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【論説】徴用工問題「解決策」受け入れは日本側の敗北

令和5年(2023)年4月

上席研究員
松木國俊

【英訳版】https://i-rich.org/?p=1476

 3月16日の岸田首相・尹錫悦大統領の会談において、岸田首相は韓国最高裁判所の日本企業への賠償命令を韓国政府傘下の財団が「肩代わり」するという韓国政府の解決策を「両国関係を発展させる」として歓迎した。その上で「韓国に謝罪した日本政府の歴史認識を踏襲する」とまで韓国側に伝えている。徴用工問題をいつまでも放置せず、また、日本側に直接に負担を求めなかったことにおいて尹大統領の努力を認める向きもあるが、しかし今回の解決策は法論理的に考えて、依然として何ら根本的な解決になっておらず、日本の将来に向けて重大な禍根を残す、日本外交の失態であると言わざるをえない。以下その理由を述べる。

「肩代わり解決策」とは、韓国の最高裁判所が日本企業に命じた被害者への補償金支払いを、政治的判断によってとりあえず韓国財団が立て替え払いするというものである。

だが同様の「徴用工裁判」は日本でも行われており、日本の最高裁判所は被告企業に補償責任がないとの最終判断を下し、原告の訴えを棄却している。本来補償責任がない日本企業が韓国の財団に補償金を「肩代わり」してもらう必要など全くないのだ。

にもかかわらず日本政府が韓国の財団による「立て替え払い」を受け入れてしまうならば、日本企業に補償責任があることを日本政府が認めたことになる。日本の最高裁判所の判決よりも韓国最高裁判所の判決を優先したことになり、日本の「主権放棄」以外の何物でもない。

 さらにこの「肩代わり解決策」自体、実現性が極めて低い代物であると言わざるを得ない。尹錫悦大統領がいくら「日本への求償権行使は想定していない」と言っても、「肩代わり」である以上「求償権」そのものは残っており、「求償権の放棄」まで尹錫悦大統領が言及していない点が極めて重要である。

既に元徴用工と自称して日本企業を訴えている原告15人の内5人は財団からの補償金受取を拒否する宣言をしており、去る3月24日には三菱重工の特許権差し押さえと現金化を求める裁判が新たに起こされている。だが韓国政府には裁判所の判決に基づく被告企業の資産現金化を強制的に阻止できる法的根拠がない。日韓トップ会談直後に行われた韓国の世論調査でも、今回の解決策に53%の国民が明確に反対しており、尹錫悦政権が韓国内の根強い反対世論を押し切って、政府の方針に従うよう原告を説得できる見込みは薄い。

慰安婦合意の場合も同じであるが、韓国は国家間の合意よりも世論が優先する非近代的「情治国家」であり、「被害者の了解が得られない」という理由で今回の「肩代わり解決策」そのものが撤回され、再び日本企業に謝罪と賠償を求めてくる公算が大である。

事実、韓国最大野党の党首である李在明氏も政権が代われば求償権を行使すると表明しており、一体これがなぜこれが「解決策」になるのか疑問を持たざるをえない。

首脳会談で岸田首相が「韓国に謝罪した歴代内閣の歴史認識を引き継ぐ」と発言したことも大きな誤りである。徴用工問題は純粋に韓国の国内問題であり、日本の首相が「謝罪を引き継ぐこと」を表明すべき筋合いは全くない。そればかりか安易な謝罪は「日本統治は不法な植民地支配」という韓国独自の歪んだ歴史観に正当性を与える結果を生むことになる。

この「肩代わり解決案」が撤回されて振り出しにもどった場合、後に残るのは日本統治が「不法な植民地支配」だったとする韓国の最高裁判所の判決を日本政府が一端受け入れたという事実。そして日本政府が過去の謝罪を踏襲すると確約したという事実だけである。日本外交の敗北ではないか。

日本による統治が「不法な植民地支配」であったならば、同時代のあらゆることが訴訟の対象となる。朝鮮総督府が徴収した税金も日本企業が上げた利益も全て「不法な搾取」となり、法論理的に対日訴訟の対象となる。しかも韓国の裁判所が有罪判決を下せば、その効力が日本国内にも及ぶとなれば韓国側のやりたい放題であり、訴訟の嵐となるだろう。日韓関係は破綻し、結局共倒れとなるに違いない。

そのような破局に向かわぬよう、日本政府は葛藤を恐れず、韓国の歴史認識の誤りを真正面から論破して彼らの歴史観を糺し、日韓の間に対等で正常な関係を築かねばならない。「日韓併合」は国際法に則って日本と大韓帝国が一つの国になったものであり、断じて不法な植民地支配ではない。両国の請求権についても1965年に両国政府が締結した「日韓請求権・経済協力協定」によって「完全かつ最終的」に解決している。これらの真実を世界に向かって堂々とアピールし、韓国側に受け入れさせねばならない。

さらに韓国の司法判断が日本に及ぶことがあってはならず、日本政府は韓国の最高裁判所の判決は日本との国際条約を反故にするものであって、日本政府は決して受け入れられないこと。徴用工問題は統治行為論に基づき韓国国家の最終的責任者としての尹錫悦大統領の責任で韓国内において解決すべきであることを明確に韓国側に確認しておかねばならない。

そして何より岸田首相には、我々の子孫に永遠に韓国への謝罪を宿命づける歴代内閣の不正確な歴史認識を今こそ見直し、日本人の自信と誇りを取り戻してもらいたい。それこそが今回の大敗北から日本が立ち直るための「起死回生」の道なのだ。