GNP比2%」を口にする候補者はいたが、核問題まで踏み込んで全力で訴える候補者は見当たらなかった。私の期待は空振りに終わった。政治家にとって、日本の核武装を公言することは、まだまだタブーなのである。やはり、防衛問題は票にならないという姿を改めて見せつけられた選挙だった。

国防上最大の困難は日本人の気質

 日本の核武装には、幾多の困難がつきまとう。最大の問題はアメリカが日本の核武装を認めるかどうかである。時の政権の性格にもよるが、今までの歴史的経緯を見れば、ことは簡単ではない。

 何しろ、日本の自衛隊は基本的装備をアメリカ製の兵器を使うように強要されており、国産の兵器開発を妨害されている。だから、米軍の意思一つで日本の自衛隊は直ちに機能不全になるように設計されているのである。その問題を巧妙に回避しつつ目的を実現する政治的手腕が国家指導者に求められる。これらを全てやってのける、強力なリーダーシップを有する政治家が現れなければならない。

 以上のことは、それだけでも大変なことであるが、ともかく上の問題は解決したとしよう。しかし、日本の核武装の最後の抵抗勢力となり、妨害要因となるのは、日本人自身であるように思えてならない。集団としての日本人の資質、性格、思考回路からして、核武装についての国民的合意を取り付けるのは非常に困難な仕事である。

 日本人が中国人によって残虐かつ猟奇的に殺害された通州事件の経過や、日本人のこの事件に対する振る舞いを調べると、上に述べた困難をつくづく意識せざるを得ない。2つの問題を指摘してみたい。その第一は、日本人が残虐さを正面から見すえることが出来ない性質をもっていることである。もう一つは、日本人はどんな悲惨な目に逢っても、復讐の炎を燃やすよりも、水に流して報復などしないという寛大さがあることである。

残虐なことの開示をタブーにする日本文化

 第一の問題から検討しよう。話は集団的な属性について述べていることを予めお断りした上でのことだが、日本人は残虐なことに接するのを回避し、タブーにする性質を持っている。そういうことに耐えられないのである。これはケガレを嫌う日本文化とおそらく密接な関係がある。神道の基盤にもそれがある。残虐な民族とそうでない民族の違いを、牧畜主体の肉食文化と農耕主体の草食文化の違いで説明することもなされているが、十分な根拠があるかどうかはわからない。それよりも、より直接的には、残虐なことに接するのをタブーにする社会であることと強い関連があるのではないか。

 通州事件のあった年の十一月一日付け東京朝日新聞朝刊に、音楽家・近衛秀麿が「対外宣伝私感」という文章を寄せている。近衛秀麿は時の首相・近衛文麿の腹違いの弟である。海外生活が長く西欧の事情に詳しい近衛秀麿は、「日本側の宣伝取材の拙劣さ」を問題とし、次のように言う。

 「通州の大虐殺事件こそ、いかに全日本の憤激が無理でないかを世界に知らしめる最大の材料でなければならぬ。この惨状の実写は内地にこそ輸入されなくてよい。我々同胞はおそらく誰しも目を背けて直視しうるものはないであろうから。しかし、この非人道どころではない、鬼畜に等しい暴行を外国に対しても秘しておくということは、かえってあの多数の同胞の犠牲者を単に犬死に終らしめることになる」

 「現に支那側のニュース映画は日本軍にやられたと称する苦力の死体の山、頭を青竜刀で割られて脳漿の流れ出た死骸の大写し等々、そして、北支でも上海ででも、あんなに皇軍を悩ませるだけの防備をしておきながら、自分を弱く見せることばかり腐心しておる。これに引きかえて日本の宣伝は、城頭に翩翻とはためく日章旗の威勢のいい行進と万歳ばかりだから、同情がひとりでに支那に集まるのは当然すぎる」

 こうして、近衛秀麿は、「通州で無念を呑んだ一人一人の殺され方が、例えば法医学的な見方で撮影されても、それが国難を少しでも救い得るものなら、死者に対する礼を失するとことにはならないと考えるべきだ」とし、「古い観念」を捨てて「支那の宣伝に対抗」することを求めたのである。

 この気持ちは、よく分かる。筆者も佐々木テンの証言を独立のブックレット(『通州事件 目撃者の証言』自由社刊)に復刻して出すときに、はなはだ躊躇した。結局、事実を知らなければ、日本人は中国人社会の恐ろしさを知らないで過ごしてしまい、それは国防上の重大な問題を生じると考えて出版を決断したのである。筆者は猟奇趣味を持っているわけではない。

 今、日本の出版物を見回すと、正に近衛秀麿の指摘したとおりの南京事件のニセ写真が大手を揮ってまかり通っている。アイリス・チャンの『The Rape of Nanking』も世界各地の空港の売店で販売されているはずである。対して、通州事件の残虐写真はおろか、証言集すら出版されたことがない。この度発刊された『新聞が伝えた通州事件 1937-1945』(集広舎)は事件についての初めての資料集なのである。こういう現状では、事件の真の恐ろしさは日本人に伝わりようがない。これは大きなジレンマである。

被害を受けても赦してしまう寛大さ

 第二の問題は、どんなに酷い被害を受けても赦してしまう日本人の寛大さである。通州事件において際立っていることは、あれほどの所業をなした中国人に対しても、日本人は中国人に全く何の危害も加えていないことである。アメリカ人ジャーナリストのF・ウィリアムズは書いている。

 「こういう事件が起こっているときも、その後も、日本帝国に住む6万人の中国人は平和に生活していた。(中略)私は横浜のチャイナタウンを歩いたことがある。他の町でも遊んでいる中国人の子供を見つけた。危険や恐怖など何も知らない表情だった。かたや中国では、かの国人が暴徒と化して、日本人の子供を好きなように捕まえていたのである。(中略)通州で無辜の日本人たちを虐殺したまさしくその中国人たちが、捕虜になった時は日本軍によって給養され、『罪を憎んで人を憎まず』のサムライ精神によって、『もうああいうことをしてはいけない。さあ行け』と説かれていたのである。」(『中国の政治宣伝の内幕』)

  6万人の中国人の誰一人として、日本人から報復された人がいないとは、世界標準から見てあり得ない奇跡のような出来事である。それどころか、横浜の中華街では中国人を護るための日本人の自警団が組織された。駐日大使館から帰国を勧告された東京のコックたちは、日本のほうが安全だと勧告を迷惑がった。

 こうしたことを、日本人の崇高な精神性を表す美徳として私たちは誇りにすべきだろうか。私の考えは「否」である。なぜなら、これは国防上極めて危険なことだからである。日本人はどんな目に逢わせても絶対に反撃しないと相手に信じ込ませるからである。相手が自分よりも弱いとみれば、どこまでも襲いかかってくるのが中国人である。だから、こういう、度外れの美徳は日本人の犠牲者を増やすという意味で、もはや悪徳である。相手の攻撃性を抑止するには、こちらも牙を持たなければならない。この国際標準に日本人は意識的に努力して合わせるよう自己改造せねばならない。そうしなければ、日本の核武装は実現できない。

 五月に東京で、佐々木テンを主人公とする通州事件を題材にした演劇が歴史上初めて上演された。残虐なことを見たくないという心理から参加をためらった末、勇気を出して観劇したある女性は、次の感想を書いている。「日本人の優れた人間性がアダになるとは!世界にも稀な心優しき日本人・日本民族を守る手段をどこに見いだせばよいのか。抑止力としての核武装しかないのでは」。通州事件の真実を知ることは、国防上も重要な意味を持つのである。

--The nuclear power balance tilting against the United States and the path to securing a reliable nuclear deterrent --

【日本語版】https://i-rich.org/?p=803

矢野 義昭

Yano Yoshiaki

Senior researcher

International Research Institute for Controversial Histories (iRICH)

June 30, 2022

As we have seen during the recent Russian invasion of Ukraine, it is getting more and more difficult to secure completely the international order, maintained through the U.S. nuclear deterrent power, against attempts to change the status quo.

Guarantee of “nuclear umbrella” for Ukraine was not fulfilled

Ukraine used to own approximately 1,400 nuclear warheads and ranked the third “nuclear power” after Russia and the United States at the time when it became independent from the Soviet Union. However, in 1994, the United States, Britain and Russia, fearing nuclear proliferation from Ukraine, made Ukraine agree to the plan to transfer all its nuclear warheads to Russia on the condition that Ukraine be provided security.

However, after the virtual annexation of Crimea by Russia in 2014, the United States and Britain did not provide protection under their nuclear umbrella for Ukraine’s security as it had been promised. When Ukraine was invaded and threatened with a possible nuclear attack by a nuclear power country, the nuclear umbrella assurance the United States had guaranteed to Ukraine did not work effectively.

As if they anticipated the failure of the “nuclear umbrella” security, China, Russia and the DPRK (North Korea) are strengthening their show of force and nuclear intimidation around Japan.

It is time for us to reexamine the policy of total dependence on the United States with respect to nuclear deterrent, reevaluate the need to keep the Three Non-Nuclear Principles and to seriously discuss the necessity and possibility for Japan to possess its own nuclear deterrent power.

Deterrent power has several levels. The highest level is nuclear weapons and below it come biological and chemical weapons of mass destruction. Under that level, there are conventional, regular weapons. Below weapons level, there are non-military tools, like diplomacy, economics, scientific technology, intelligence and other means of deterrence.

Deterrent will collapse if at any level, one’s power is weaker than that of the opponent. Even if a conflict occurs and escalates, the possession of a more powerful force at a higher level, makes it possible to prevent the conflict from escalating further.

Namely, if a country owns its own nuclear force, theoretically, it can keep the conflict from escalating any further or refuse to accept the plan to end the conflict as the other side wishes, by employing nuclear intimidation at the time when both sides start using regular weapons and the other side is doing better.

The nominal “Three Non-Nuclear Principles” and the lost U.S. “Nuclear Umbrella” reliance

Following the Sato Cabinet decision on October 9, 1972, Japan has been advocating for the “Three Non-Nuclear Principles.” However, the United States itself has kept an ambiguous stance regarding these principles. The U.S. neither denies nor affirms whether the U.S. nuclear submarines carry nuclear weapons. Japanese officials cannot go aboard U.S. submarines passing through the Japanese territorial waters and verify if the submarines carry nuclear weapons or not. This means that the principle of not allowing the entry of nuclear weapons into the country is not enforced.

In the terms of real politics, Japan has been thoroughly dependent on the United States when it comes to nuclear deterrence. The U.S. assurance that it would provide a nuclear umbrella (Extended nuclear deterrence) is the major reason why Japan does not intend to possess its own nuclear capability.

However, the military nuclear power balance between the United States, China and Russia has already been tilting against the United States. The war in Ukraine further consolidated the ties between Russia and China. It is highly probable that in terms of nuclear strategy, Russia and China secretly agreed to cooperate. A U.S. expert estimates that in the field of strategic nuclear force, if China and Russia join hands and regard the United States as their common enemy, the nuclear power balance will be 2 to 1 in favor of Russia and China.

Regarding Intermediate-Range Nuclear Forces (INF), China, without being restricted by the Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty, has unilaterally augmented INF and obtained an advantage in the Indo-Pacific region. As of the short-range nuclear forces, Russia considers them very important in defending its long border line, and it is estimated that Russia has more than 1,800 of them, four to five times as many as the U. S. does.

It is not known how many nuclear forces China owns, but at each level, clearly, China and Russia excel the United States in the number of forces. Despite President Biden’s statement during his visit to Japan and on other occasions, in realistic comparison of forces, it seems evident that the U.S. Nuclear Umbrella has lost its reliability.

If so, Japan has only two options left. To acquire nuclear deterrent power at least as strong as that of Britain and France or to try to augment its conventional armament without the possession of nuclear weapons.

High probability of Japan’s possessing nuclear forces and the U.S. change of policy to acquiesce that Japan and South Korea may possess nuclear arms on their own

American and Japanese experts agree that Japan is potentially capable of possessing nuclear arms on its own. Japan could produce nuclear bombs within several days and owns nuclear fission materials that can be used as fuel for nuclear bombs.

Highly sophisticated technology is not needed and it does not cost much money to design and produce a nuclear bomb. Japan can develop nuclear warheads using super computers without conducting a nuclear test.

Japan owns solid-fueled rockets for civilian use, which can be converted to inter-continental ballistic missiles. Japan will be able to develop nuclear submarines, which can carry submarine-launched ballistic missiles (SLBM) and deploy them within five years. Japan has the ability to develop and manufacture the re-entry part to be used in the ballistic head. This technology, as well as the guidance technology, has been tested successfully by “Hayabusa,” the robotic spacecraft, when exploring the tiny asteroid Itokawa, and others.

The United States has not been successful in deterring North Korea from developing nuclear missiles. In March 2022, North Korea launched successfully an Inter-Continental Ballistic Missile (ICBM) named Mars 17, with a range capable of reaching the entire U.S. territory. In addition, North Korea is developing hypersonic weapons which cannot be counterattacked by the current missile defense system and may carry out its seventh nuclear testing.

Against such threat posed by the North Korean nuclear attack capability, the United States has shifted its policy toward allowing the South Korean possession of nuclear arms.

In 2017, President Trump admitted that the U.S. would lift the restraint on South Korea to build nuclear submarines, Korean ballistic missiles’ ranges and weights of ballistic heads. Following this, South Korea introduced a plan to build a nuclear submarine and in September 2021, launched successfully an SLBM from under the water.

The U.S. policy change to allowing the South Korean possession of SLBMs in the future will be probably applied also to Japan. To possess SLBMs means loading of nuclear warheads, possession of nuclear arms and nuclear proliferation, which the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) prohibits. However, allowing Japan’s possession of nuclear forces will be a rational strategy, considering the inferior U.S. position in terms of present and future nuclear strategic balance against China and Russia.

That is because if the U.S. would not permit Japan’s possession of its own nuclear forces, Japan may succumb to the nuclear intimidation on the part of China and Russia. Regular weapons would hardly enable Japan to cope with the several million-fold destructive power of the nuclear weapons. If Japan should succumb, it would become a subordinate to China and be obliged to serve as a place for China’s military bases. Then, the United States would be destined to lose its hegemony over the Western Pacific.

Without allowing Japan’s possession of nuclear forces, if the U.S. tries to avoid Japan’s capitulation to the nuclear intimidation by China and Russia, the United States would be obliged to send its large-scale ground forces to Japan and fight against the Chinese military to defend Japan.

After all, the only reasonable choice for the U.S. would be to let Japan possess SLBMs carried aboard nuclear submarines with the highest survivability as at least possible nuclear deterrent and means of transportation, in order to protect the U.S. national interest on the verge of life or death, minimizing the risk.

The change in the Japanese people’s awareness and the most reliable way for Japan to obtain its own nuclear forces

With looming crises in the Taiwan Strait and the Korean Peninsula, and facing the worsening situation of collaboration among China, North Korea and Russia, the hitherto-held allergy against nuclear forces by the Japanese people and the anti-nuclear sentiment would no longer sound persuasive. Voices calling for effective deterrent measures and military forces capable of fighting against invasions will become louder, especially among the young generations within Japan.

If Japan’s domestic public opinion changes, possession of its own nuclear forces will be discussed as a realistic political matter. Once it is politically decided, Japan will be able to produce within several weeks reliable nuclear weapons without conducting nuclear testing and acquire the most reliable deterrent—possession of nuclear forces of its own.

―米国側の劣勢に傾く核戦力バランスと核抑止の信頼性確保への道―

【英訳版】https://i-rich.org/?p=835

令和4年(2022年)6月

上席研究員

矢野義昭

ロシアによるウクライナ侵攻にみられるように、力による現状変更の動きに対し、米国の核戦力等の抑止力では、既存秩序を護り抜くことができなくなりつつある。

裏切られたウクライナへの「核の傘」の保証

ウクライナはソ連が分離独立した当時、約1400発の核弾頭を保有し、ロシア、米国に次ぐ世界第3位の核大国だった。しかし、ウクライナからの核拡散をおそれた米英露はウクライナに1994年、安全保障を提供することを条件に、保有する核弾頭をすべてロシアに移管することに同意させた。

しかし2014年のロシアによるクリミアの事実上の併合に際して、米英はウクライナの安全保障のために核の傘を差し伸べることはなかった。核大国に侵略され核恫喝を受けても、米国がウクライナに保証していた核の傘は機能しなかった。

米国の核の傘の信頼性低下を見透かしたように、中露朝の軍事的示威行動や核恫喝の動きは日本周辺でも強まっている。

日本がこれまでとってきた核抑止の米国への全面的依存政策と「非核三原則」を見直し、独自の核抑止力保有の必要性とその可能性について、真剣に検討すべき時期に来ている。

抑止力には段階がある。最上位に位置するのは、核兵器であり、その下位に生物・化学などの大量破壊兵器、その下位に通常兵器、さらにその下に非軍事の外交・経済・科学技術・情報宣伝などの抑止機能がある。

いずれかのレベルの戦力が劣っていると抑止が破綻するが、仮に紛争が起こり、エスカレーションに至っても、より上位の抑止レベルで戦力が上回っていれば、それ以上に紛争がエスカレートすることは抑止できる。

すなわち、核戦力を保有していれば、原理的には仮に通常兵力で紛争になり劣勢になっても、核恫喝を加えることで、それ以上の紛争のエスカレーションや相手が望む紛争の結末の受け入れを拒否することができる。

有名無実の「非核三原則」と失われた米国の「核の傘」の信頼性

  日本は、佐藤内閣が1972年 (昭和47年) 10月9日に閣議決定して以来「非核三原則」を謳っている。しかし米国自身は、攻撃型原潜などに核兵器を搭載しているか否かについては、否定も肯定もせずあいまいにするとの方針をとっている。日本領海を通過する米国の原潜等に日本側が立ち行って核搭載の有無を確かめることはできない。つまり、日本の「非核三原則」は少なくとも「持ち込ませず」については有名無実と言えよう。

現実的政策として日本は、核抑止を米国に全面的に依存してきた。米国の核の傘(拡大核抑止)の保証は、日本が独自の核能力を持とうとしない最大の理由である。

しかし、米国の中露に対する核戦力バランスは既に不利に傾いている。ウクライナ戦争により中露はこれまで以上に連携の度合いを強めている。核戦略でも中露間の連携が密かに合意されている可能性は高い。米国の専門家は、戦略核戦力の分野で中露が連携して米国を共通の敵とした場合、その核戦力バランスは2対1の劣勢になるとみている。

中距離核戦力(INF)についても、INF全廃条約に拘束されず、1990年代から一方的にINFを増強してきた中国がインド太平洋では優位に立っている。また短距離核では、ロシアは長大な国境線を護るために重視しており、米国の4~6倍の1800発以上を保有しているとみられている。

中国がどの程度の核戦力を保有しているかは不明であるが、各レベルにおいて中露が米国より優位にあるのは明らかである。バイデン大統領の訪日時等の言明にも関わらず、現実の戦力比較から判断すれば、米国の核の傘は信頼性を失っているとみざるをえない。

そうであれば、日本には二つの選択肢しか残されていない。いかなる大国にも耐えがたい損害を与えうる、英仏並みの最小限核抑止力を自ら保有するか、核保有をせず通常戦力の増強に努めるかである。

高度な日本の核保有潜在能力と米国の日韓核保有黙認への転換

日本には核保有をする十分な潜在能力があると、日米の専門家はみている。日本は数日以内にも核爆弾を製造する能力を持っており、核爆弾の燃料となる核分裂物質も保有している。

核爆弾の設計と製造にはそれほど高度な技術も多額の経費も必要とせず、日本はスーパーコンピューターを使い核実験なしでも核弾頭を開発できるとみられている。

日本は大陸間弾道弾に転用できる民生用の固体燃料ロケットを保有している。また日本は5年以内に弾道ミサイル(SLBM)の搭載可能な原子力潜水艦を開発し配備することもできる。弾頭部に使用する再突入体を開発し製造する能力を持っており、その技術力は、誘導技術も含め「はやぶさ」等でも実証されている。

米国は、北朝鮮の核ミサイル開発に対し有効な抑止策をとれないでいる。北朝鮮は2022年3月、火星17という全米に届く大型ICBMの発射試験に成功している。また北朝鮮は、現用のミサイル防衛システムでは阻止困難とみられる極超音速兵器の開発も進めており、近く7度目の核実験を行うかもしれない。

このような北朝鮮の核攻撃力の脅威の高まりに対し、米国は韓国の核保有を容認する政策に転換している。

2017年トランプ大統領は、韓国に原潜建造と韓国の弾道ミサイルに課してきた射程と弾頭重量の制約を解除することを認めた。韓国は原潜の建造計画に着手し、2021年9月にSLBMの水中からの発射試験に成功している。

韓国の将来のSLBM保有を認めるという米国の対韓政策の転換は、日本に対してもとられるとみるべきであろう。SLBM保有は弾頭への核搭載、独自の核保有、NPTが禁じている核拡散を意味する。しかし、日本の核保有容認は、現在と将来の米国の中露に対する核戦力バランスの劣勢を考慮すれば、米国の国益にかなった合理的戦略でもある。

なぜなら、米国がもし日本に独自核保有を認めないとすれば、日本は中朝の核恫喝に対し屈するしかない。通常戦力のみでは、核兵器の数百万倍という破壊力には対抗できないためである。屈すれば、日本は中国の従属国となり、その軍事基地化する。そうなれば、米国は西太平洋の覇権を失うことになる。

日本に核保有を認めないまま、中朝の核恫喝に屈服させないとすれば、米国は自ら大規模な地上兵力を派遣して、日本防衛のために中国軍と戦わねばならなくなる。

結局、日本には中国に対する最小限核抑止力とその運搬手段として、最も残存性の高い原潜に搭載したSLBMの保有を認めることが、米国の死活的国益を最低のリスクで守るための唯一の合理的選択ということになる。

日本国民の意識の変化と最も信頼できる独自核保有の実現

今後予想される台湾海峡や朝鮮半島の危機、強まる中朝露の連携と軍事的脅威などの情勢悪化に直面すれば、従来の日本国民の核アレルギー、反核感情は説得力を持たなくなる。実効性のある抑止力と侵略に抵抗できる軍事力の保持を求める声が、若い世代を中心に日本国内でも高まるであろう。

日本の国内世論が変化すれば、政治的にも核保有が現実論として検討されることになるであろう。ひとたび政治的決定さえ下されれば、日本は技術的には数週間以内に信頼のおける核兵器を核実験なしでも製造でき、独自核保有という最も信頼性の高い抑止手段を手に入れることができるのである。

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令和4年(2022年)5月

日本政府は尹政権に毅然と対応せよ

上席研究員
松木國俊

5月10日、韓国で尹錫悦政権が誕生しました。尹錫悦氏が「当選すれば日韓関係を修復する」と大統領選挙期間中に訴えたことから、彼が親日的な人物であり、日韓関係は改善に向うだろうとの楽観的観測が日本の一部にあります。しかしそれは大きな間違いであり、日韓の対立はこれから正念場を迎えることになるのです。
尹錫悦氏の父親はかつて一橋大学で教鞭をとった知日家であり、彼自身も若い頃に訪日体験があるのは事実です。しかし「知日イコール親日」ではありません。

尹一族の祖先には1932年に上海で「天長節爆破事件」(注1)を起こし、民間人を含む多数を死傷させた「尹奉吉」がいます。彼は無慈悲な反日テロリストでしたが、韓国では「抗日義士」と称えられており、尹一族にとって誇るべき先達であります。尹錫悦氏が大統領選選挙出馬表明の記者会見の場所に「尹奉吉義士記念館」を選んだのは当然でしょう。

その血筋もさることながら、尹錫悦氏は幼いころから強烈な反日教育で育った世代であり、決して親日ではありません。慰安婦問題をめぐっては「朝鮮の女性20万人が日本政府によって強制連行され、性奴隷にされた」と信じ切っています。彼は大邱市の「慰安婦記念館」を訪れて、元慰安婦を自称する李容洙氏の手をとり「私が必ず日本から謝罪を取り付けます。おばあさんらの心の傷を必ず癒すようにします」と指切りまでして約束しているのです。

尹政権の前途は多難です。社会格差拡大、少子化、輸出競争力低下など、韓国が抱えている構造的問題を尹錫悦大統領が一朝一夕に解決できるはずもなく、このままでは議会で圧倒的多数を占める野党に足を引っ張られて、有効な経済対策を打てないまま尹政権は国民の信を失って行くことが目に見えています。

内政でダメなら外交で点数を稼ぐ以外にありません。尹政権が支持率を保つには、冷え切った日韓関係を韓国の主張に沿った形で正常化し、対日外交での勝利をアピールすることが最も有効だと尹錫悦氏は考えているはずです。
彼が「日韓関係改善」を標榜しているのは決して日本に好意を持っているからでなく、それが外交的勝利をもたらし、政権浮揚につながるという綿密な計算によるものなのです。

日本人の思考方式に明るい尹錫悦氏は、日本人を篭絡する「ツボ」をわきまえているでしょう。「単純反日」の文在寅氏よりむしろ日本にとって手ごわい相手となる可能性が高いのです。

尹政権は、就任早々歴史問題をめぐり日本に大攻勢をかけてくることが予想されます。

そしてその前哨戦はすでに始まっています。尹錫悦氏は4月下旬に「政策協議代表団」を日本に派遣しており、鄭鎮碩団長は外務省で記者団に「片手では音を出すことはできない。両国が誠意を持って努力しなければならない」と述べ、歴史問題での日本側の歩み寄りを促しました。

さらに朴振外交部長官候補は5月2日に韓国国会で開かれた人事聴聞会で、徴用工裁判に対しては「司法府判決を尊重する」と断言しました。慰安婦問題解決のためには日本の謝罪が必要だという点にも言及しています。韓国として歴史問題は譲らないことを宣言したのです。

これまで日本政府は歴史的事実に基づいて「日韓併合は合法であった」「日本の官憲による強制連行はなかった」「日韓間の請求権問題は解決済」という正当な立場を貫いて来ました。これを突き崩すために、尹政権は絡め手を使って「慰安婦問題」や「徴用工問題」で日本を巻き込むことを狙っています。

まず「日韓関係改善のため自分も努力するが、慰安婦問題や徴用工問題、佐渡金山問題について日本側にも協力して欲しい」と日本側にボールを投げて来るでしょう。彼はバイデン米国大統領に対しても「中国、北朝鮮、ロシアに対抗するため安全保障面で『日米韓』の連携を強化したい。ついては日本側が妥協するよう米国も協力して欲しい」いと依頼するに違いありません。それは米国側にとっては望むところであり、ボールが日本側にあるのなら、連携を深めるために韓国の言い分を考慮せよと、米側も日本に圧力をかけてくる恐れがあります。外交交渉での攻守が逆転するのです。

そうなれば日本の世論も変化するでしょう。相手が「日本の大陸侵攻に備えよ」と時代錯誤の主張を繰り返す李在明氏ならば、韓国に共感する日本人はまずいなかったはずです。しかし日本に一見融和的態度を示す尹錫悦氏なら日本の国論は分裂する恐れがあります。左翼が支配する大手マスコミは「日本政府は韓国の主張にも耳を貸せ」の大合唱を始めるでしょう。バラエティー番組で国益無視のコメンテーターが「日本政府は意地を張るな、隣国と仲良くせよ」と国民を惑わす偽善的発言を連発することも予想されます。一気に世論が「日韓融和」の方向に傾く恐れがあるのです。

しかしながら韓国の論理の根本にあるのは「日本による朝鮮統治は不法な植民地支配であり、そこで日本政府や企業が行った活動は全て不法だった」という歴史認識です。だからこそ合法的に行われた「自由募集」も「官斡旋」も「徴用」もすべて「不法な強制動員だった」と強弁しているのです。日本が韓国側の主張に耳を貸し、少しでも譲歩すれば、韓国の「不法な植民地支配」という論理に日本が理解を示したことになります。「日本統治は国際法上も合法だった」という日韓基本条約交渉でも貫いた日本の正当な主張を、自ら取り下げることになってしまうのです。
これは実に恐るべきことです。朝鮮総督府による税金の徴収も徴兵もすべて不法となり、日本企業が統治時代に朝鮮半島で上げた利益も「搾取」だったことになります。慰安婦問題や徴用工問題はおろか、朝鮮人の意思に反したという理由であらゆることが訴訟と賠償の対象になり得ます。人道上の罪に時効はないというのが国際常識になりつつあり、韓国は際限なく日本に謝罪と補償を要求してくる恐れがあるのです。日本国の名誉は傷つき、日韓の間に永久に和解は訪れないでしょう。

ならば手遅れになる前に、「すべて解決済」という日本の正当な立場を尹錫悦氏に正式に伝え、日韓間で締結した条約や合意を遵守するという確約を取り付けるべきです。元検事総長だった人物であり、法律で迫れば反論できないはずです。

その上で日韓の反目の元凶は事実を捻じ曲げた韓国の歴史認識にあることを尹錫悦氏に率直に伝えなければなりません。100%理解できなくとも、両国にはそれぞれの立場があり、自分たちの論理を無条件で相手に押し付けるのがいかに愚かしいかを認識してくれれば十分です。彼が「信念の人」であるならば、国民を説得し、日本への醜悪な嫌がらせである慰安婦像を撤去し、徴用工への補償問題を韓国内で解決して真の日韓和解へ道を開いてくれる可能性はあるのです。

日本政府もここが正念場です。外交は押し合いであって決して譲り合いではありません。安易な妥協や配慮は相手に付け入る隙を与えるのみです。韓国側のあらゆる甘言や詭弁に惑わされず、薄っぺらな世論に阿ることなく、日韓の真の友好を実現するため、そして日本の国益と子供や孫の将来のために、「歴史を歪曲した不当な要求は一切受け入れない」という日本の国家意思を、岸田政権は今こそ毅然たる姿勢で韓国側に知らしめねばなりません。

注1) 上海天長節爆弾事件
1932年4月29日、上海の虹口公園で発生した爆弾テロ事件。当日昭和天皇の誕生日を祝う式典が催され、ステージ上に日本の首脳陣がそろって参列。君が代斉唱中にステージ中央に向かって尹奉吉が強烈な爆弾を投げ込んだ。犠牲者下記の通り。
(即死)上海居留民団行政委員会会長 河端貞次(医師)
(重症)上海派遣軍司令官 白川義則大将(負傷がもとで一カ月後に死亡)
第9師団長 植田謙吉中将
第3艦隊司令長官 野村吉三郎海軍中将(片目を失う)
在上海公使 重光葵(片足を失う。後に鳩山内閣などで外務大臣を歴任)
在上海総領事 村井倉松
上海日本人居留民団書記長 友野盛

犯人の尹奉吉は、その場で自殺を図ろうとした所を取り押さえられ上海派遣軍憲兵隊により検挙、軍法会議を経て12月19日に金沢刑務所で銃殺刑となった。

<付記 この論説は令和4年3月30日付で、国家基本問題研究所理事長櫻井よし子氏に送付した意見書と同趣旨であり、これを韓国新大統領の就任に合わせて修正したものです。>