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2021年(令和4年)12月1日

国際歴史論戦研究所 研究員 野々田峰寛

はじめに

 本稿はパーソナルコンピュータ(以下PC)向けオペレーティングシステム(以下OS)の技術と教育用PCの予算化によって起こった日本国内のPC用OSのシェア争い、並行して生じた日米の貿易摩擦とそれに伴う日本のコンピュータ産業の動向を示す。これらの経緯を通じて日本の技術の保護と発展について論じる。

TRONとMS-DOS

 TRON(The Real-time Operating system Nucleus)プロジェクトは国産OSの開発プロジェクトとして1984年にスタートした [1]。TRONプロジェクトは様々な成果を挙げ、家電の制御やPC向けのOSを開発した。このうち家電を制御する基本ソフトウェアとして現在もTRONプロジェクトの成果物であるITRONが使われている [2]。ITRONの仕様や安定性、即時性を追求したOSであることが採用される要因にある。1989年TRONプロジェクトはPC向けのOSとしてBTRONをリリースした。BTRONは現在のWindowsやMacOSのようにグラフィック画面からマウスを用いて操作するグラフィックユーザーインターフェース(Graphic User Interface)のOSである。

 一方米国ではマイクロソフトが1981年に初版のMS-DOSを発売した。MS-DOSはコマンド(文字)ベースでPCを制御するキャラクターユーザーインターフェース(Character User Interface)のOSである。MS-DOSはシアトル・コンピュータ・プロダクツが開発し、販売した86-DOSを買収して最初のバージョンが開発された [3]。マイクロソフトは設立当初は既存の製品を買収し、手を加えて、自社製品として発売する手法を採っていた。

 1985年、臨時教育審議会(臨教審)は「教育方法開発特別設備補助」5か年計画 [4]を策定し、学校へのコンピュータ導入のための予算を初めて計上した。1986年、通商産業省と文部省が財団法人コンピュータ教育開発センター(CEC)(現在、日本教育工学振興会と合併し、日本教育情報化振興会)を設立し [4]、日本の教育用パソコンOSの標準化を図るために、BTRONを日本の学校教育における標準OSとして検討を始める [5]。日本でPCを使うに当たっては日本語を使えることが要件として求められていたため、米国企業の参入が困難であった。このような背景があって、日本語を扱えるNEC以外のメーカーはPCのシェアが非常に少なかった。CECに加盟したPCメーカーは策定した仕様に則ったPCをつくることで国費によって確保された教育用PCの市場を取り、NECのシェアに食い込もうとする。1987年9月までに、CECに加盟する日本の大手家電メーカーのうち、NECを除く11社がBTRONの採用に賛同した [1]。この頃、教育用PCを含め大きなシェアを取っていたNECはPC-8801シリーズからPC-9801への移行期にあたる。PC-9801では、日本語MS-DOSを採用していた。このため、NECはBTRONの採用を渋っていたが、半年以上の交渉を重ねた末、BTRONとMS-DOSのデュアル構成を採用することとした [6]。

日米貿易摩擦

 国内のOS仕様が確定しつつある時期と同じくして日米間で起こったのが日米貿易摩擦である。筆者も子供心ながらに日本車が破壊されているシーンがテレビで流れたことを覚えている。

 1989年米国通商代表部(USTR)が発行した報告書『外国貿易障壁報告書』 [7]にて、その他のセクションの中でTRONが列挙され [8]、包括通商法スーパー301条 [9]に基づく制裁の候補とされた。TRON協会はUSTRに対して「誤解だ」として抗議文を送り、USTRは誤解を解き、この時はスーパー301条対象品目から外された [10]。

 しかし、これを契機としてNECはBTRONの採用を見送る。この結果、CECはBTRON仕様による規格統一を断念する [11]。NEC以外の多くのメーカーがBTRON仕様のOSを採用していた。しかし、すでにデータやプログラムを豊富に持っていたNECのシェアに敵わず、徐々に撤退していくことになる。このような経過をたどり、PC用OSは教育用PCを含め、BTRONよりもMS-DOSのシェアが拡大することとなった。

外圧に負けた日本政府の貿易・外交

 TRONプロジェクトはUSTRに対して反論書を提出している [10]。これを受けて、USTRはTRONへのスーパー301条の適用を取り下げたが、反論書への回答で「日本の教育市場における教育用パソコンについて、使用するOSを市場自身が選定するのではなく、日本の政府系機関であるCECが(マイクロソフト社のMS-DOSなどBTRON以外のOSを締め出す形で)選定するのは不公正である」という趣旨の回答をしている [1]。市場自身がOSを選定すべきであると指摘しているにもかかわらず、スーパー301条対象品目となっているは、実際は米国の陰の保護貿易体制が敷かれていたことが明確になる。TRONプロジェクトはUSTRの回答に対して再度見解を表明したが [10]、ここで、日本政府ならびにCECが再反論をすることはなかった。特に政府による再反論は必要ではなかったのではないか。結果として、1990年再度貿易障壁年次報告にてBTRONが再度リストアップされることになった [1]。この背景には、BTRONがリリースされたOSはもとより作り上げた仕様の完成度に米国側が驚異を感じたのではないかと考える。MS-DOSと対比すると、BTRONは優技術的優位性を持っていたが、優位性よりも事実上標準化されたOSがシェアを確保することになる。技術的には理想的なコンピュータのあり方を模索したプロジェクトであったため、従来から豊富に蓄積されていたNEC PCのデータ資産を使えるようになっていなかった。米国に技術的には脅威を与えるほどの品質のOSであったにも関わらず事実上の標準としてMS-DOSが普及することになったため、BTRONは日の目を見ることははなかった。

一方政治的側面からは、産学の工学技術を護り育てるという政府の姿勢がなかったことが原因であると筆者は考える。

日本の技術者への待遇の低さも問題である。代表的な例として中村修二氏は世界で初めて青色発光ダイオードの開発に成功し、これにより初めて白色をデジタル上で構成できるようになった [12]。しかし、中村氏は開発時に所属していた会社の待遇に不満があったこと [13]、十分な研究費獲得のため米国の研究費の支給を受けるために米国籍を取得し、転出する [14]。また、日本の高い技術力を狙う新興国も日本の技術者をヘッドハンティングしており [15]、日本の技術力は低下し、新興国に追い抜かれる状況が生まれている。

研究者支援も問題として指摘しておかなければならない。研究者支援の一環である科研費から考えても、工学系の研究への科研費投入は低い。文科系で数億の科研費を受けている研究が見られるが、工学系でその規模の科研費を受けている研究は多く見られない。日本学術振興会の審査体制にも問題があるのではないかと考える。

おわりに

 本稿では技術面でOSの歴史と政治面での日米貿易摩擦に触れ、一つの優れた国産技術が衰退する結果までを論じてきた。日本が本来持っている技術力は非常に高度であるが、待遇や支援の不備からそれが十分に生かされないことを示した。

大東亜戦争後、日本はことさらアメリカのご機嫌を伺い何かとアメリカの意向に沿う関係にあるのではないだろうか。例えば、在日米軍の日米地位協定による不平等や年次要望書に書かれた通りに日本が政策を進めるというようなケースが挙げられる。その背後には日本の安全保障を米国に依存していることがある。米国は80年代に日本の経済的技術的な台頭に対して経済面での敵として日本を挙げ攻撃した。本論説で述べたTRONはその最たる例である。日本が自主独立した国となるためには日米地位協定の改定を求めるための日本人の意識改革や粘り強い交渉が求められる。年次要望書に対しては日本の国益に鑑みて断固たる日本の意思を示すことが重要である。

日米繊維交渉のように、政治課題のバーターとして特定の産業が泥をかぶったこともある [16]。日本政府はこの反省を踏まえない外交を続けている傾向があるように感じる。日本の高い技術力が海外に流出し、開発できなくなるような事態を招いてはならない。長期的な視点で技術を評価し、技術発展に投資をした上で自由市場の中で勝負できる環境作りが必要である。

新たなコンピュータ技術における貿易問題として日米半導体協定 [17]がある。第2次半導体協定では、国内シェアの20%以上を海外メーカーへ開放することを求められている。これにより、日本における海外で製造された半導体のシェアが増加することによって日本の半導体生産能力は衰退した。この状態はさらに加速し、半導体の生産拠点が日本から海外へと移転し、製造技術の流出が問題となっているだけでなく、もはや日本国内で半導体が作れない状態となっている。この影響は現在日本が優位性を持っているスーパーコンピュータの分野で専用的に使われる半導体の設計技術を日本が護り続けることができるかの分水嶺にある。このような技術が海外流出すれば、国産コンピュータ技術は完全に衰退したと言っても過言ではない。日本がコンピュータ技術の発展から落ちこぼれることのないよう、日本政府にはあらためて自由市場で戦える技術開発への支援と外交交渉力の向上を求めたい。

引用文献

1. 倉田啓一. TRONプロジェクトの標準化における成功・失敗要因. 石川県能美市 : 北陸先端科学技術大学院大学, 2005.

2. TRONフォーラム. ITRON. (オンライン) (引用日: 2022年10月12日.) https://www.tron.org/ja/tron-project/itron/.

3. 粟野邦夫. MS-DOSってなんどすか? 東京都渋谷区 : ビー・エヌ・エヌ, 1987.

4. 樋田大二郎, 五藤博義. 学校へのコンピュータ導入の現状 ―コンピュータは学校、教師、子どもをどのように変えるのか. ベネッセ教育総合研究所. (オンライン) ベネッセ委, 1992年. (引用日: 2022年10月31日.) https://berd.benesse.jp/ict/research/detail1.php?id=3315.

5. 倉田啓一. TRONプロジェクトのデファクト標準に関する調査研究. (オンライン) (引用日: 2022年10月31日.) https://www.jstage.jst.go.jp/article/randi/16/0/16_193/_pdf.

6. TRONフォーラム. TRONプロジェクトの30年. TRONプロジェクト30年の歩み. (オンライン) (引用日: 2022年10月28日.) https://30th.tron.org/tp30-06.html.

7. USTR. 1989 National Trade Estimate Report on Foreign Trade Barriers. 1989.

8. 玄 忠雄. 国産OS「BTRON」が日米の貿易問題になった1989年. 日経XTECH. (オンライン) 2019年6月15日. (引用日: 2022年10月28日.) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00215/060300034/.

9. 1974年通商法. (オンライン) (引用日: 2022年10月12日.) http://customs.starfree.jp/Trade%20Act%20of%201974j.pdf.

10. TRON協会. 通商問題経緯. (オンライン) (引用日: 2022年10月12日.) https://web.archive.org/web/20100714120633/http://www.assoc.tron.org/jpn/intro/s_301.html.

11. 日経コンピュータ. 1989.

12. 青色LEDがノーベル賞に値する理由. WIRED. (オンライン) 2014年10月9日. (引用日: 2022年10月31日.) https://wired.jp/2014/10/09/nobel-prize-blue-leds/.

13. 中村修二. 負けてたまるか! ― 青色発光ダイオード開発者の言い分 ―. 東京都中央区 : 朝日新聞出版, 2004.

14. ノーベル賞の中村修二氏、「アメリカの市民権」を取った理由を語る. withnews. (オンライン) 2014年10月18日. (引用日: 2022年10月31日.) https://withnews.jp/article/f0141018000qq000000000000000G0010401qq000010997A.

15. 高橋 史忠、佐伯 真也. 韓国企業に転職したワケ、日本人技術者3人に聞く. 日経エレクトロニクス. (オンライン) 2012年11月16日. (引用日: 2022年10月31日.) https://xtech.nikkei.com/dm/article/FEATURE/20121105/249381/.

16. 大慈弥嘉久白石孝,三橋規宏. 日米繊維交渉と70年代ビジョン. 出版地不明 : 通産ジャーナル, 1993年12月.

17. 東壯一郎. 半導体企業の設備投資に関する実証研究 : 日米半導体協定の影響について. 兵庫県西宮市 : 関西学院大学商学研究, 2015.

令和4年(2022年)11月

    上席研究員

茂木弘道


1.ウクライナ戦争はグローバリズムと民族主義の戦い?

 藤原正彦氏は、『日本人の真価』(文春新書 2020年)の中で、「ロシアによるウクライナ侵攻ほどあからさまな侵略が、21世紀ヨーロッパで行われるとは信じ難いことである。」と述べているように、まさに歴史が1世紀後退したのではないかと多くの人は驚いている。

 ところが、これはグローバリズムに対抗する民族主義の戦いである、という見方もあるようである。DS(ディープ・ステイト)主導によるアメリカのグローバリズムにロシアの民族主義が対抗しているということのようであるが、では肝心の「ウクライナ」はどこにくるのかという疑問がわく。アメリカの支援を受けたグローバリズムの代弁者とでもいうのだろうか?

ウクライナ人をなめたとんでもない考えである。圧倒的な軍事力を誇るロシアの全面攻撃に敢然と真正面から戦っているウクライナはアメリカのために戦っているとでもいうのだろうか。アメリカのために命を懸けるバカとでも思ってるのか、と言いたくなる。確かにアメリカをはじめとした西側諸国の厖大な武器支援あればこそ20万ロシア軍の中心的な戦力を撃退し、首府キーウを守り、東部、南部でもロシア軍に打撃を与え、失地回復を進めることができている。ロシアの千を超す戦車部隊の惨めな敗走など誰が予想しただろうか。軍事援助などいくらあっても、国を愛し、国のために命を懸ける、国民の戦う決意なくしてこれほどの戦闘は絶対に不可能である。アフガンを見ろと言いたい。武器支援に加えて米軍自体も加わっていたにもかかわらずあのざまである。

この戦いが、民族主義ウクライナの英雄的な戦いであるとすると、ロシアは何であったのか?ロシアはウクライナ侵略の口実に、「ネオナチの脅威」とかNATO加盟問題だとか、とても全面侵略の理由になりえないことを表に出しているが、本当の理由は「大ロシア主義」、大ロシアの実現を目的とした全面侵略なのである。

開戦当初の2月26日国営ノーボスチ通信は「ロシアの新たな世界の到来」と題する記事で、次のように述べている。

“目的は大ロシア帝国の復活でした。≪ロシアはロシア世界、ロシア国民、すなわち大ロシア人(ロシア)、白ロシア人(ベラルーシ)、小ロシア人(ウクライナ)を結集させ、歴史的完全性を回復している。もしわれわれがこれを放棄し、一時的な分離が固定化するのを許してしまったら、ロシアの土地の崩壊を許してしまったことによって祖先の記憶を裏切るのみならず、子孫からも呪われるだろう≫との使命感が突き動かしていたのです。”

ロシア民族主義的使命感こそがウクライナ侵略の基になっているということになる。しかし、この民族主義は主権国家である小ロシアの主権、ウクライナ人の意思を全く無視して一方的に自己の民族主義を強要している。そのために武力行使をためらわない。きわめて悪質で、危険な考え方である。

「大ロシア主義」という「グローバリズム」は今や、日本の北海道までも、アイヌ問題を理由にロシアに領有権があることまで主張しだしているのである。(露下院副議長が「北海道の全権はロシアにある」と公言している。『産経新聞』2020年6月11日)

ヨラム・ハゾニーが『ナショナリズムの美徳』(中野剛志/施光恒訳)(東洋経済 2021年)でいうように、ナチは民族主義にとどまらず、「帝国主義化し、自己の主義、文化を他国に強要するグローバリズム」となっていたのである。

大ロシア主義もこれと同じく、民族主義の衣をまとったグローバリズムといわなければならない。すなわち、この戦いはロシア民族主義ではなく、「大ロシア主義グローバリズム」対「ウクライナ民族主義」の戦いととらえるのがより正しいということになる。

「ネオナチ」の脅威は完全なる嘘

 ロシアが開戦理由として最前面に押し出していたのが、親ロシア派に対抗するアゾフ大隊などのネオナチの脅威である。

 ソ連時代の1932年から33年にかけてウクライナは大飢饉に襲われた。330万人から数百万人の餓死者を出した惨事であるが、天候理由もさることながら、共産党の独善的、強権主義がより大きな理由であったことは有名な映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地」にも描かれている。このためウクライナ民族主義者、ウクライナ国民の間に強烈な反ソ感情が生まれたことは必然のことである。したがってドイツ軍がウクライナに侵攻してきた時には多くのウクライナ人がドイツ軍に協力した。そのような背景の下、アゾフ大隊のような人たちが生まれたことも自然なことと言えるだろう。しかし、現在のウクライナでは、アゾフ大隊の違法なロシア系住民への攻撃が公認されているわけでもなければ、ウクライナ政府が反ロシア報復主義政策をとっているわけでもない。それどころか、ウクライナ東部にロシアは8000人規模のワグネル軍団の傭兵部隊を2014年から投入しているのだ。とっくに侵略行為を行っているのである。ネオナチをうんぬんする資格など全くない。いわんや、ウクライナ全面侵略の口実などになるはずもない。

 また、もう一つの開戦理由として、ロシアはNATOの脅威を挙げている。ウクライナが、NATO加盟をあきらめないことをロシアの脅威というのである。

 NATOは拡大して来たし、今でも拡大しつつある。しかし、NATOはいまだかつて、主権国家に対して、侵略戦争を仕掛けたことはない。NATO の拡大理由は、ロシアという侵略的大国の脅威を逃れるために加入国が拡大したのであって、一か国もNATOに加入して、ロシアを侵略しようなどと考えている国はない。今回のロシアの20世紀的な暴挙を見て、伝統的に中立政策をとってきたスエーデン、フィンランドなどがNATO加盟を正式に申請したのだからロシアの挙げた開戦理由は逆の効果を生み出しているのである。

 すなわち、ロシアの挙げるネオナチに関わる開戦理由もNATOに関わる開戦理由も、ロシアの一方的な全面侵略の理由には全くなりえないということである。

真珠湾攻撃とロシアの全面侵攻に共通性があるという歴史認識をめぐる誤った主張

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、3月16日に行われた米連邦議会のオンライン演説で、次のようなことを述べた。

真珠湾攻撃を思い出してほしい。1941年12月7日、あのおぞましい朝のことを。
あなた方の国の空が攻撃してくる戦闘機で黒く染まった時のことを。

 これはとんでもない、間違った認識である。しかし、大変残念なことであるが、真珠湾攻撃が日本の一方的な侵略行為である、という見方が、世界でほぼ共有されているというのが現実である。しかしながら、元ニューヨーク・タイムズの日本支社長のヘンリー・ストークス氏が、『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(藤田裕行訳)(祥伝社 2013年)で述べているように、日本侵略者論は全くの「虚妄」である。

 まず確認しておかなければならないことは、ロシアのウクライナ侵略は、自国の存在が危機的な状況下にあったわけではないにもかかわらず、小国であるウクライナに全面侵攻したという事実である。しかも、「核」の脅しを公言するという無法ぶりである。

確かに真珠湾攻撃は先制攻撃には違いないが、ロシアのウクライナ侵攻の場合とは全く異なり、日本は正真正銘の国家存亡の危機に直面していたのである。

アメリカは1939年7月7月に一方的に日米通商条約の破棄を宣言した。これはマンチェスター・ガーディアン紙(1939年7月28日号)が書いているように「アメリカ史上類例を見ない、重大な意味を持つ行為」であり、事実上「準宣戦布告」と言えるものであった。半年後からアメリカは日本に対して自由に「輸出制限」ができるようになり、屑鉄、合金、精鋼、鉄鋼製品、機械類などの輸出制限を開始し、ついに1941年8月には石油の全面禁輸を行うに至ったのである。石油の90%を輸入に頼っていた日本は、オランダもアメリカに追随して輸出制限を行うことになったので、石油の入手先がなくなり、近代国家として正に存続の危機に立たされることになったのである。ソ連が、逆に石油を欧米に対する戦略物資としてその輸出を脅しに使っているのと正反対の状況であったのだ。

 アメリカの国務長官ケロッグが、1928年12月8日、自身が提案したパリ不戦条約の批准のための議会討論で、議員の質問に答えて、「経済封鎖は戦争行為である。」(It’s an act of war,absolutely!)と述べているように、経済封鎖は戦争行為なのである。すなわち、経済封鎖という戦争行為を日本に対して先に行ったのは、アメリカに他ならないのである。

 これに加えて、アメリカは長距離爆撃機よる日本本土爆撃計画(JB355)を作成し、1941年の7月23日にはルーズベルト大統領が、これを承認するサインをしている。(サインをした文献は公文書館に公開されている。)真珠湾攻撃の4か月半前のことである。

 日本政府は、アメリカとの衝突回避のために交渉を続けていたが、それに対する実質的には最後通告であるハル・ノートが11月26日提出された。それまでの交渉の成果をほとんど無にする内容であった。開戦に賛成した共和党のリーダー・ハミルトン・フィッシュは、戦後、このハル・ノートが議会の誰にも知らされていなかったことを徹底批判して、これを知らずに自分が開戦に賛成したことは誤りだったと述べている。

 すでに経済封鎖により、実質戦争行為を行っているアメリカ、それに対して和解の道を探っていた日本にとって、和解の見込みがなくなったということは、自衛手段を取る以外に道がなくなったことを意味する。日本は自衛手段を行使する権利を持っている。そして、自衛手段の行使に踏み切った。それが真珠湾攻撃である。

 ロシアのウクライナ侵略は、自国の存亡が脅かされているわけでもなく、自衛権の行使でもない。どこにも似ているところなど存在していないことをゼレンスキー大統領をはじめ、世界中の人々が知るべきである。大変残念なことであるが、真珠湾攻撃が日本の一方的な侵略行為であるという見方が、今なお世界でほぼ共有されているというのが現実である。正さるべき認識である。

令和4年(2022年)10月

    上席研究員

一二三朋子

1 日本語教育の概況

海外には2018年現在約400万人の日本語学習者がいる(国際交流基金 2020)。1988年以来、30年で30倍以上の増加である。また、日本国内にも16万人の日本語学習者がおり、やはり30年で約3倍の増加となっている(文化庁 2021)。

国内における日本語教育の動向は、時代の変遷に伴って変化してきた。1970年代までは、日本語を学習するのは、日本研究者やビジネスマン、留学生などごく少数の外国人だけであった。しかし、日本の高度経済成長、日中国交正常化(1972)、難民条約締結(1981)、留学生10万人計画(1983)、「出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)」改正(1990)、外国人技能実習制度(1993)、留学生30万人計画(2008)、EPA(経済連携協定)(2008)、「特定技能」(2019)など、その時々の政治・経済・外交の影響を受けながら、日本語学習者は増え続け、かつ多様化してきた。しかし、日本語教育はそれ自体の明確な理念のないまま外的要因に翻弄され、目先の問題に追われるだけの場当たり的な意味での悪戦苦闘の歴史であり、長期的な戦略がなかった。

2 国家的戦略としての視点の欠如

日本語学習者が増え、日本語教育が活発化することは、日本語や日本文化を世界に広め、親日家・知日家を増やす絶好の機会である。しかし、日本語学習者が増えたからといって、日本への理解が進み、親日家・知日家が増えているようには思われない。日本語学習者が増えながら、相変わらず、近隣諸国の反日活動は収まらず、日本に対する誤解・偏見は蔓延し、不当な批判や誹謗中傷に晒されている。日本への正しい理解が深まらないのは、国家的戦略のないまま日本語教育を放置してきたことに大きな原因がある。

国際交流基金は、国際文化交流を推進する日本で唯一の専門機関である。1972年設立以来、海外における日本語教育支援事業を行ってきた。設立当初は日本研究者養成が中心だったが、近年では、その時々の現地の要望や多様な日本語学習動機(先進技術獲得、技能研修、ポップカルチャー人気など)に応じた支援事業を展開している。しかしそこから読み取れるのは、相手国が日本語に興味を持ってくれているので、相手国の現状や要望に応じてお手伝いをするといった受動的・消極的な姿勢であり、それ以上の戦略的視点がない。

日本語教育学会や某大学・某日本語学校の日本語教育の目的や理念を見ても、「多文化共生のため/ともに学び合うため/相互理解・相互尊重のため/国際交流のため」といった言葉が躍る。確かに、最終的には日本の国益にも寄与するのかもしれないが、あまりに迂遠であり、戦略がないのに等しい。

 2020年に公布・施行された「日本語教育の推進に関する法律」も同じことがいえる。基本理念(第三条)には「日本語教育の推進は、日本語教育を受けることを希望する外国人等に対し、その希望、置かれている状況及び能力に応じた日本語教育を受ける機会が最大限に確保されるよう行われなければならない」「日本語教育の推進は、海外における日本語教育を通じて我が国に対する諸外国の理解と関心を深め、諸外国との交流を促進するとともに、諸外国との友好関係の維持及び発展に寄与することとなるよう行われなければならない」と書かれている。いちおう無難な規定であるが、我が国の国益に適う親日家・知日家を積極的に育成するという戦略的な視点は極めて薄い。

3 理念の欠如から生じた弊害

 我が国は、少子高齢化対策及び労働力不足対策として、1990年代から現在まで、「入管法」改正、外国人技能実習制度、留学生30万人計画、EPA、「特定技能」と、次々に新しい施策を繰り出してきた。しかし実態は日本人労働者が働かない低賃金労働の補充であり、これは一見、日本の経済を支えているように見られるが、日本の労働賃金を低下させる原因になっており、日本の経済を不健全にしていると評価すべきである。これも日本語教育の理念の欠如のもとに安易に経済の問題に対応したからだと思われる。

さらに留学生及び年少者の教育の問題だが、この2022年8月29日、岸田文雄首相は永岡桂子文部科学相と会談し、留学生受け入れ30万人を見直し、さらに留学生を増やす新たな計画を策定するよう指示した。留学生及び年少者の教育に関する問題は多々あるが、ここでは2点、理念の欠如から生じた弊害として簡単に触れる。

①年少者の教育問題

 1990年代から急増した日系2世・3世は渡日の際、家族を帯同する事例が多くなった。近年は留学生や特別技能でも家族帯同が認められている。学齢期となった子供は日本の公立学校に入学するも、日本語ができないために授業を理解できないだけでなく、母語も日本語も十分な能力を獲得できない。挙句の果ては不就学児となったり非行に走る事例も少なくない。

一方、受け入れ側の学校の教師たちに課される過重な負担も見逃せない。対象児童のための特別授業(日本語の補習授業等)、教材開発(ルビを振る、英訳をつける、母語の要約をつける等)、試験の特別対応(ルビを振る、辞書持込を認める、時間を延長する、試験問題を減らす、得点の底上げをする等)などである。また、親の仕事の都合による、不定期の入学・転学にも対応しなければならない。さらにまた、文化的違いに対する特別措置が、日本人児童との公平性に鑑みどこまで許容されるべきかも問題となる(ピアス、給食、放課後の掃除、課外授業への参加等)。「多様性は豊かさだ」という美名の下、問題を糊塗しているのが実態である。

②留学生の質の問題

 留学生10万人計画・留学生30万人計画では、数値目標だけが独り歩きし、各大学は無理をしても一定の人数の留学生を確保しようとする。

その結果、第一に、留学生の出身国が偏る問題がある。留学生の出身国の40%は中国である。その結果、機密情報流出の危険さえ生じていることである。しかし、日本の大学の危機感は非常に低く、性善説に立ち、留学生に疑いの目を向けることさえ忌避するような風潮がある。これも日本国全体で、日本語教育における戦略的視点の欠如の結果である。

第二に、学力・日本語力の低い留学生を受け入れざるを得ない問題がある。もともと学業目的でない留学生の場合は授業に出席せずバイトに専念したり、いつの間にか行方をくらます者もいる。そして大学の中には「大学の国際化」と称して、日本語力の低い留学生に対しては、日本への留学生に対する教育でありながら、英語で受けられる科目を増やしたり、英語だけでも卒業できることを謳う大学もある。

4 日本語教育に国家的戦略の視点を

中国の孔子学院は、中国語・中国文化教育機関である。教育の名を借りて中国共産党の主張に基づいた世論戦宣伝(プロパガンダ)やスパイ活動を行うと言われている。近年欧米では孔子学院への警戒が強まり、閉鎖する大学も相次いでいる。しかしこの孔子学院の自国語・自国文化を広めようとする積極的姿勢には、日本の国家的戦略として見習うべき点があろう。相手国の要望に応じただけの日本語教育、就職など個人的利益のためだけの日本語教育ではなく、日本という国の歴史・文化・価値観を深く理解する知日家、日本の伝統・文化を愛し尊ぶ親日家を養成するためには、孔子学院から学ぶべきものは多い。

そこで考えられるのだが、世界の国のいろいろな大学に、日本の予算を提供して、日本語と日本の文化を学ぶ「日本文化コース」というような授業コースを設け、必要に応じて日本の大学や専門学校から教授要員を派遣するような制度を創設すべきではないだろうか。

そのためには、日本国内における日本語教師養成において、日本語教師になることの意味を十分に理解させること、つまり、日本の国益のための日本語教育であり、日本語教師であるという使命感を持たせる必要があろう。また、自虐史観から脱却したうえで、最低限の素養として日本に関する知識を涵養するべきである。例えば、万世一系の天皇を頂く世界最長の歴史を持つこと、縄文時代という1万年以上にわたり平和な循環型社会を実現させていたこと、宗教に対する寛容さ、憲法17条に顕現する和の精神や民主主義、『万葉集』に見られる平等性、『源氏物語』に象徴される女性の地位の高さ、など、世界に誇るべきものは枚挙にいとまがない。こうしたことを、先ずは日本語教師自身が素養として持つべきものとして、こうした内容を大学や専門学校の日本語教師養成教育のカリキュラムに不可欠なものとして取り入れていくべきである。

これはあくまでも論者の一二三の印象であるが、日本語教師を目指す人は、優秀かつボランティア精神旺盛で、多文化共生や相互尊重といった高い志を持つ人が多い。したがって、国家的戦略を持って日本語教育の内容が改善されれば、使命感をもって日本語・日本文化を世界に発信し、知日家・親日家を増やすことはそれほど困難なことではないのである。

- China Does Not Have a Legal Right of Possession of Taiwan -

【日本語版】https://i-rich.org/?p=886

 

              Kawahara Shoichiro

Senior researcher

International Research Institute for Controversial Histories (iRICH)

October , 2022

1 “Legal status of Taiwan undetermined” argument

 The question of whether China will invade Taiwan and, if so, when, has recently be raised with a sense of urgency by the mass media. After the Russian invasion of Ukraine, the question of Taiwan has come under more intense scrutiny, with comparison between Taiwan and Ukraine.

 A forced Chinese absorption of Taiwan, the so-called Taiwan issue, is the most significant issue in East Asia, as it has the potential to have a great impact, in terms of degree and extent, and will inevitably involve Japan as well as the US.

 Did you know that one argument underlying the Taiwan issue is that the legal status of Taiwan has yet to be determined, or “undetermined”, which seems to attracting attention?

 The view that the “legal status of Taiwan is undetermined,” simply put, is that Japan renounced its possession of Formosa (Taiwan) and the Pescadores Islands after WWII but only renounced its right of possession and did not specify territorial jurisdiction. Even now, determination of who holds the right of possession of Taiwan and the Pescadores Islands is pending, which necessitates certain procedures, such as holding an international conference to determine who bears the right of possession. That is, the Treaty of Peace with Japan (San Francisco Peace Treaty), which was concluded on September 8, 1951, merely stated that “Japan renounces all right, title and claim to Formosa and the Pescadores” in Article 2 Section b and other provisions are not mentioned.

 Both China and the Kuomintang (KMT), or the Chinese Nationalist Party of Taiwan, have rejected the “legal status of Taiwan is undetermined” view. At one time, during the KMT Ma Ying-jeou administration, the Chief Representative of the Interchange Association Taipei Office in Japan mentioned this “legal status of Taiwan undetermined” view and the relationship between Japan and Taiwan temporarily deteriorated.

However, the Democratic Progressive Party of Taiwan has not stated its attitude toward the “legal status of Taiwan is undetermined” view and, conversely, is presumed to embrace it from the perspective of Taiwanese independence. The US held the view that the “legal status of Taiwan is undetermined” up until US-China rapprochement. However, Henry Kissinger, then Special Assistant to President Nixon, promised verbally to then Premier Zhou Enlai that the US would subsequently cease to assert that the “legal status of Taiwan is undetermined”. The US has not raised this view ever since.

In Japan, those engaged in Taiwan-related affairs and research are aware of the “legal status of Taiwan is undetermined” view and nothing more. This is also true worldwide—awareness with no further discussion. Therefore, the meaning of Article 2 Section b of the San Francisco Peace Treaty, in the context of a special international situation remains unexamined. Accordingly, the current paper intends to revisit this matter and make clear that China has no legal right of possession of Taiwan based on Article 2 Section b of the San Francisco Peace Treaty. I will point out that, after all, this issue boils down to a question of Taiwanese nationhood.

 

2 The Cairo Declaration and Potsdam Declaration

 In terms of the right of possession of Taiwan and the Pescadores Islands, it is necessary to see how Taiwan and the Pescadores Islands were treated in the Cairo Declaration and the Potsdam Declaration before looking at the provision in the San Francisco Peace Treaty.  

The first instance when the Allies took up the issue of Taiwan and the Pescadores Islands, which were in Japan’s possession, was in the Cairo Declaration, issued on December 1, 1943. The signatories of the Cairo Declaration were the heads of the US, the UK and the Republic of China. The Declaration stated:

“It is their [the Allies’] purpose … that all the territories Japan has stolen from the Chinese, such as Manchuria, Formosa, and The Pescadores, shall be restored to the Republic of China.”

 This provision in the Cairo Declaration was assumed by the Potsdam Declaration, which was issued jointly by the US, the UK and Republic of China (and later joined by the USSR) on July 26, 1945. In the Potsdam Declaration, Article 8 stated:

“The terms of the Cairo Declaration shall be carried out and Japanese sovereignty shall be limited to the islands of Honshu, Hokkaido, Kyushu, Shikoku and such minor islands as we determine.”

 As is well known, Japan accepted the Potsdam Declaration. Acceptance obliged Japan to carry out the provisions of the individual Articles in the Potsdam Declaration including the fulfillment of the Cairo Declaration. However, this does not immediately evoke legal transfer of the right of possession of Taiwan and the Pescadores Islands.

 Pro-China parties and scholars argue that the acceptance of the Potsdam Declaration evoked transfer of the right of possession of Taiwan and the Pescadores Islands and so there is no basis for a “legal status is undetermined” view—which is obviously not valid. Transfer of a right, based on international law, does not come into effect unless a treaty is signed by government representatives and ratified by its council. Acceptance of the Potsdam Declaration merely obligated Japan to carry out the obligations in it and does not evoke a legal transfer of the right of possession. The obligations in the Potsdam Declaration were in fact fulfilled, in all forms, by Article 2 Section b of the San Francisco Peace Treaty. If acceptance of the Potsdam Declaration induced transfer of the right of possession, the relevant provision in the San Francisco Peace Treaty would have been pointless and the provision should not have been made. The provision is there in the Treaty because Japan still had the right of possession at the time of the conclusion of the San Francisco Peace Treaty.

3 Occupatio

 Now, let’s go back to the discussion about the provision of Article 2 Section b of the Treaty of Peace with Japan. This Section provided that Japan renounces the right of possession of Taiwan and the Pescadores and the land of which the right of possession was renounced becomes terra nullius. The principle of law based on international law concerning terra nullius is occupatio, which means that a nation can acquire ownership of terra nullius as its territory by exercising control over it before other nations do. What “exercising control” means is arguable but let us say that it refers to the state in which sovereignty is peacefully and continuously exercised over terra nullius without objection from other nations.

 Article 2 Section c of the San Francisco Peace Treaty prescribes renouncement of sovereignty over the Kurile Islands and Sakhalin and Article 2 Section f prescribes renouncement of sovereignty over the Spratly Islands and the Paracel Islands. However, there is no provision concerning their territorial jurisdiction. Of these lands, at present, the Kurile Islands and Sakhalin are possessed by Russia and possession of the Spratly Islands and the Paracel Islands are contested by six nations, a result of application of occupatio. That is, these lands were rendered terra nullius on April 28, 1952, the day that the Treaty of Peace with Japan took effect, but the Kuril Islands and Sakhalin was under control by the USSR at that point, and ever since, and no nation has raised an objection to the USSR possessing the Kurile Islands and Sakhalin. As for the Spratly Islands and the Paracel Islands, since these lands became terra nullius, no nation has exercised control over these lands without objection from other nations, leading to on-going dispute.

 What about Taiwan and the Pescadores Islands? These lands were occupied by the Republic of China (the Government of Taiwan) when they became terra nullius. However, the People’s Republic of China (the Government of China) claims to possesses the lands. The current situation can hardly be said to be peaceful “exercising of control" and there is doubt of whether the Government of Taiwan possesses Taiwan and the Pescadores Islands.

 At the same time, the Government of China does not even occupy Taiwan and the Pescadores Islands; the Government of China is not “exercising control” over Taiwan and the Pescadores Islands. Based on occupatio, the Government of China has no legal right of possession of Taiwan.

4 Conclusion

 One could comment on my conclusion: This conclusion springs form the view that the Government of Taiwan and the Government of China are treated as separate nations. If there is one, unified China, of both mainland China and Taiwan, and the Government of China and the Government of Taiwan represent local governments of a unified China, then all lands can be regarded as territories of the unified China, which includes land possessed by the Government of Taiwan. That is, the right of possession of Taiwan belongs to a unified China.

At the moment, however, the Government of Taiwan does not accept this view and the international community does not accept this view either. In the US’s One China policy, the US acknowledges that the Government of China maintains there is “one China”, which includes Taiwan, and there is no further debate. Japan has practically taken the same position as the US.

 In the end, it should be clear that the issue boils down to a question of Taiwanese nationhood. If the Government of Taiwan is recognized as a nation, then the Government of Taiwan can claim the right of possession of Taiwan based on occupatio and furthermore, the Government of China has absolutely no right of possession.  However, if Taiwan is not recognized as an individual nation, then there can only be “one China”.

 In the future, with increasingly strained relations between China and Taiwan, the question of Taiwanese nationhood will add even more tension. I hope that the current paper, which raises anew the “legal status of Taiwan is undetermined” view, will be a starting point for discussion concerning future diplomatic recognition of Taiwan.

-中国は台湾領有の法的資格を有せず-

【英訳版】https://i-rich.org/?p=913

令和4年(2022年)9月

    上席研究員

河原昌一郎

1 台湾の法的地位未定論とは

 中国の台湾侵攻はあるのか、あるとすればそれはいつか、という問題が最近では緊迫感をもってマスコミでは取り上げられるようになった。ロシアのウクライナ侵攻後にはこれとの対比でより熱を帯びて語られるようになっている。

 この中国による台湾の武力統合といういわゆる台湾問題は、現在の東アジアで最も緊急性があり、また最もその影響の程度・範囲が大きく、米国とともに我が国をも巻き込まずにはおかない東アジア最大の安全保障問題の一つであることは異存のないところであろう。

 ところで、関心の高まっているこの台湾問題の基礎に台湾の法的地位未定論というものがあることをご存知だろうか。

 台湾の法的地位未定論とは、ごく簡単に言えば、第二次大戦後日本は台湾及び澎湖諸島の領有権は放棄したが、放棄したのみで帰属先を告げていないため、現在でも領有権の所在が確定しておらず、所在を確定するためには改めて国際会議開催等の何らかの手続きが必要だというものである。すなわち、1951年9月8日に締結された対日平和条約(サンフランシスコ平和条約)では、その第2条b項で、「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しただけとなっており、それ以上の規定は設けられていない。

 この台湾の法的地位未定論に対しては、中国は厳しく拒絶しており、台湾の国民党も同様の立場である。かつて、馬英九政権(国民党)のときに日本の交流協会台北事務所代表がこの台湾の法的地位未定論を話題にしたため、日台関係が一時的に悪化したこともあった。

ただし、台湾の民進党は台湾の法的地位未定論に対する態度を明らかにしておらず、逆に台湾独立という観点からは歓迎する立場であろう。米国は米中和解までは台湾の法的地位未定論を主張していたが、米中和解時にキッシンジャー大統領特別補佐官(当時)が周恩来首相(当時)に口頭ではあるが今後はこの台湾の法的地位未定論は主張しないことを約束し、その後、これを持ち出すことはなくなっている。

我が国では、台湾関係の事務や研究に従事されている者はもちろん台湾の法的地位未定論は承知されていようが、それ以上のものはなく議論は低調である。国際的にも同じ状況であり、特段議論が展開することはなく、したがってサンフランシスコ平和条約第2条b項がその時の特殊な国際情勢の中で有することとなった意味についても考察されないままとなっている。そこで、本稿では、改めてこのことについて検討し、サンフランシスコ平和条約第2条b項の規定によって中国は台湾領有の法的資格を全く有しないものとなっていることを明らかにし、そして、その上でこの問題は結局のところ台湾の国家性の問題に帰着することを明らかにしておきたい。

 

2 カイロ宣言とポツダム宣言

 台湾及び澎湖諸島の領有権の問題を論じるに当たっては、サンフランシスコ平和条約の規定を論じる前に、予めカイロ宣言とポツダム宣言における台湾及び澎湖諸島の取扱いを見ておく必要があるので、先にこちらのほうを述べておきたい。

 日本が領有していた台湾及び澎湖諸島の領有権問題を連合国がまず取り上げたのは1943年11月27日に発出されたカイロ宣言においてである。カイロ宣言に署名したのは米英中3国の首脳であった。同宣言の規定ぶりは次のとおりであった。

「同盟国の目的は、・・・満洲、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。」

 このカイロ宣言の規定を引き継いだのが1945年7月26日に米英中3国(後にソ連参加)の共同宣言として出されたポツダム宣言である。ポツダム宣言ではその8項で次のとおり規定されていた。

「カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。」

 周知のとおり、日本はこのポツダム宣言を受諾した。受諾によって、カイロ宣言の履行を含むポツダム宣言の各条項の規定を履行する義務を負うことになった。ただし、これによって台湾及び澎湖諸島の領有権が直ちに移転するという法的効果が生じたわけではない。

 中国関係者や一部の研究者には、このポツダム宣言の受諾によって台湾及び澎湖諸島の領有権は移転したので、法的地位未定論の問題は生じないと主張する者もいるが、これは明らかに誤りである。国際法上の権利の移転は、その条約に政府代表者が署名した上で議会が批准しなければ効力は生じない。ポツダム宣言の受諾は、あくまで同宣言の内容の履行義務を負ったということであって、領有権移転の法的効果を生じさせるものではない。そして、そのポツダム宣言の義務を、いかなる形にしろ、現実に履行したのがサンフランシスコ平和条約第2条b項の規定であった。もし、ポツダム宣言の受諾で領有権の移転が生じているのであれば、このサンフランシスコ平和条約の規定は意味がなく、また、規定すべきでもないこととなろう。日本がサンフランシスコ平和条約締結時に領有権を依然として有していたからこそ、この規定があるのである。

3 先占の法理

 さて、それでは対日平和条約第2条b項の規定に関する議論に戻ろう。同項では、日本による台湾及び澎湖諸島の領有権の放棄を規定するが、このとき領有権を放棄された地は無主地となる。無主地について国際法上認められている法理が先占の法理であるが、これは、無主地は、他の国家に先んじて支配を及ぼすことによって自国の領土とすることができるというものである。ここで、「支配を及ぼす」とは、議論はあるが、無主地について他国の異議もなく平穏に、かつ継続的に主権を行使している状態を言うとしておこう。

 ところで、たとえばサンフランシスコ平和条約第2条c項では千島列島及び樺太の主権放棄が、同条f項では新南群島(南沙諸島)及び西沙諸島の主権放棄が規定されているが、これらについても帰属先に関する規定があるわけではない。これらの地は、現在、千島列島及び樺太はロシアが領有し、南沙諸島及び西沙諸島は6カ国がその領有を争う状況となっているが、これは現実的に先占の法理が適用されている結果である。すなわち、これらの地が無主地となったのは、対日平和条約発効の日である1952年4月28日であるが、千島列島及び樺太はその日以降ソ連が支配を及ぼしており、この地をソ連が領有したことに異論を唱える国はない。一方、南沙諸島及び西沙諸島についてはこの地が無主地となって以降、他国の異論なくこの地に支配を及ぼしている国はなく、現在のような各国が互いに相争う状態となっているのである。

 それでは台湾及び澎湖諸島はどうであろうか。この地が無主地となったときにこの地を占有していたのは中華民国(台湾政府)である。ただし、中華人民共和国(中国政府)がこの地の領有を主張しており、平穏に「支配を及ぼす」状況にあったとは言い難いので、台湾政府がこの地を領有したとするには疑義がある。

 一方で、中国政府は、この地に「支配を及ぼす」前提となる占有すら行っていない。先占の法理からすれば、中国政府には台湾を領有する法的資格は全くないものと言わざるを得ない。

4 終わりに

 ただし、この結論については次のような疑義が提起されよう。すなわち、こうした結論に至るのは台湾政府と中国政府とをそれぞれ別の国家として扱っているためではないかと。もし、大陸と台湾とを含めた統一中国というものがあり、中国政府も台湾政府も統一中国の一つの地方政府にすぎないとするならば、この地は統一中国の領地の中で現在ではたまたま台湾政府が管轄しているというだけであり、統一中国が継続して領有している地と見なせるのではないかと。すなわち、台湾の領有権は統一中国に属するとしていいのではないかと。

ただし、現在のところ、こうした考えを台湾政府は受け入れていないし、国際社会も容認していない。米国の「一つの中国政策」は、中国政府が中国は台湾を含めて一つであると考えていることを認識しているというもので、台湾が中国に含まれるかどうかということについての判断は保留している。日本も実質的に米国と同じ立場である。

 こうした議論からも明らかなとおり、この問題は、結局のところ、台湾政府の国家性の問題に帰着しそうである。台湾政府を国家として認めるならば、先占の法理によって、台湾の領有権を主張し得る最も有力な国家は台湾政府であり、中国政府にはその資格は全くないこととなる。逆に台湾が国家として認められなければ、統一中国の考え方が浮上しよう。

 今後、台湾の国家性の問題は、中台関係が緊迫度を増すにつれ、台湾の国家承認の問題と関係して議論が活発化するものと考えられる。本稿は、そうした中で、改めて台湾の法的地位未定論の問題を取り上げ、今後の台湾の国家承認をめぐる問題を議論するに当たっての一つの視角を提起したものと考えていただければ幸いである。

令和4年(2022年)8月

会長

杉原誠四郎

 私が韓国を初めて訪ねたのは、大学教員になったばかりの1970年代前半でした。そのころ韓国では義務教育が小学校までで、夕刻近くになると中学1年生か2年生の子供たちが家計を助けるためか、街で新聞を売っている姿があって、子供たちのそんな姿を見たことのない日本から来た私は奇異に感じたものでした。ソウルの美術商が並んでいる通りを歩くと、今と違って立派な墨絵を売っている美術商が多くて、墨絵がいささか好きな私は親近感を持ったものでした。ソウルから列車で釜山に行く道には屋根の先がとんがっている民家が見え、釜山の近くには日本に似た景色が多く、懐かしさを感じたものでした。釜山の北、慶州では仏国寺という大きな寺院を訪ね、また周辺のたくさんの石仏を見て、日本の仏教は韓国を経ずしてはなかったという思いを持ったものです。そのころは50歳以上の人は日本語が話せて、話せない風をしていても私と2人だけになると日本語で話しかけてきて、これも懐かしい思い出です。

 私は専門が教育学なので、韓国の道徳教育を調べたことがあります。安倍晋三内閣で、日本はやっと道徳教育が教科化し教科書ができました。が、戦後は一貫して道徳教育は教科とならず、道徳教育の教科書はありませんでした。しかし韓国では「道徳」という教科があり、教科書がありました。その教科書を調べたら、韓国の道徳教育の教科書は、日本の統治時代の「修身」の伝統を引き継いでいて、とても立派なものでした。日本では戦後、占領期、占領軍によって(実は実際は敗戦利得者たる日本人によってですが)、「修身」は廃止され、道徳教育は教科としては存在しなくなり、そのため教科書はなくなっていたのです。が、戦前の日本の「修身」の遺産は韓国の「道徳」で引き継がれていたのです。

 それで私は、教育学者として『日本の道徳教育は韓国に学べ-道徳教科化への指針』(文化書房博文社 2007年)を著したことがあります。

 さて、そんな回想のできる韓国と、私の国たる日本とは、今さまざまなことで対立しています。なかでも目下深刻なのは徴用工問題です。2018年10月30日大法院判決によって、日本の企業に損害賠償を命じ、日本企業の財産を差し押さえ、間もなく現金化する恐れが出てきています。

 国際法から見て、1965年の請求権協定で国家間の問題としては解決済みの問題を、大法院はあろうことか、それを覆し、日韓の国家間の対立問題にしたのですから、大法院の見識が疑われても仕方ありません。法の支配のもと、文明国の韓国としては、今回の大法院判決によって引き起こされた問題は、あくまでも韓国国内の問題であって、その解決の責任は行政府たる韓国政府にあることを見誤ってはなりません。ともあれこの判決によって、日本企業の財産が現金化されれば、日韓は抜き差しならぬ衝突となります。

 そこで日本政府はといえば、今のところ、韓国から何度も煮え湯を飲まされたこれまでの経緯からして、今回ばかりは譲歩の気配はなく、日韓の衝突は、国交断絶ほどの激しいものになると思われます。しかしながら、日本政府は今までの例にもあるように、最後のところではまた妥協を図り、とんでもない解決を持ち出す恐れが全くないわけではありません。

 実は本論の主題は、日韓はこの際、対立の極限まで、つまり国交断絶寸前まで衝突した方がよいということを提言しようというものなのです。

 第2次世界大戦が終わり、韓国が韓国として独立して以来、韓国は日本に甘えすぎたように思います。国民の団結を図るために、李承晩以来、政策として意図的に激しい反日教育をしてきましたが、これがそもそも甘えです。日本は何をしても反撃をしてこないことを前提に、韓国国民の団結を図るために日本を利用したわけですから、明らかに日本への甘えです。

 これに対して、日本国民の圧倒的多くは韓国に無関心でした。韓国にかかわる知識をほとんど持たず無関心で、そしてそのところに、戦後日本人に一貫して強く刷り込まれた自虐史観があってそのため韓国に対しては全て悪いことをしたとばかり思う思い込みがあり、その結果、ことあると直ぐに謝罪してことなきを得ようとしてきたのです。理不尽な要求でも直ぐに屈してその場の解決を図ろうとするのは、これは韓国に対する一種の侮辱でもあったといってもよいと思います。

結局、日本政府のこのような対応が日韓のこじれの最大の原因になったといえます。韓国のことをよく知り、韓国に関心があるならば、韓国の要求に対して是と非を明らかにし、怒るべきときにはしっかりと怒ったはずです。しかし韓国のことに知識がなく無関心だから、それに戦後刷り込まれた自虐史観が重なって、直ぐに謝罪をして、その場限りの解決を図ってきたのです。

 私は、韓国建国以来行われてきた反日教育によって、韓国人の反日行動は、集団的、社会的、国家的のものになり、韓国国民の共通の性癖になり、その性癖にかかわるところでは確実に反日行動をすると思います。しかし素直な感情生活のところでは、反日どころか、親日的ですらあります。そうでなければ、日本の歌やアニメを喜んで鑑賞したり、あれほど多くの韓国人が観光客として日本を訪れたりはしません。反日教育のためある状況では反日行動をせざるをえない性癖が無理してできているのだと思います。

近時は度重なる韓国から寄せられる無理難題から日本人のあいだに嫌韓感情が芽生えつつあります。これこそ、本来あってはならない心配すべきものです。

 したがって、徴用工問題に対する私の提言ですが、ここではとことん衝突した方がよいと思います。とことん対立し、断交もやむなし、にっちもさっちもいかない(二進も三進も行かない)状況になるべきだと思います。その状況に至って初めて韓国は反日教育は止めるべきだと覚り、日本は無関心を止め、自虐史観で韓国を見てはならないことを覚ると思います。

韓国と日本は安全保障のうえでは、運命共同体です。今さら共産党一党支配の中国の軍門に下ることを望んでいる韓国国民はいないでしょう。国交断絶やむなしほどの厳しい衝突を契機に、韓国は韓国でこれまでの対日の対応の不適切さを学び、対日の新たな対応を見つけ出していくべきです。日本は日本で真剣に韓国に対応していかなければならないことを学び、怒るべきことには真剣に怒ることを決意し、そしてこれまで理不尽に謝罪してきたこと、そのことに謝罪すべきだと思います。そうすれば、日韓双方、それぞれより良い発展をしていくことになり、健全な日韓関係を構築していくことができるようになると思います。

 そこで今回の徴用工に関わる対立は徹底的に対立した方がよいのだということを心に定め、特に日本政府にあってはこの問題の対韓政策にゆるぎないように、予め覚悟を決めておいていただきたいと提言する次第です。

令和4年(2022年)7月

上席研究員

藤岡信勝

日本の核武装の必然性

 日本は中国、ロシア、北朝鮮という3つの核保有国の近くに位置し、あり得べき核攻撃の標的にされている。これらの国は、いずれも権威主義的・専制主義的・独裁的体質をもった国家である。このうちロシアだけは選挙で国のトップを選んでいる点で、他の2国と比較してやや異質だが、その政治文化はいわゆる西側とは明らかに異なる。

 こうした立場にある日本が、自前の核武装をしない限り、いずれこれら3国の核攻撃、または核恫喝によって国家の自立性を剥奪され、国民の生命・財産が強奪される恐れがある。ウクライナ戦争の最大の教訓は、アメリカは核を保有した国とはまともに戦おうとしない、ということがわかったことである。だから核武装は自前でなければ意味がない。このことは、フランス人の人口学者、エマニュエル・トッドも指摘したことだ。

 以上のことから、日本が自立した国家であり続けようとするならば、自前の核武装が必要なことは自明である。これは1足す1が2になるのと同じように、議論の余地すらないほど明白だ。国防問題とはつまるところ、日本の核武装の問題である。

 ウクライナ戦争の過酷な現実を前に、さしもの平和ボケの日本人も国防問題に目覚めつつあるように見える。例えば、6月のフジテレビの番組における世論調査で、「防衛費を対GNP比2%に増額する案」について視聴者に賛否を問うたところ、賛成が実に90%を占め、対GNP比1%の現状を維持すべきだの7%、減額すべきだの3%を圧倒した。

  こうしたことから、7月の参議院議員選挙で、核武装を含む防衛問題について、正面から訴える候補者が現れるのではないかと期待した。なぜなら、国家・国民の安全に真に責任を持つ政治家なら必ず上記の結論に至るはずだからである。そして日本国民はウクライナ戦争を「体験」したのであるから、今が国民をして問題に覚醒させる絶好のチャンスだったのである。不定型な「世論」に実体と方向性を与えるのは政治家の仕事である。そうでなければ、せっかく高まった世論も、いずれは元の木阿弥になってしまう。

 なるほど選挙では、「防衛費の対GNP比2%」を口にする候補者はいたが、核問題まで踏み込んで全力で訴える候補者は見当たらなかった。私の期待は空振りに終わった。政治家にとって、日本の核武装を公言することは、まだまだタブーなのである。やはり、防衛問題は票にならないという姿を改めて見せつけられた選挙だった。

国防上最大の困難は日本人の気質

 日本の核武装には、幾多の困難がつきまとう。最大の問題はアメリカが日本の核武装を認めるかどうかである。時の政権の性格にもよるが、今までの歴史的経緯を見れば、ことは簡単ではない。

 何しろ、日本の自衛隊は基本的装備をアメリカ製の兵器を使うように強要されており、国産の兵器開発を妨害されている。だから、米軍の意思一つで日本の自衛隊は直ちに機能不全になるように設計されているのである。その問題を巧妙に回避しつつ目的を実現する政治的手腕が国家指導者に求められる。これらを全てやってのける、強力なリーダーシップを有する政治家が現れなければならない。

 以上のことは、それだけでも大変なことであるが、ともかく上の問題は解決したとしよう。しかし、日本の核武装の最後の抵抗勢力となり、妨害要因となるのは、日本人自身であるように思えてならない。集団としての日本人の資質、性格、思考回路からして、核武装についての国民的合意を取り付けるのは非常に困難な仕事である。

 日本人が中国人によって残虐かつ猟奇的に殺害された通州事件の経過や、日本人のこの事件に対する振る舞いを調べると、上に述べた困難をつくづく意識せざるを得ない。2つの問題を指摘してみたい。その第一は、日本人が残虐さを正面から見すえることが出来ない性質をもっていることである。もう一つは、日本人はどんな悲惨な目に逢っても、復讐の炎を燃やすよりも、水に流して報復などしないという寛大さがあることである。

残虐なことの開示をタブーにする日本文化

 第一の問題から検討しよう。話は集団的な属性について述べていることを予めお断りした上でのことだが、日本人は残虐なことに接するのを回避し、タブーにする性質を持っている。そういうことに耐えられないのである。これはケガレを嫌う日本文化とおそらく密接な関係がある。神道の基盤にもそれがある。残虐な民族とそうでない民族の違いを、牧畜主体の肉食文化と農耕主体の草食文化の違いで説明することもなされているが、十分な根拠があるかどうかはわからない。それよりも、より直接的には、残虐なことに接するのをタブーにする社会であることと強い関連があるのではないか。

 通州事件のあった年の十一月一日付け東京朝日新聞朝刊に、音楽家・近衛秀麿が「対外宣伝私感」という文章を寄せている。近衛秀麿は時の首相・近衛文麿の腹違いの弟である。海外生活が長く西欧の事情に詳しい近衛秀麿は、「日本側の宣伝取材の拙劣さ」を問題とし、次のように言う。

 「通州の大虐殺事件こそ、いかに全日本の憤激が無理でないかを世界に知らしめる最大の材料でなければならぬ。この惨状の実写は内地にこそ輸入されなくてよい。我々同胞はおそらく誰しも目を背けて直視しうるものはないであろうから。しかし、この非人道どころではない、鬼畜に等しい暴行を外国に対しても秘しておくということは、かえってあの多数の同胞の犠牲者を単に犬死に終らしめることになる」

 「現に支那側のニュース映画は日本軍にやられたと称する苦力の死体の山、頭を青竜刀で割られて脳漿の流れ出た死骸の大写し等々、そして、北支でも上海ででも、あんなに皇軍を悩ませるだけの防備をしておきながら、自分を弱く見せることばかり腐心しておる。これに引きかえて日本の宣伝は、城頭に翩翻とはためく日章旗の威勢のいい行進と万歳ばかりだから、同情がひとりでに支那に集まるのは当然すぎる」

 こうして、近衛秀麿は、「通州で無念を呑んだ一人一人の殺され方が、例えば法医学的な見方で撮影されても、それが国難を少しでも救い得るものなら、死者に対する礼を失するとことにはならないと考えるべきだ」とし、「古い観念」を捨てて「支那の宣伝に対抗」することを求めたのである。

 この気持ちは、よく分かる。筆者も佐々木テンの証言を独立のブックレット(『通州事件 目撃者の証言』自由社刊)に復刻して出すときに、はなはだ躊躇した。結局、事実を知らなければ、日本人は中国人社会の恐ろしさを知らないで過ごしてしまい、それは国防上の重大な問題を生じると考えて出版を決断したのである。筆者は猟奇趣味を持っているわけではない。

 今、日本の出版物を見回すと、正に近衛秀麿の指摘したとおりの南京事件のニセ写真が大手を揮ってまかり通っている。アイリス・チャンの『The Rape of Nanking』も世界各地の空港の売店で販売されているはずである。対して、通州事件の残虐写真はおろか、証言集すら出版されたことがない。この度発刊された『新聞が伝えた通州事件 1937-1945』(集広舎)は事件についての初めての資料集なのである。こういう現状では、事件の真の恐ろしさは日本人に伝わりようがない。これは大きなジレンマである。

被害を受けても赦してしまう寛大さ

 第二の問題は、どんなに酷い被害を受けても赦してしまう日本人の寛大さである。通州事件において際立っていることは、あれほどの所業をなした中国人に対しても、日本人は中国人に全く何の危害も加えていないことである。アメリカ人ジャーナリストのF・ウィリアムズは書いている。

 「こういう事件が起こっているときも、その後も、日本帝国に住む6万人の中国人は平和に生活していた。(中略)私は横浜のチャイナタウンを歩いたことがある。他の町でも遊んでいる中国人の子供を見つけた。危険や恐怖など何も知らない表情だった。かたや中国では、かの国人が暴徒と化して、日本人の子供を好きなように捕まえていたのである。(中略)通州で無辜の日本人たちを虐殺したまさしくその中国人たちが、捕虜になった時は日本軍によって給養され、『罪を憎んで人を憎まず』のサムライ精神によって、『もうああいうことをしてはいけない。さあ行け』と説かれていたのである。」(『中国の政治宣伝の内幕』)

  6万人の中国人の誰一人として、日本人から報復された人がいないとは、世界標準から見てあり得ない奇跡のような出来事である。それどころか、横浜の中華街では中国人を護るための日本人の自警団が組織された。駐日大使館から帰国を勧告された東京のコックたちは、日本のほうが安全だと勧告を迷惑がった。

 こうしたことを、日本人の崇高な精神性を表す美徳として私たちは誇りにすべきだろうか。私の考えは「否」である。なぜなら、これは国防上極めて危険なことだからである。日本人はどんな目に逢わせても絶対に反撃しないと相手に信じ込ませるからである。相手が自分よりも弱いとみれば、どこまでも襲いかかってくるのが中国人である。だから、こういう、度外れの美徳は日本人の犠牲者を増やすという意味で、もはや悪徳である。相手の攻撃性を抑止するには、こちらも牙を持たなければならない。この国際標準に日本人は意識的に努力して合わせるよう自己改造せねばならない。そうしなければ、日本の核武装は実現できない。

 五月に東京で、佐々木テンを主人公とする通州事件を題材にした演劇が歴史上初めて上演された。残虐なことを見たくないという心理から参加をためらった末、勇気を出して観劇したある女性は、次の感想を書いている。「日本人の優れた人間性がアダになるとは!世界にも稀な心優しき日本人・日本民族を守る手段をどこに見いだせばよいのか。抑止力としての核武装しかないのでは」。通州事件の真実を知ることは、国防上も重要な意味を持つのである。

--The nuclear power balance tilting against the United States and the path to securing a reliable nuclear deterrent --

【日本語版】https://i-rich.org/?p=803

矢野 義昭

Yano Yoshiaki

Senior researcher

International Research Institute for Controversial Histories (iRICH)

June 30, 2022

As we have seen during the recent Russian invasion of Ukraine, it is getting more and more difficult to secure completely the international order, maintained through the U.S. nuclear deterrent power, against attempts to change the status quo.

Guarantee of “nuclear umbrella” for Ukraine was not fulfilled

Ukraine used to own approximately 1,400 nuclear warheads and ranked the third “nuclear power” after Russia and the United States at the time when it became independent from the Soviet Union. However, in 1994, the United States, Britain and Russia, fearing nuclear proliferation from Ukraine, made Ukraine agree to the plan to transfer all its nuclear warheads to Russia on the condition that Ukraine be provided security.

However, after the virtual annexation of Crimea by Russia in 2014, the United States and Britain did not provide protection under their nuclear umbrella for Ukraine’s security as it had been promised. When Ukraine was invaded and threatened with a possible nuclear attack by a nuclear power country, the nuclear umbrella assurance the United States had guaranteed to Ukraine did not work effectively.

As if they anticipated the failure of the “nuclear umbrella” security, China, Russia and the DPRK (North Korea) are strengthening their show of force and nuclear intimidation around Japan.

It is time for us to reexamine the policy of total dependence on the United States with respect to nuclear deterrent, reevaluate the need to keep the Three Non-Nuclear Principles and to seriously discuss the necessity and possibility for Japan to possess its own nuclear deterrent power.

Deterrent power has several levels. The highest level is nuclear weapons and below it come biological and chemical weapons of mass destruction. Under that level, there are conventional, regular weapons. Below weapons level, there are non-military tools, like diplomacy, economics, scientific technology, intelligence and other means of deterrence.

Deterrent will collapse if at any level, one’s power is weaker than that of the opponent. Even if a conflict occurs and escalates, the possession of a more powerful force at a higher level, makes it possible to prevent the conflict from escalating further.

Namely, if a country owns its own nuclear force, theoretically, it can keep the conflict from escalating any further or refuse to accept the plan to end the conflict as the other side wishes, by employing nuclear intimidation at the time when both sides start using regular weapons and the other side is doing better.

The nominal “Three Non-Nuclear Principles” and the lost U.S. “Nuclear Umbrella” reliance

Following the Sato Cabinet decision on October 9, 1972, Japan has been advocating for the “Three Non-Nuclear Principles.” However, the United States itself has kept an ambiguous stance regarding these principles. The U.S. neither denies nor affirms whether the U.S. nuclear submarines carry nuclear weapons. Japanese officials cannot go aboard U.S. submarines passing through the Japanese territorial waters and verify if the submarines carry nuclear weapons or not. This means that the principle of not allowing the entry of nuclear weapons into the country is not enforced.

In the terms of real politics, Japan has been thoroughly dependent on the United States when it comes to nuclear deterrence. The U.S. assurance that it would provide a nuclear umbrella (Extended nuclear deterrence) is the major reason why Japan does not intend to possess its own nuclear capability.

However, the military nuclear power balance between the United States, China and Russia has already been tilting against the United States. The war in Ukraine further consolidated the ties between Russia and China. It is highly probable that in terms of nuclear strategy, Russia and China secretly agreed to cooperate. A U.S. expert estimates that in the field of strategic nuclear force, if China and Russia join hands and regard the United States as their common enemy, the nuclear power balance will be 2 to 1 in favor of Russia and China.

Regarding Intermediate-Range Nuclear Forces (INF), China, without being restricted by the Intermediate-Range Nuclear Forces Treaty, has unilaterally augmented INF and obtained an advantage in the Indo-Pacific region. As of the short-range nuclear forces, Russia considers them very important in defending its long border line, and it is estimated that Russia has more than 1,800 of them, four to five times as many as the U. S. does.

It is not known how many nuclear forces China owns, but at each level, clearly, China and Russia excel the United States in the number of forces. Despite President Biden’s statement during his visit to Japan and on other occasions, in realistic comparison of forces, it seems evident that the U.S. Nuclear Umbrella has lost its reliability.

If so, Japan has only two options left. To acquire nuclear deterrent power at least as strong as that of Britain and France or to try to augment its conventional armament without the possession of nuclear weapons.

High probability of Japan’s possessing nuclear forces and the U.S. change of policy to acquiesce that Japan and South Korea may possess nuclear arms on their own

American and Japanese experts agree that Japan is potentially capable of possessing nuclear arms on its own. Japan could produce nuclear bombs within several days and owns nuclear fission materials that can be used as fuel for nuclear bombs.

Highly sophisticated technology is not needed and it does not cost much money to design and produce a nuclear bomb. Japan can develop nuclear warheads using super computers without conducting a nuclear test.

Japan owns solid-fueled rockets for civilian use, which can be converted to inter-continental ballistic missiles. Japan will be able to develop nuclear submarines, which can carry submarine-launched ballistic missiles (SLBM) and deploy them within five years. Japan has the ability to develop and manufacture the re-entry part to be used in the ballistic head. This technology, as well as the guidance technology, has been tested successfully by “Hayabusa,” the robotic spacecraft, when exploring the tiny asteroid Itokawa, and others.

The United States has not been successful in deterring North Korea from developing nuclear missiles. In March 2022, North Korea launched successfully an Inter-Continental Ballistic Missile (ICBM) named Mars 17, with a range capable of reaching the entire U.S. territory. In addition, North Korea is developing hypersonic weapons which cannot be counterattacked by the current missile defense system and may carry out its seventh nuclear testing.

Against such threat posed by the North Korean nuclear attack capability, the United States has shifted its policy toward allowing the South Korean possession of nuclear arms.

In 2017, President Trump admitted that the U.S. would lift the restraint on South Korea to build nuclear submarines, Korean ballistic missiles’ ranges and weights of ballistic heads. Following this, South Korea introduced a plan to build a nuclear submarine and in September 2021, launched successfully an SLBM from under the water.

The U.S. policy change to allowing the South Korean possession of SLBMs in the future will be probably applied also to Japan. To possess SLBMs means loading of nuclear warheads, possession of nuclear arms and nuclear proliferation, which the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons (NPT) prohibits. However, allowing Japan’s possession of nuclear forces will be a rational strategy, considering the inferior U.S. position in terms of present and future nuclear strategic balance against China and Russia.

That is because if the U.S. would not permit Japan’s possession of its own nuclear forces, Japan may succumb to the nuclear intimidation on the part of China and Russia. Regular weapons would hardly enable Japan to cope with the several million-fold destructive power of the nuclear weapons. If Japan should succumb, it would become a subordinate to China and be obliged to serve as a place for China’s military bases. Then, the United States would be destined to lose its hegemony over the Western Pacific.

Without allowing Japan’s possession of nuclear forces, if the U.S. tries to avoid Japan’s capitulation to the nuclear intimidation by China and Russia, the United States would be obliged to send its large-scale ground forces to Japan and fight against the Chinese military to defend Japan.

After all, the only reasonable choice for the U.S. would be to let Japan possess SLBMs carried aboard nuclear submarines with the highest survivability as at least possible nuclear deterrent and means of transportation, in order to protect the U.S. national interest on the verge of life or death, minimizing the risk.

The change in the Japanese people’s awareness and the most reliable way for Japan to obtain its own nuclear forces

With looming crises in the Taiwan Strait and the Korean Peninsula, and facing the worsening situation of collaboration among China, North Korea and Russia, the hitherto-held allergy against nuclear forces by the Japanese people and the anti-nuclear sentiment would no longer sound persuasive. Voices calling for effective deterrent measures and military forces capable of fighting against invasions will become louder, especially among the young generations within Japan.

If Japan’s domestic public opinion changes, possession of its own nuclear forces will be discussed as a realistic political matter. Once it is politically decided, Japan will be able to produce within several weeks reliable nuclear weapons without conducting nuclear testing and acquire the most reliable deterrent—possession of nuclear forces of its own.

―米国側の劣勢に傾く核戦力バランスと核抑止の信頼性確保への道―

【英訳版】https://i-rich.org/?p=835

令和4年(2022年)6月

上席研究員

矢野義昭

ロシアによるウクライナ侵攻にみられるように、力による現状変更の動きに対し、米国の核戦力等の抑止力では、既存秩序を護り抜くことができなくなりつつある。

裏切られたウクライナへの「核の傘」の保証

ウクライナはソ連が分離独立した当時、約1400発の核弾頭を保有し、ロシア、米国に次ぐ世界第3位の核大国だった。しかし、ウクライナからの核拡散をおそれた米英露はウクライナに1994年、安全保障を提供することを条件に、保有する核弾頭をすべてロシアに移管することに同意させた。

しかし2014年のロシアによるクリミアの事実上の併合に際して、米英はウクライナの安全保障のために核の傘を差し伸べることはなかった。核大国に侵略され核恫喝を受けても、米国がウクライナに保証していた核の傘は機能しなかった。

米国の核の傘の信頼性低下を見透かしたように、中露朝の軍事的示威行動や核恫喝の動きは日本周辺でも強まっている。

日本がこれまでとってきた核抑止の米国への全面的依存政策と「非核三原則」を見直し、独自の核抑止力保有の必要性とその可能性について、真剣に検討すべき時期に来ている。

抑止力には段階がある。最上位に位置するのは、核兵器であり、その下位に生物・化学などの大量破壊兵器、その下位に通常兵器、さらにその下に非軍事の外交・経済・科学技術・情報宣伝などの抑止機能がある。

いずれかのレベルの戦力が劣っていると抑止が破綻するが、仮に紛争が起こり、エスカレーションに至っても、より上位の抑止レベルで戦力が上回っていれば、それ以上に紛争がエスカレートすることは抑止できる。

すなわち、核戦力を保有していれば、原理的には仮に通常兵力で紛争になり劣勢になっても、核恫喝を加えることで、それ以上の紛争のエスカレーションや相手が望む紛争の結末の受け入れを拒否することができる。

有名無実の「非核三原則」と失われた米国の「核の傘」の信頼性

  日本は、佐藤内閣が1972年 (昭和47年) 10月9日に閣議決定して以来「非核三原則」を謳っている。しかし米国自身は、攻撃型原潜などに核兵器を搭載しているか否かについては、否定も肯定もせずあいまいにするとの方針をとっている。日本領海を通過する米国の原潜等に日本側が立ち行って核搭載の有無を確かめることはできない。つまり、日本の「非核三原則」は少なくとも「持ち込ませず」については有名無実と言えよう。

現実的政策として日本は、核抑止を米国に全面的に依存してきた。米国の核の傘(拡大核抑止)の保証は、日本が独自の核能力を持とうとしない最大の理由である。

しかし、米国の中露に対する核戦力バランスは既に不利に傾いている。ウクライナ戦争により中露はこれまで以上に連携の度合いを強めている。核戦略でも中露間の連携が密かに合意されている可能性は高い。米国の専門家は、戦略核戦力の分野で中露が連携して米国を共通の敵とした場合、その核戦力バランスは2対1の劣勢になるとみている。

中距離核戦力(INF)についても、INF全廃条約に拘束されず、1990年代から一方的にINFを増強してきた中国がインド太平洋では優位に立っている。また短距離核では、ロシアは長大な国境線を護るために重視しており、米国の4~6倍の1800発以上を保有しているとみられている。

中国がどの程度の核戦力を保有しているかは不明であるが、各レベルにおいて中露が米国より優位にあるのは明らかである。バイデン大統領の訪日時等の言明にも関わらず、現実の戦力比較から判断すれば、米国の核の傘は信頼性を失っているとみざるをえない。

そうであれば、日本には二つの選択肢しか残されていない。いかなる大国にも耐えがたい損害を与えうる、英仏並みの最小限核抑止力を自ら保有するか、核保有をせず通常戦力の増強に努めるかである。

高度な日本の核保有潜在能力と米国の日韓核保有黙認への転換

日本には核保有をする十分な潜在能力があると、日米の専門家はみている。日本は数日以内にも核爆弾を製造する能力を持っており、核爆弾の燃料となる核分裂物質も保有している。

核爆弾の設計と製造にはそれほど高度な技術も多額の経費も必要とせず、日本はスーパーコンピューターを使い核実験なしでも核弾頭を開発できるとみられている。

日本は大陸間弾道弾に転用できる民生用の固体燃料ロケットを保有している。また日本は5年以内に弾道ミサイル(SLBM)の搭載可能な原子力潜水艦を開発し配備することもできる。弾頭部に使用する再突入体を開発し製造する能力を持っており、その技術力は、誘導技術も含め「はやぶさ」等でも実証されている。

米国は、北朝鮮の核ミサイル開発に対し有効な抑止策をとれないでいる。北朝鮮は2022年3月、火星17という全米に届く大型ICBMの発射試験に成功している。また北朝鮮は、現用のミサイル防衛システムでは阻止困難とみられる極超音速兵器の開発も進めており、近く7度目の核実験を行うかもしれない。

このような北朝鮮の核攻撃力の脅威の高まりに対し、米国は韓国の核保有を容認する政策に転換している。

2017年トランプ大統領は、韓国に原潜建造と韓国の弾道ミサイルに課してきた射程と弾頭重量の制約を解除することを認めた。韓国は原潜の建造計画に着手し、2021年9月にSLBMの水中からの発射試験に成功している。

韓国の将来のSLBM保有を認めるという米国の対韓政策の転換は、日本に対してもとられるとみるべきであろう。SLBM保有は弾頭への核搭載、独自の核保有、NPTが禁じている核拡散を意味する。しかし、日本の核保有容認は、現在と将来の米国の中露に対する核戦力バランスの劣勢を考慮すれば、米国の国益にかなった合理的戦略でもある。

なぜなら、米国がもし日本に独自核保有を認めないとすれば、日本は中朝の核恫喝に対し屈するしかない。通常戦力のみでは、核兵器の数百万倍という破壊力には対抗できないためである。屈すれば、日本は中国の従属国となり、その軍事基地化する。そうなれば、米国は西太平洋の覇権を失うことになる。

日本に核保有を認めないまま、中朝の核恫喝に屈服させないとすれば、米国は自ら大規模な地上兵力を派遣して、日本防衛のために中国軍と戦わねばならなくなる。

結局、日本には中国に対する最小限核抑止力とその運搬手段として、最も残存性の高い原潜に搭載したSLBMの保有を認めることが、米国の死活的国益を最低のリスクで守るための唯一の合理的選択ということになる。

日本国民の意識の変化と最も信頼できる独自核保有の実現

今後予想される台湾海峡や朝鮮半島の危機、強まる中朝露の連携と軍事的脅威などの情勢悪化に直面すれば、従来の日本国民の核アレルギー、反核感情は説得力を持たなくなる。実効性のある抑止力と侵略に抵抗できる軍事力の保持を求める声が、若い世代を中心に日本国内でも高まるであろう。

日本の国内世論が変化すれば、政治的にも核保有が現実論として検討されることになるであろう。ひとたび政治的決定さえ下されれば、日本は技術的には数週間以内に信頼のおける核兵器を核実験なしでも製造でき、独自核保有という最も信頼性の高い抑止手段を手に入れることができるのである。

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令和4年(2022年)5月

日本政府は尹政権に毅然と対応せよ

上席研究員
松木國俊

5月10日、韓国で尹錫悦政権が誕生しました。尹錫悦氏が「当選すれば日韓関係を修復する」と大統領選挙期間中に訴えたことから、彼が親日的な人物であり、日韓関係は改善に向うだろうとの楽観的観測が日本の一部にあります。しかしそれは大きな間違いであり、日韓の対立はこれから正念場を迎えることになるのです。
尹錫悦氏の父親はかつて一橋大学で教鞭をとった知日家であり、彼自身も若い頃に訪日体験があるのは事実です。しかし「知日イコール親日」ではありません。

尹一族の祖先には1932年に上海で「天長節爆破事件」(注1)を起こし、民間人を含む多数を死傷させた「尹奉吉」がいます。彼は無慈悲な反日テロリストでしたが、韓国では「抗日義士」と称えられており、尹一族にとって誇るべき先達であります。尹錫悦氏が大統領選選挙出馬表明の記者会見の場所に「尹奉吉義士記念館」を選んだのは当然でしょう。

その血筋もさることながら、尹錫悦氏は幼いころから強烈な反日教育で育った世代であり、決して親日ではありません。慰安婦問題をめぐっては「朝鮮の女性20万人が日本政府によって強制連行され、性奴隷にされた」と信じ切っています。彼は大邱市の「慰安婦記念館」を訪れて、元慰安婦を自称する李容洙氏の手をとり「私が必ず日本から謝罪を取り付けます。おばあさんらの心の傷を必ず癒すようにします」と指切りまでして約束しているのです。

尹政権の前途は多難です。社会格差拡大、少子化、輸出競争力低下など、韓国が抱えている構造的問題を尹錫悦大統領が一朝一夕に解決できるはずもなく、このままでは議会で圧倒的多数を占める野党に足を引っ張られて、有効な経済対策を打てないまま尹政権は国民の信を失って行くことが目に見えています。

内政でダメなら外交で点数を稼ぐ以外にありません。尹政権が支持率を保つには、冷え切った日韓関係を韓国の主張に沿った形で正常化し、対日外交での勝利をアピールすることが最も有効だと尹錫悦氏は考えているはずです。
彼が「日韓関係改善」を標榜しているのは決して日本に好意を持っているからでなく、それが外交的勝利をもたらし、政権浮揚につながるという綿密な計算によるものなのです。

日本人の思考方式に明るい尹錫悦氏は、日本人を篭絡する「ツボ」をわきまえているでしょう。「単純反日」の文在寅氏よりむしろ日本にとって手ごわい相手となる可能性が高いのです。

尹政権は、就任早々歴史問題をめぐり日本に大攻勢をかけてくることが予想されます。

そしてその前哨戦はすでに始まっています。尹錫悦氏は4月下旬に「政策協議代表団」を日本に派遣しており、鄭鎮碩団長は外務省で記者団に「片手では音を出すことはできない。両国が誠意を持って努力しなければならない」と述べ、歴史問題での日本側の歩み寄りを促しました。

さらに朴振外交部長官候補は5月2日に韓国国会で開かれた人事聴聞会で、徴用工裁判に対しては「司法府判決を尊重する」と断言しました。慰安婦問題解決のためには日本の謝罪が必要だという点にも言及しています。韓国として歴史問題は譲らないことを宣言したのです。

これまで日本政府は歴史的事実に基づいて「日韓併合は合法であった」「日本の官憲による強制連行はなかった」「日韓間の請求権問題は解決済」という正当な立場を貫いて来ました。これを突き崩すために、尹政権は絡め手を使って「慰安婦問題」や「徴用工問題」で日本を巻き込むことを狙っています。

まず「日韓関係改善のため自分も努力するが、慰安婦問題や徴用工問題、佐渡金山問題について日本側にも協力して欲しい」と日本側にボールを投げて来るでしょう。彼はバイデン米国大統領に対しても「中国、北朝鮮、ロシアに対抗するため安全保障面で『日米韓』の連携を強化したい。ついては日本側が妥協するよう米国も協力して欲しい」いと依頼するに違いありません。それは米国側にとっては望むところであり、ボールが日本側にあるのなら、連携を深めるために韓国の言い分を考慮せよと、米側も日本に圧力をかけてくる恐れがあります。外交交渉での攻守が逆転するのです。

そうなれば日本の世論も変化するでしょう。相手が「日本の大陸侵攻に備えよ」と時代錯誤の主張を繰り返す李在明氏ならば、韓国に共感する日本人はまずいなかったはずです。しかし日本に一見融和的態度を示す尹錫悦氏なら日本の国論は分裂する恐れがあります。左翼が支配する大手マスコミは「日本政府は韓国の主張にも耳を貸せ」の大合唱を始めるでしょう。バラエティー番組で国益無視のコメンテーターが「日本政府は意地を張るな、隣国と仲良くせよ」と国民を惑わす偽善的発言を連発することも予想されます。一気に世論が「日韓融和」の方向に傾く恐れがあるのです。

しかしながら韓国の論理の根本にあるのは「日本による朝鮮統治は不法な植民地支配であり、そこで日本政府や企業が行った活動は全て不法だった」という歴史認識です。だからこそ合法的に行われた「自由募集」も「官斡旋」も「徴用」もすべて「不法な強制動員だった」と強弁しているのです。日本が韓国側の主張に耳を貸し、少しでも譲歩すれば、韓国の「不法な植民地支配」という論理に日本が理解を示したことになります。「日本統治は国際法上も合法だった」という日韓基本条約交渉でも貫いた日本の正当な主張を、自ら取り下げることになってしまうのです。
これは実に恐るべきことです。朝鮮総督府による税金の徴収も徴兵もすべて不法となり、日本企業が統治時代に朝鮮半島で上げた利益も「搾取」だったことになります。慰安婦問題や徴用工問題はおろか、朝鮮人の意思に反したという理由であらゆることが訴訟と賠償の対象になり得ます。人道上の罪に時効はないというのが国際常識になりつつあり、韓国は際限なく日本に謝罪と補償を要求してくる恐れがあるのです。日本国の名誉は傷つき、日韓の間に永久に和解は訪れないでしょう。

ならば手遅れになる前に、「すべて解決済」という日本の正当な立場を尹錫悦氏に正式に伝え、日韓間で締結した条約や合意を遵守するという確約を取り付けるべきです。元検事総長だった人物であり、法律で迫れば反論できないはずです。

その上で日韓の反目の元凶は事実を捻じ曲げた韓国の歴史認識にあることを尹錫悦氏に率直に伝えなければなりません。100%理解できなくとも、両国にはそれぞれの立場があり、自分たちの論理を無条件で相手に押し付けるのがいかに愚かしいかを認識してくれれば十分です。彼が「信念の人」であるならば、国民を説得し、日本への醜悪な嫌がらせである慰安婦像を撤去し、徴用工への補償問題を韓国内で解決して真の日韓和解へ道を開いてくれる可能性はあるのです。

日本政府もここが正念場です。外交は押し合いであって決して譲り合いではありません。安易な妥協や配慮は相手に付け入る隙を与えるのみです。韓国側のあらゆる甘言や詭弁に惑わされず、薄っぺらな世論に阿ることなく、日韓の真の友好を実現するため、そして日本の国益と子供や孫の将来のために、「歴史を歪曲した不当な要求は一切受け入れない」という日本の国家意思を、岸田政権は今こそ毅然たる姿勢で韓国側に知らしめねばなりません。

注1) 上海天長節爆弾事件
1932年4月29日、上海の虹口公園で発生した爆弾テロ事件。当日昭和天皇の誕生日を祝う式典が催され、ステージ上に日本の首脳陣がそろって参列。君が代斉唱中にステージ中央に向かって尹奉吉が強烈な爆弾を投げ込んだ。犠牲者下記の通り。
(即死)上海居留民団行政委員会会長 河端貞次(医師)
(重症)上海派遣軍司令官 白川義則大将(負傷がもとで一カ月後に死亡)
第9師団長 植田謙吉中将
第3艦隊司令長官 野村吉三郎海軍中将(片目を失う)
在上海公使 重光葵(片足を失う。後に鳩山内閣などで外務大臣を歴任)
在上海総領事 村井倉松
上海日本人居留民団書記長 友野盛

犯人の尹奉吉は、その場で自殺を図ろうとした所を取り押さえられ上海派遣軍憲兵隊により検挙、軍法会議を経て12月19日に金沢刑務所で銃殺刑となった。

<付記 この論説は令和4年3月30日付で、国家基本問題研究所理事長櫻井よし子氏に送付した意見書と同趣旨であり、これを韓国新大統領の就任に合わせて修正したものです。>