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書評 西鋭夫 岡崎匡史著『占領神話の崩壊』(中央公論新社 2021年)
評者 国際歴史論戦研究所会長 杉原誠四郎
掲載 歴史認識問題研究会『歴史認識問題研究』第10号(公益財団法人モラロジー道徳教育財団 2022年)

書名の問題

まず指摘しておかなければならないのは、書名の問題である。果たして「占領神話の崩壊」でよかったか。余りにも本書の内容の一部の意味だけを強調し過ぎて、本書の内容全体から離れ過ぎていないか。これは最初に日本で刊行された『マッカーサーの『犯罪』』でもいえる。英語の原書は、和訳すれば「『無条件』民主主義」というもので、この書名であれば、

『マッカーサーの『犯罪』』よりも内容に近似する。しかし『マッカーサーの『犯罪』』では、占領政策の象徴としてマッカーサーの名を出しているのだろうが、マッカーサーの占領政策には、食糧支援など善良な政策もあり、そうしたことを全て省略して『マッカーサーの『犯罪』』としたのでは、一方に片寄り過ぎているということになる。そのため、優れた研究書でありながら正当に評価されないまま、黙殺された側面がある。また、学術書としては、最初の『マッカーサーの『犯罪』』にあったように、厳密に注記を付すべきであったろう。

本書の内容一目次よリ

本書の内容を、小見出しは除き章と節だけで示すと、次のようになる。

『占領神話の崩壊』序

第一章 フーヴァー・トレジャーズ (Hoover Treasures) 極秘史料発掘

第二章 敗戦を歪めた吉田茂憲法

I GHQ 直筆憲法/II 憲法試案/III 世紀のスクープ/Ⅳ 虚像の男 白洲次郎/V 内通者と愛欲

第三章 東京裁判‐戦友を裏切る海軍と陸軍

I 敗戦と焚書坑儒/II 阿片政策/III 天皇免訴とマッカーサー/Ⅳ 日本のユダ田中隆吉少将/V 東條英機/VI 興亜観音と遺骨奪還作戦/VII  A 級戦犯保釈と戦後日本

第四章  共産党殺しの特高警察―GHQ へ再就職

I 東京裁判と特高警察/II 小林多喜二撲殺 一九三三(昭和八)年/III 特高警察と持間史/Ⅳ 転向政策とスパイ/V「矢野豊次郎文書」の発見/VI 獄中手記/VII 網走監獄/圃 日本敗戦と共産党/IX 戦後も活躍した特高警察あとがき

フーヴァー・トレジャーズ目録

この目次を見ても、本書は「占領神話の崩壊」の書名のもと、関係する全ての案件を均等に扱った学術書ではないことが分かる。ただし、上述のように、西の場合は『マッカーサーの『犯罪』』以来、一貫して占領の真実を追究していることから、3 著書を併せていえば、完璧にして遜色のない学術書、ということになる。

第一章 フーヴァー・トレジャーズ(Hoover Treasures)

第一章「フーヴァー・トレジャーズ(Hoover Treasures)」の「極秘史料発掘」の箇所では、終戦の日を境に、官庁街は白煙に包まれていだ情景の描写から始まる。軍部を中心として、日本政府が膨大な書類の焼却をしていたのだ。そのために、今日の歴史研究に欠かせない貴重な史料が存在しなくなっている。歴史は均等に史料を残さないことが分かる。

そうしたなかで、フーバーは占領期、東京に事務所を置き、膨大な資料を収拾し、その集めた資料はフーバー研究所で「フーヴァー トレジャーズ」として保存されている。そこの史料に当たった著者は、それだけ歴史研究上の功績があるといえよう。

第二章 敗戦を歪めた吉田茂憲法

第二章「敗戦を歪めた吉田茂憲法」は、日本国憲法が大日本帝国憲法の改正として制定されていく過程を扱ったものであるが、現行憲法制定過程の研究としては、昭和 47 年に出た、高柳賢三 大友一郎 田中英夫の著した『日本国憲法制定の過程   I 原文と翻訳』(有斐閣 1972 年)、『日本国憲法制定の過程 Il 解説』(有斐閣 1972 年)で、ほとんど判っていることなので,それほど目新しい事実はなかった。というより、最近は高尾栄司の『ドキュメント皇室典範一宮沢俊義と高尾亮一』(幻冬社  2019 年)が出ており、この高尾の著書では、昭和 21 年 2 月 13 日、占領軍から憲法草案を突き付けられたとき,政府の 憲法問題調査委員会の筆頭委員をしていた宮沢俊義がその草案を入手し、宮沢は厳秘であるにもかかわらず、その日のうちにその草案を東京帝国大学総長南原繁のところに持ち込み、翌日、法学部の主要教授が集められ、東京帝国大学法学部の教授たちが高尾の言う日本を売った憲法学者集団となっていくのだが、この重要な史実についての指摘が、本書にはない。この高尾の著書は令和元年の出版だから、仕方がないといえば仕方がない。

著者のこの章の結論は、吉田は最初から熱意を持って戦争放棄を受け入れ、そして「米国追従」という日本の国辱路線を敷いたとしている(189 頁)。この結論は、大局的に見てまさにその通りで、占領が終わって 70 年、まさに正鵠を射た必須の指摘といえよう。ただし、そのように指摘するならば、占領軍は自衛のための「戦力」は保持しうるとしていたのに、吉田は占領軍の意を超えて、自衛のための「戦力」も持ちえないと、日本国憲法を歪めて解釈し、日本国民をして、自分の国は自分で守るという気概を失わせたとか、そこまで非を明確に指摘しておいて欲しかった。

第三章  l 敗戦と焚書坑儒/II 阿片政策

第三章の「I   敗戦と焚書坑儒」と「II   阿片政策」での主要テーマは、歴史研究者の余り扱わない阿片である。日本国内で日本国民に対しては阿片の吸飲は厳しく取り締まり、ほぼ完全に阿片吸飲は撲滅していたのに、中国では逆に奨めていたというのは確かに恥ずべきことである。

ただし、確かに阿片をめぐる日本側の施策は糾弾に値するが、阿片をめぐっては、日本側の場合のみを取り出して、日本側を糾弾するのは正しくないのではないか。まして東京裁判の判決文を紹介して、この判決文の通りだったといっているかのような論述があるが、これは公正でない。

本書でも紹介されている中華民国維新政府の採るべき阿片政策について、参謀本部特務機関の作成した「阿片報告書」には、中国国民党の政策が紹介されており、それによると、蒋介石は厳格な阿片禁煙政策を実施したという。しかしこれは表向きの政策で、厳禁して取締まったため、これによって阿片価格は高騰し、蒋介石は外国から阿片を密輸入し、巨額の利益を得たという(250 頁)。満洲国も表向きは阿片の取締りはしていたが、主要な財原は依然として阿片に頼り、阿片の使用を奨励する構造になっていたのである(233 頁)。しかし、本書でも紹介されているが、満洲国総務長官の星野直樹の主張したように、阿片を撲滅することが国策だった、というのは確かなことではないか(241 頁)。本書では紹介されていないが、昭和 18 年 11 月、大東亜会議が開催されたとき、満洲国張景恵国務総理大臣は阿片問題について「米英ガ東亜侵略ノ手段二用ヒナガラ、今二至ツテ人道ノ名二於テ悪賢ヲ放ツ所ノ彼ノ阿片吸引ノ弊ノ如キモ、建国当時阿片常用者ハ百三十万デアッタモノガ、今日デハ極メテ僅少ヲ残スノミトナリ、最近ノ将来二於イテハ完全二跡ヲ絶ツベキコトガ期待セラルヽノデアリマス」と述べている。これも中国大陸でのもの言いだから、そのまま正確な文言として信用することはできないが、阿片撲滅の政策に本気に取り組んでいたことは明らかであろう。

本書には出ていないが、平成 7 年に発表されている内田知行の「中国抗日根拠地におけるアヘン管理政策」(『アジア研究』第 41 巻第 4 号(アジア政経学会  1995 年))という論文では、中国共産党は同党が支配する地域では阿片撲滅の厳しい方針を採りながらも、地域内では阿片が栽培され、これを貨幣替りにして軍需品や生活必需品の獲得をしていたとしている。

第三章 Ill 天皇免訴とマッカーサーここは天皇とマッカーサーの第 1 回会談に関して、論述した箇所である。

会談内容について、国務省から総司令部に派遺されていたアチソンの指摘に基づいて、天皇が真珠湾「蝙し討ち」について、東條がしたと説明し、そのうえで全責任は自分にあると謝罪したと紹介しながら(311 頁)、そのように断定していない。また、天皇が真珠湾「蝙し討ち」は東條がしたと説明したのは、このときの外務大臣吉田茂の画策によるものだという事実を指摘していない。

この天皇とマッカーサーの第 1 回会談を扱った本書の論述では、平成 2 年に出た松尾尊兌の「考証  昭和天皇 マッカーサー元帥第一回会見」を先行研究として踏まえているようだが、その後、平成 9 年に評者、杉原の『日米開戦以降の日本外交の研究』(亜紀書房 1997 年)が出ており、そこで、今述べたようなことが詳述してある。この研究書に目を通すことなく、天皇とマッカーサーの第 1 回会談に関わることを論述したのは、資料探索が不十分であり、本書の一つの欠陥といえる。

第三章 IV 日本のユダ 田中隆吉少将/V 東條英機

田中隆吉は東京裁判で、かつてともに戦争で戦った同僚の戦友を裏切り、彼らに極めて不利な証言を続けた人物である。田中は、東京裁判判決が出てから約 10 か月後、昭和 24 年 9 月 15 日、自決を図る(355 頁)。遺言を読むと自決の決意は固かったようで、しかし東條英機と同様に失敗し、本書の言葉を借りれば、昭和 47 年 6 月 5 日寿命を全うするまで「世捨て人のように苦悩を背負って孤独な生活を送った」とのことである(356 頁)。本書の著者は言う、「田中の『国体護持』という信念は、自らの裏切りを正当化する言い訳だった」と (351 頁)。評者はこの著者の発言に反論するだけの根拠を持ち合わせない。だが、同時に評者は、田中には何か、天皇を守るという信念のようなものがあったのではないか、との思いも禁じえない。

第三章 VI 興亜観音と遺骨奪還作戦

次の「興亜観音と遺骨奪還作戦」は、昭和 23 年 12 月 23 日、東京裁判において絞首刑を執行された A 級戦犯処刑者 7 人の遺骨をめぐる話で、骨捨場にわずかに残っていた遺骨を密かに奪取して、処刑者の一人松井石根が伊豆長山に昭和 15 年に建立していた興亜観音の傍に埋葬してある。

だが、著者は、興亜観音の傍に昭和 34 年に建立された「七士之碑」が吉田茂によって揮憂されていることに対して、「吉田茂は東京裁判で GHQ に外務省の極秘史料を提供し、己の権力を高めるために、媚びを売った男だ。吉田茂に碑文を書かれた七人は浮かばれない」と言い、これを「歴史の悪戯」と言っている(376 頁)。

吉田茂について上記の七士との関係でいえば、著者が言っているように、吉田は東京裁判にあって進んで外務省の文書を占領軍に提供し、A 級戦犯の弁護に協力しなかったのは明らかだ(209 頁)。そうして死刑となった者への追悼の碑を吉田が揮竃する。著者の言うように「歴史の悪戯」ということになる。

だが、ここに歴史の研究、または歴史学の重要な役割が示されていることを、敢えて明記しておきたい。今日では、吉田茂が何をし、どのような負の遺産を残したかが判明している。世間ではまだ吉田茂批判は十分に浸透せず、吉田茂を大宰相と見なしている人は多いが、しかし令和 4 年の現在の時点ならば、七士のために「七士之碑」の揮竃を吉田茂に頼みに行く人はいないであろう。つまるところ、歴史研究、歴史学が人間の在り方、国家の在り方、社会の在り方を正し、国家や社会に貢献する力を持っていることが分かるのである。

第三章 VII  A 級戦犯保釈と戦後日本

本節「VIl   A 級戦犯釈放と戦後日本」は、本書のなかでいちばん重要なところといってよいだろう。著者は東京裁判で「終身禁固刑」を受けた賀屋興宣の言を借りて、次のように言っている。「賀屋は、戦後日本が「戦争責任」を自主判断していないと嘆く。東京裁判には、道義的にも、法律的にも議論の余地がある。外国が判断したものではなく、戦争を実行した責任者を日本人自らが判断すべきである。この一番重要なことが、ほとんどなされなかったことが、『まことに私は日本国民として遺憾千万なことである』と悲歎に暮れる」と(385 頁)。そして著者の西と岡崎は、自らの言として「戦後日本は、『戦争責任』を自主判断していない」と嘆く(387 頁)。

アメリカでは戦争の終わった年に、大統領ルーズベルトの日米戦争開戦責任をめぐって、議会で上下両院の合同調査委員会を設置し、翌年 1946 年 7 月には関係文書も含めて 10,921 頁の報告書を発表している。日本でこれに相当するのが幣原内閣が試みた戦争調査会であるが、これは占領軍によって解散させられた。以後、吉田が主権回復に伴って、この調査会を再開すべきであったのだが、吉田茂は歴史認識の問題に無関心であり、それどころか外務省の戦争責任を隠したのである。

なお、この節では誤りといってよいものが 1 つあるので指摘しておきたい。真珠湾「謳し討ち」で「最後通告」の 14 部のうち最後の第 14 部の発信が遅かったことに対し、本省が手交遅延を画策していたのではないかというような言及がある(388 頁)。確かに最後の第 14 通がもっと早く発信されていたら、予定どおり指定の時刻に手交できたかもしれないとはいえなくはない。しかし、本省の指示どおり、館内に緊急態勢を敷き、前の日にできる作業を前の日に全てなし終えていたら、手交遅延という失態は起こらなかったのだから、やはり手交遅延の責任は現地の日本大使館に責任がある。

第四章 共産党殺しの特高警察―GHQ への再就職本章は一括して論評することとする。

「蟹工船」という小説を書き、労働者の苛酷な生活を劇的に描いた小林多喜二は、昭和 8 年 2 月 20 日、特別高等警察、いわゆる特高によって逮捕され、拷問のすえ、その日のうちに死亡する(410 頁)。

小林はこのような苛酷な拷問を受けても、最後まで同志の名前を吐こうとはしなかった。逆に特高の側からいえば、小林が死ぬまで、同志の名を吐かせようと苛酷な拷間をした(410 頁)。どちらも信念があったから、そこまでできたのであろう。

考えてみるべき問題は、特高警察の職務の問題である。もともと高等警察とは、国家を転覆する行為に対する警察行為である。とすれば、どのような国家でも特高警察というような任務を担う組織は必要となる。占領下という状況のもとでは、占領軍にとっても必要なことである。占領されている側は、占領軍のそれを助けるかたちでこの種の組織の存続を図る。特高解体から 2 か月後、内務省に「公安課」が設置され、占領軍と密着するかたちで「公安警察」が誕生していく。そして今日のいわゆる公安警察が生れてくる(588 頁)。

公安警察はかつての特高と異なり、拷問のような暴力は振るわない。が、国家を転覆する行為をなす恐れのある人物や団体に対しては、常時監視をし、これらの人物や団体が国家転覆という暴力行為に入る寸前に、警察行為という暴力をもって、これらの行為ができないように逮捕する。

かつての拷間を辞さない特高から、拷間を行わない公安への転換は何を意味するのか。拷間のできない公安警察に移ることによって、国家を転覆する目的に向かって行動している一部の国民からすれば、その転覆行為の寸前までは自由に議論し、自由に活動できるようになった。

よって、戦前の場合では、議会のレベルで、国家を転覆する方向性を持った政党は存·在せず、そうした方向性を持った政党や議員との議論は必要ななかった。そのため、議会での議論はその分だけ緊張を欠き、政党は堕落し、健全な政党政治が生れない原因となったとはいえないか。

まとめ

それでは、本書全体を総合的に論評する。

特に第四章の問題は、占領そのものではなく、戦争に至った戦前の日本の暗い部分に光を当て、そこから戦争に入っていった日本の問題を洗い、戦争、敗戦、占領を通じて今日の日本の間題を指摘しようしている。その観点から、今日の間題に最も強く結びついている「占領」を取り出し、今日の多くの日本国民の抱いている「占領」の認識には嘘があり、その嘘を取り除かなければ本来の日本にはならないと主張する意図が本書にあるといえる。そのため、本書の書名も「占領神話の崩壊」としたのだ。

本書の論述内容には、部分的には分析の不十分、資料探索の不十分といえるところもあるが、「フーヴァー・トレジャーズ」を使いながら、これまであまり研究の対象とされてこなかった日本の恥部にも光を当て、占領に関係する正しい日本像をつかもうとして論述している。この姿勢自体は評価されなければならない。西が『国破れて マッカーサー』(中央公論社 1998 年)で述べているように、資料に存在しない架空の「会話」や「舞台」を創作しているところはない。

本書では、占領といっても、占領している占領軍側よりも占領されている日本側の対応の仕方に最初から最後まで光を当てているから、占領されている側の間題として象徴的にいえば、例えば吉田茂は大宰相であるという神話を壊すというような意味で「吉田茂神話の崩壊」とした方が、より内容に即した書名になったのではないか。

このような観点に立って見たとき、著者の主張は占領が終わって 70 年経った今日の日本にとって、極めて有効なものであり、必要なものであるといえる。 本書のテーマは、いくつかのテーマを取り出して、それらをそれぞれ深掘りするかたちで論述され、その阻りでは、まだら模様の研究書ということになるが、しかし著者の一人、西の場合は繰り返しになるが、昭和 58 年に出した『マッカーサーの『犯罪』』(上巻 下巻)(日本工業新聞社 1983 年)と、『国破れて マッカーサー』(中央公論社 1998 年)を併せて考慮すれば、占領全体を扱った学術書、研究書ということになる。

【英訳版】https://i-rich.org/?p=1528

令和5年(2023)年5月

所長
山本優美子

韓国における反日の象徴であった慰安婦問題に想像もできなかった新たな動きが起こっている。多くの韓国人が信じている日本軍慰安婦についての「嘘」を「嘘だ!」と声を挙げる韓国人の登場だ。この運動には韓国人女性も多く参加している。

一方、海外では今でも「慰安婦」は「性奴隷」であり、日本軍慰安婦についての誤った認識は変わっていない。子どもたちに嘘と憎しみを植え付ける慰安婦教育も深刻な問題だ。もともと慰安婦問題に火を着けたのは日本人だ。韓国での勇気ある新しい動きと連携し、私たちの世代で慰安婦問題を終わらせなければならない。

2010年代に盛んだった海外での慰安婦像設置

海外で初めて慰安婦の記念碑が設置されたのが、2010年米国ニュージャージー州のパリセイズパーク市。地元の韓国系市民の設置運動の成果だ。翌年2011年、韓国ソウルの日本大使館前に韓国の「挺身隊問題対策協議会」(現「正義連」)によって慰安婦像が初めて設置された。この像のレプリカが海外で最初に設置されたのが2013年米国加州グレンデール市だ。これも地元の韓国系市民が主導した。現在、慰安婦像または碑は、公有地・私有地を合わせて海外では米国、カナダ、豪州、ドイツに総計で約30基も建っている。韓国内では像が140体以上[i]もあるという。

これらの碑や像が問題なのは、その碑文だ。日本軍慰安婦は「性奴隷」、「拉致・強制連行」、「少女」、「20万人又は数十万人」、「20世紀最大の人身売買」、「戦時中に殆どが殺された」などの嘘が並んでいる。

嘘を「嘘だ!」という韓国人の登場

ところが、2019年になって想像もしなかったことが起こった。嘘を「嘘だ!」と堂々と主張する韓国人が現れたのだ。韓国では7月に刊行された『反日種族主義』がベストセラーとなった。そして12月、ソウルの慰安婦像前で正義連が毎週行っている水曜デモに対抗して、韓国人による慰安婦像撤去を求める抗議運動が始まったのだ。まさか韓国人自らが像に反対して抗議の声を挙げるとは驚きであった。

金柄憲氏ら韓国市民団体の勇気ある活動

この慰安婦像撤去運動の中心の一人が、韓国国史教科書研究所所長の金柄憲氏だ。「慰安婦法廃止国民運動」、「慰安婦詐欺清算連帯」の団体を結成し、2019年以降、慰安婦像撤去を求める抗議行動を百数十回行っている。「日本軍慰安婦 三大詐欺 強制動員説! 性奴隷説! 戦争犯罪説!」と書いたプラカードを掲げて「世界中あちこちに慰安婦像を立てて何が偉いんですか!?」と声を挙げる。韓国社会でこういった主張をするのは命懸けだ。しかも、金氏らの活動は韓国内に留まらない。独ベルリン、名古屋、東京にも遠征した。像設置を計画している米フィラデルフィアへの抗議書簡、国連の委員会にも意見書を送っている。

その金柄憲氏が2021年に韓国で出版したのが『赤い水曜日 慰安婦運動30年の嘘』だ。日本語版は2022年に文藝春秋から出版された。『赤い水曜日』と『反日種族主義』の両書に共通するのは、韓国が信頼される真っ当な国になるには嘘を止めるべきという主張だ。

教科書の深刻な影響 嘘の慰安婦記述 

慰安婦問題に関して、韓国で最も深刻な問題なのは学校教科書だ。金柄憲氏は、2022年11月に東京で開催された日韓シンポジウム[ii]で次のように発表してる。

韓国では小学校から高校の教科書まで、日本軍による慰安婦の拉致・強姦・殺害などという虚偽事実を既成事実化し、広範囲に拡散・教育しています。現在、韓国の子どもたちが勉強している教科書に収録されている慰安婦の記述は全て嘘であり、友好国である日本に対する漠然とした増悪心を助長する犯罪行為です。成長する未来世代に嘘と憎悪を教えることは、日韓間の葛藤と対立の種をまくことになります。

慰安婦問題に火を着け、煽り続ける日本人

そもそも慰安婦問題に火を着け、韓国、国連、そして国際社会に広めたのは日本人だ。1992年、国連人権委員会(現在の人権理事会)で弁護士の戸塚悦朗氏が慰安婦を“思いつき”で「性奴隷」と表現した[iii]のが性奴隷話の始まりだ。

その翌年の1993年、日本弁護士連合会は国連自由権規約委員会49 セッションの対日審査会にNGO意見書『日弁連カウンターレポート 問われる日本の人権』[iv]を提出している。これが人権条約の委員会に慰安婦問題に関して提出された初めてのNGO意見書だと思われる。その意見書では、日本軍は「三光作戦(殺しつくす、奪いつくす、焼きつくす)といった無人政策」をとり、「大東亜共栄圏、アジア解放などの美名のもとに侵略」し、「強制的に植民地住民及び占領地の人々を戦争体制に兵士・軍属・従軍慰安婦等として、また軍需産業の労働力などとして動員して、大きな苦痛を与え」、「従軍慰安婦問題は、朝鮮人・中国人のみならず東南アジアの占領地域の女性及びオランダ・オーストラリアなどの民間人女性をも性的奴隷に陥れて、人道的に許されない多くの悲劇」を招いたと報告している。日本を代表する弁護士団体の意見書だ。誰が嘘だと思うだろうか。

それから30年近く経った2022年10月、私は同じ自由権規約委員会136セッションの対日審査会に参加した。そこでは今でも日本人が「慰安婦は日本軍性奴隷」であると主張し、「教科書から記述を削除し、慰安婦像を撤去しようとして歴史を否定しようとする人たち」を非難していた。慰安婦問題に火を着けた日本人は、今でも「慰安婦=性奴隷」話を煽り続けているのだ。

未来を担う世代のために 慰安婦問題に終止符を

金柄憲氏は2021年1月にソウルで開催された韓国保守大演説会で、演説をこのように締めくくった。

30年間一貫して嘘をつき続けた正義連がこの地から消える日には、この地に正義が正しく立つであろうし、破綻寸前にまで至った韓日関係が回復し、ひいては韓日関係は鉄壁のように強固になることを確信します。 その日のために私たち皆で力を合わせましょう。 大韓民国の未来は私たち皆の手にかかっています。[v]

日韓関係が拗れる原因の一つとなった慰安婦問題。この慰安婦問題に関する歪曲と捏造を取り除くために戦っている勇気ある韓国人がいるのだ。金柄憲氏らの勇気ある行動に比べ、日本人でありながら祖国を貶める行為に嬉々として励む、彼らの卑屈さに怒りを禁じ得ない。先人に対しても、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

日韓で力を合わせて「慰安婦=性奴隷」の「嘘」に終止符を打たなければならない。それが未来を担う子供たちのため、私たち世代の責任だと信じる。具体的な取り組みとしては、金柄憲氏ら韓国市民団体の活動の応援、日韓合同の研究や声明の発表、国際シンポジウムの国内外での開催、連携しての対国連活動を行っていきたいと考えている。

以上


[i] 産経ニュース 2021/12/13

慰安婦像、10年で160体に 韓国では国内対立も

https://www.sankei.com/article/20211213-NMKYUMBBGFIXBFUWU3SBZLVLGQ/

[ii] 「 慰安婦問題を巡る 日韓合同シンポジウム 」資料

令和4年11月16日 東京文京シビックスカイホール 国際歴史論戦研究所主催

https://i-rich.org/wp-content/uploads/2022/11/2022.11.16_Symposium.pdf

[iii] 『国連が世界に広めた「慰安婦=性奴隷」の嘘―ジュネーブ国連派遣団報告』 自由社2016/5/29

[iv] 自由権規約 (第3回に対するカウンターレポート

『日弁連カウンターレポート 問われる日本の人権』

日本弁護士連合会編著  こうち書房発行(発売桐書房) 1993

https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_rights/liberty_report-3rd_jfba.html

[v] 金柄憲氏「正義記憶連帯が消えさってこそ韓日関係が回復する」韓国保守大演説会

http://nadesiko-action.org/?p=17750

【日本語版】https://i-rich.org/?p=1439

International Research Institute for Controversial Histories

Senior researcher

Matsuki Kunitoshi

April 5, 2023

During the meeting between Japanese Prime Minister Kishida Fumio and South Korean President Yoon Suk-yeol held on March 16, Prime Minister Kishida welcomed the solution of the issue proposed by the Korean Government that the Korean Supreme Court’s order for the Japanese companies to compensate should be subrogated by a foundation under the control of the South Korean Government. In addition, Prime Minister Kishida told the Korean President that “his government duly follows the historical recognition held by the consecutive Japanese Governments which states that Japan owes Korea apologies.” Some appreciated the efforts made by President Yoon in that he tried to tackle the issue of the mobilized worker. and did not ask Japan for direct responsibility related to the issue. However, the solution this time cannot fundamentally solve the issue and may create a serious problem for Japan in the future. Rather, I must say, it was a diplomatic blunder on the part of Japan. I will explain the reasons for my opinion.

The “solution by subrogation” means that the payment of compensation demanded from the Japanese companies by the South Korean Supreme Court shall be temporarily carried out by a South Korean foundation.

However, trials of “former mobilized workers” of the same nature were held also in Japan and the Japanese Supreme Court finally judged that the defendant companies were not responsible for compensations, dismissing the complaints by the plaintiffs. There is no need at all for the Japanese companies, which essentially are under no obligation to pay compensations, to be subrogated in the payment of compensations by a Korean foundation.

Nevertheless, should the Japanese Government accept the proposed “subrogated payment” by a Korean foundation, it would mean that the Japanese Government admits that the Japanese companies are responsible for the compensations. If so, it would appear that the verdict of the South Korean Supreme Court supersedes the verdict of the Japanese Supreme Court, which is nothing short of “abandonment of sovereignty” on the part of Japan.

Moreover, this “solution by subrogation” is, in itself, extremely unrealistic. However earnestly President Yoon Suk-yeol may say that Korea does not think of demanding compensation from Japan in the future, as long as it is “subrogation,” the claims for compensation will remain valid. And it is extremely important that President Yoon Suk-yeol has not referred to “the abandonment of the claim for compensation” so far.

Five of the fifteen plaintiffs who claim to be former mobilized workers have already stated that they refuse to receive compensation from the foundation and on March 24, a lawsuit was filed, demanding the seizure of the patent right of Mitsubishi Heavy Industries and cashing in. However, the South Korean Government has no legal grounds for forcibly preventing the cashing in of the defendant company’s assets based on the court ruling. According to a public opinion poll conducted immediately after the meeting of the Japanese and South Korean leaders, 53% of the Korean people clearly opposed to the solution proposed this time. There is little possibility for the Yoon Suk-yeol Administration to successfully persuade the plaintiffs into following the Government’s policy, against the persistently adverse public opinion.

As with the case of the agreement over the comfort women, South Korea is a non-modern “state governed by emotion,” where public opinion is put before agreement reached by states. It is very likely that “the solution by subrogation measure” itself may be withdrawn because it is difficult to obtain the agreement of the alleged victims and that South Korea will demand apology and compensation from the Japanese companies.

In fact, South Korea’s largest opposition party’s leader Lee Jae-myung announced that in case of the change of administrations, his administration will exercise the compensation right. Under these circumstances I cannot help but wonder how on earth this could be a “solution.”

It is equally wrong that during the top meeting Prime Minister Kishida stated he would follow   the historical recognition of the consecutive Cabinets that obliged Japan to apologize to Korea. The issue of the mobilized workers is purely and strictly the South Korean domestic issue and in no way a Japanese Prime Minister should declare that Japan will continue to apologize to South Korea. What’s more, an easy apology may result in the adverse effect of authenticating Korea’s own distorted historical view that “Japan’s governance was an illegal colonial rule”. If this “solution by abrogation” is withdrawn and things get back to the deadlock, it will remain factual that the Japanese Government accepted for the time being the Korean Supreme Court’s decision of “illegal colonial rule.” And the Japanese Government promised to follow the past apologies. This is the defeat on the part of the Japanese diplomacy, isn’t it?

If Japan’s governance had been “illegal colonial rule,” then everything that happened during that period could become the target of lawsuits. Taxes collected by the Office of the Korean Governor General and profits made by Japanese companies would all fall into “illegal exploitation,” and in terms of the judicial logic, they become targets of anti-Japan lawsuits. Moreover, if the Korean court returns a guilty verdict, the consequence of the verdict is to be effective domestically in Japan, and the Koreans will have everything their way, filing one random lawsuit after another.

The Japan-South Korea relationship will be bankrupted, and the two countries will collapse together.

In order to avoid such catastrophe, the Japanese Government should straightforwardly point out the false Korean historical recognition, ascertain their view of history and establish an equal and normal relationship between Japan and South Korea. “Japan’s annexation of Korea” was the lawful unification of Japan and the Empire of Korea duly following international law and absolutely not a colonial rule. As to the issue of the claims between the two countries, it was “completely and finally” resolved by the Agreement Between Japan and the Republic of Korea Concerning the Settlement of Problems in Regard to Property and Claims and Economic Cooperation, concluded by both Governments in 1965. We must appeal to the world to learn these facts and endeavor to have South Korea accept them.

In addition, the South Korean judicial judgments should never be applied in Japan. Therefore, the Japanese Government should make the two points perfectly clear with the Korean side that the Korean Supreme Court’s decision invalidates the international treaty between the two countries and therefore the Japanese Government cannot accept the verdict and that the issue of the mobilized workers should be settled domestically within South Korea, based on the theory of governance, on the responsibility of President Yoon Suk-yeol, who is held ultimately responsible for the state. And above all, we sincerely want Prime Minister Kishida to review the incorrect historical recognition held by the consecutive Cabinets that eternally dooms our future generations to endless apologies, once and for all, and recover the confidence and pride of the Japanese people. This is the exact way to resuscitate Japan and recover from the total defeat.

演題:渥美育子のシン・グローバル教育~日本の国力回復のカギ、グローバル教育を実践しよう!~

講師:渥美育子 (株)グローバル教育 代表取締役

日時:令和5年7月27日(木) 17:30開場、18:00開始 20:00頃終了

場所:文京区民センター 2A会議室
  都営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分
  丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分、
  南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分

講師略歴:

グローバル教育の創始者。1980年代という早い時期に、米国ボストン郊外のハイテック地帯で21世紀型研修会社を起業。オランダの学者ホフステード博士、フォンス・トロンぺナールス教授たちと同時代に互いに知らず、グローバル教育を開始した。タイム誌で紹介され、DuPont, IBM, UTC, Hondaなど世界トップクラスの企業を顧客とする。9.11同時多発テロをきっかけに世界の子どもにグローバル教育を提供する必要があると痛感。2007年帰国後、大企業、学校を通して日本のグローバル化を促進するため尽力している。

著作に「世界で戦える人材の条件」(PHP), 「文化の世界地図」(世界地図社)など。フォーブスのインタビュー記事で、SDGsなどの先駆者と評価された。

一般社団法人 グローバル教育研究所 (https://www.globaleducationjp.com/

参加費:2000円(事前申し込み不要)

主催:国際歴史論戦研究所 i-rich.org
Mail info@i-rich.org   Tel 03-6912-0047

書評 金柄憲著『赤い水曜日-慰安婦運動30年の嘘』(文藝春秋 2022年)
評者 国際歴史論戦研究所所長 山本優美子

日韓協力、慰安婦問題解決への重要な一冊

著者の金柄憲氏は研究だけでなく信念と行動の人だ。「日本軍慰安婦 3大詐欺 強制動員説! 性奴隷説!
戦争犯罪説!」と書いたプラカードを掲げて「世界中あちこちに慰安婦像を立てて何がえらいんですか!?」と正義連(旧挺対協)水曜デモの目の前で慰安婦像撤去を求める街頭活動を続けてきた。

2019年から始まった金氏の活動はソウルに留まらず、慰安婦像が設置されている韓国各地でこれまで百数十回の街頭活動を行っている。更には独ベルリン、名古屋、東京にも遠征し、像設置を計画している米フィラデルフィアへの抗議書簡、国連の委員会にも意見書を送った。身の危険を顧みずにこれだけの活動を継続しているのには頭が下がる。

2021年1月にソウルで開催された韓国保守大演説会で、金氏は演説をこのように締めくくっている。
「30年間一貫して嘘をつき続けた正義連がこの地から消える日には、この地に正義が正しく立つであろうし、破綻寸前にまで至った韓日関係が回復し、ひいては韓日関係は鉄壁のように強固になることを確信します。
その日のために私たち皆で力を合わせましょう。 大韓民国の未来は私たち皆の手にかかっています。」

そもそも慰安婦問題に火を着け、韓国や国際社会に広めたのは一部の日本人だ。そういった日本人は今でも国内外で「慰安婦=性奴隷」話を煽り続けている。

日韓関係が拗れる原因の一つとなった慰安婦問題。両国の次の世代の為にも私たちの世代が日韓で力を合わせて終わらせなくてはならない。

金氏が纏めた研究・調査・証拠資料と闘いの記録の「赤い水曜日」は、この問題解決に向けて日韓両方にとっての重要な一冊である。

金柄憲氏のこれまでの活動の写真、動画、声明文など、私の管理する「なでしこアクション」のウェブサイトに掲載しています。是非ご覧ください。
http://nadesiko-action.org/?cat=33

令和5年(2023)年4月

上席研究員
松木國俊

【英訳版】https://i-rich.org/?p=1476

 3月16日の岸田首相・尹錫悦大統領の会談において、岸田首相は韓国最高裁判所の日本企業への賠償命令を韓国政府傘下の財団が「肩代わり」するという韓国政府の解決策を「両国関係を発展させる」として歓迎した。その上で「韓国に謝罪した日本政府の歴史認識を踏襲する」とまで韓国側に伝えている。徴用工問題をいつまでも放置せず、また、日本側に直接に負担を求めなかったことにおいて尹大統領の努力を認める向きもあるが、しかし今回の解決策は法論理的に考えて、依然として何ら根本的な解決になっておらず、日本の将来に向けて重大な禍根を残す、日本外交の失態であると言わざるをえない。以下その理由を述べる。

「肩代わり解決策」とは、韓国の最高裁判所が日本企業に命じた被害者への補償金支払いを、政治的判断によってとりあえず韓国財団が立て替え払いするというものである。

だが同様の「徴用工裁判」は日本でも行われており、日本の最高裁判所は被告企業に補償責任がないとの最終判断を下し、原告の訴えを棄却している。本来補償責任がない日本企業が韓国の財団に補償金を「肩代わり」してもらう必要など全くないのだ。

にもかかわらず日本政府が韓国の財団による「立て替え払い」を受け入れてしまうならば、日本企業に補償責任があることを日本政府が認めたことになる。日本の最高裁判所の判決よりも韓国最高裁判所の判決を優先したことになり、日本の「主権放棄」以外の何物でもない。

 さらにこの「肩代わり解決策」自体、実現性が極めて低い代物であると言わざるを得ない。尹錫悦大統領がいくら「日本への求償権行使は想定していない」と言っても、「肩代わり」である以上「求償権」そのものは残っており、「求償権の放棄」まで尹錫悦大統領が言及していない点が極めて重要である。

既に元徴用工と自称して日本企業を訴えている原告15人の内5人は財団からの補償金受取を拒否する宣言をしており、去る3月24日には三菱重工の特許権差し押さえと現金化を求める裁判が新たに起こされている。だが韓国政府には裁判所の判決に基づく被告企業の資産現金化を強制的に阻止できる法的根拠がない。日韓トップ会談直後に行われた韓国の世論調査でも、今回の解決策に53%の国民が明確に反対しており、尹錫悦政権が韓国内の根強い反対世論を押し切って、政府の方針に従うよう原告を説得できる見込みは薄い。

慰安婦合意の場合も同じであるが、韓国は国家間の合意よりも世論が優先する非近代的「情治国家」であり、「被害者の了解が得られない」という理由で今回の「肩代わり解決策」そのものが撤回され、再び日本企業に謝罪と賠償を求めてくる公算が大である。

事実、韓国最大野党の党首である李在明氏も政権が代われば求償権を行使すると表明しており、一体これがなぜこれが「解決策」になるのか疑問を持たざるをえない。

首脳会談で岸田首相が「韓国に謝罪した歴代内閣の歴史認識を引き継ぐ」と発言したことも大きな誤りである。徴用工問題は純粋に韓国の国内問題であり、日本の首相が「謝罪を引き継ぐこと」を表明すべき筋合いは全くない。そればかりか安易な謝罪は「日本統治は不法な植民地支配」という韓国独自の歪んだ歴史観に正当性を与える結果を生むことになる。

この「肩代わり解決案」が撤回されて振り出しにもどった場合、後に残るのは日本統治が「不法な植民地支配」だったとする韓国の最高裁判所の判決を日本政府が一端受け入れたという事実。そして日本政府が過去の謝罪を踏襲すると確約したという事実だけである。日本外交の敗北ではないか。

日本による統治が「不法な植民地支配」であったならば、同時代のあらゆることが訴訟の対象となる。朝鮮総督府が徴収した税金も日本企業が上げた利益も全て「不法な搾取」となり、法論理的に対日訴訟の対象となる。しかも韓国の裁判所が有罪判決を下せば、その効力が日本国内にも及ぶとなれば韓国側のやりたい放題であり、訴訟の嵐となるだろう。日韓関係は破綻し、結局共倒れとなるに違いない。

そのような破局に向かわぬよう、日本政府は葛藤を恐れず、韓国の歴史認識の誤りを真正面から論破して彼らの歴史観を糺し、日韓の間に対等で正常な関係を築かねばならない。「日韓併合」は国際法に則って日本と大韓帝国が一つの国になったものであり、断じて不法な植民地支配ではない。両国の請求権についても1965年に両国政府が締結した「日韓請求権・経済協力協定」によって「完全かつ最終的」に解決している。これらの真実を世界に向かって堂々とアピールし、韓国側に受け入れさせねばならない。

さらに韓国の司法判断が日本に及ぶことがあってはならず、日本政府は韓国の最高裁判所の判決は日本との国際条約を反故にするものであって、日本政府は決して受け入れられないこと。徴用工問題は統治行為論に基づき韓国国家の最終的責任者としての尹錫悦大統領の責任で韓国内において解決すべきであることを明確に韓国側に確認しておかねばならない。

そして何より岸田首相には、我々の子孫に永遠に韓国への謝罪を宿命づける歴代内閣の不正確な歴史認識を今こそ見直し、日本人の自信と誇りを取り戻してもらいたい。それこそが今回の大敗北から日本が立ち直るための「起死回生」の道なのだ。