コンテンツへスキップ

著者:李 栄薫(編著)
日本語版書籍:『反日種族主義 日韓危機の根源』(2019年、文藝春秋)

解題

 「反日種族主義」という本は2019年7月に発刊され、韓国で11万部売れ、
日本では40万部を越えるベストセラーとなった。代表著者の李栄熏校長は
反日種族主義とは「隣の日本を永遠の仇と捉える敵対感情である」とし民族
ではなく種族と言う言葉を使った。「種族は隣人を悪の種族と見なす。客
観的論議が許容されない不変の敵対感情、嘘は種族を結束させるトーテム
の役割」だからだ。発刊された当時は文在寅政権下で反日政策の嵐が吹き
荒れ、日韓関係が最悪となった時だった。学校の教科書はいわゆる徴用工
像、慰安婦像の写真が表紙から大々的に塗装され、街もテレビ報道も何も
かもが反日一色となった。朴槿恵前大統領や政権下の要人も数多く収監さ
れた後、高麗連邦が生まれかねない危機的な状況下だった。その時に救世
主のごとき現れたのがこの「反日種族主義」という本である。赤化統一を防
ぐためには破綻寸前にまでいった日韓関係を取り戻すため、各地で有識者
を呼びセミナーが開かれた。国民の啓蒙に韓国内の愛国保守国民はこの本
を何十冊も購入し人々に配る等、必死だった。
 この本の出だしである李栄熏校長のプロローグが特に衝撃的だった。「嘘
をつく国民、嘘をつく政治、嘘つきの学問、嘘の裁判、反日種族主義」と
いうタイトルだ。長年、心のなかでモヤモヤと燻り続け爆発寸前の日本人
の感情を韓国の学者が見事に言ってのけてくれたことに感動した日本人も
多いだろう。その中の一説をここにあげる。「この国の国民が嘘を嘘とも
思わず、この国の歴史学や社会学は嘘の温床、この国の大学は嘘の製造工
場」歯に衣着せぬこの文章に真実を追求する学者の良心的レベルの高さを
感じてやまない。
 韓国では1965年以降、小中高の学校教科書で日本の統治時代を7奪と教
えてきた。その7つは国王、主権、土地、国語、姓名、命、資源だ。これ
をほとんどの国民はそう信じている。教科書がそうであり、ドラマ、映画
がそうなので、日本人が真実を語ろうとしても客観的論議が許容されず、
感情的になる。この問題を見事に覆し、史実を資料を下に説明したのが共
同著者の六名の学者だ。
 韓国人は「徴用」という単語に「強制」という単語をわざわざつけ、日本軍
が朝鮮人を無理やり日本に連れていき過酷な労働を強いたと思い込んでい
る。この徴用工問題の嘘を覆した李宇衍氏は問題の元凶が1965年に日本
の朝総連系の朝鮮大学の教員朴慶植の書いた「朝鮮人強制連行の記録」だ
と指摘し、韓国の教育界が60年間もこの本を何ら検証もせず参考にして学
校の歴史教科書を作成したと明らかにした。
 陸軍特別志願兵が一体どんな存在であったかを書いた元高麗大学教授の
鄭安基氏は、帝国陸軍の訓練を受けた朝鮮出身の陸軍特別志願兵は日本
の天皇に忠誠を誓ったからこそ独立後、大韓民国に尽忠報国でき、抜群の
戦闘指揮能力をもって韓国戦争で国際共産勢力の南進を阻止することがで
きたとした。李氏朝鮮時代にはなかった知識と技術、そして勤勉性と責任
感を体得した陸軍特別志願兵出身者は第二次世界大戦後、韓国建国の重
要な役割を果たしたとはっきりと主張した。またそれは同時に日本の先人
たちの朝鮮統治が如何に立派であったかという証明にもなるのだ。
 この本は「土地を奪い、米の収奪、命を奪い、貞操を奪った極悪非道な日
本人」という一般韓国民の概念を間違いなく払拭してくれる本であり先人
の名誉を回復してくれる本だ。上でも述べたが韓国では11万部を超えるベ
ストセラーとなったが、残念なことに今現在も嘘の歴史教科書はそのまま
使われ、小中高の学校の教育現場では嘘の教育が毎日なされていることを
考えると韓国ではこれからもさらにこの本が普及されることを心より願っ
てやまない。まずはさらにもっと多くの政治家、言論人、教育者が読むべ
きだ。この画期的な著書「反日種族主義」を書かれた六名の先生方には心よ
り感謝する。もう一つ欲を言えば、「植民地支配」という表現が所々に見ら
れるが、実際日本は本当に何もかも与え尽くしたのであって、植民地とは
土地を搾取し隷属させるという意味があるので、この植民地支配という言
葉を他の表現に変えていただければ申し分ない本だ。

書籍

日本語版:https://www.amazon.co.jp/dp/4163911588

英語版 :https://www.amazon.com/dp/B0CWZL8XF3/

掲載:Japan Forward BOOK REVIEW | The Comfort Women Hoax: A Fake Memoir, North Korean Spies, and Hit Squads in the Academic Swamp

評者:ロバート・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表)

解題

『慰安婦のデマ』の書評を執筆した、ロバート・D・エルドリッヂは、1968年に米国ニュージャージー州で生まれ。1999年に神戸大学で日本政治外交史の博士号を取得した。彼は沖縄問題に関する著名な研究者であり、2003年には『沖縄問題の起源 ― 戦後日米関係における沖縄 1945 – 1952』(名古屋大学出版会)を執筆し、アジア・太平洋賞の特別賞を受賞した。その後、大阪大学の助教授として勤務し、沖縄の基地問題に取り組むために在日米海兵隊の外交政策部次長に就任した。

2015年2月、辺野古闘争がピークを迎えるなか、キャンプ・シュワブ前で抗議活動をしていたリーダー格の男性が刑事特別法違反の疑いで逮捕された。逮捕の正当性は、基地と道路の間に引かれていた黄色のラインを男性が越えたかどうかが争点となり、男性はラインを越えていないと主張し、沖縄のメディアは男性の逮捕を不当とする声を報道した。しかし基地のカメラには男性がラインを越えていた様子が記録されていた。エルドリッヂは、嘘と欺瞞がまかり通る沖縄の現状を放置することができず、男性の逮捕が不当でないことを明らかにするため、翌3月にYouTube番組のキャスターに映像を提供し、その動画が公開された。その動画は機密性の無いものだったが、米海兵隊は、沖縄の反米圧力に屈し、この行為が「非公式なルートで不適切に公表された」として、彼を解任した。

エルドリッヂは嘘と欺瞞が真実を凌駕するというこの経験から、この危機に対する警鐘を鳴らすために、この書評を執筆したと推測される。彼は、「知性があるのに、その知性を使って正しいことをする勇気を持たないことほど罪なことはない」と言っているが、社会や文化を進化させるための学問が、学者の良識と勇気が欠落したために、逆に社会の退化や廃退を招くという重大な警鐘を鳴らしたかったのであろう。さらには心ある学者やジャーナリストの奮起を促したかったのだろう。

書評 (JAPAN Forward 掲載の英文を翻訳)

翻訳:一二三朋子(国際歴史論戦研究所 上席研究員)

書籍:ジョン・マーク・ラムザイヤー著、李宇衍・柳錫春訳『ハーバード大学教授が教えてくれる慰安婦問題の真実(副題:太平洋戦争における売春契約)』(メディアウォッチ社 2024年)

評者:松木國俊(国際歴史論戦研究所 上席研究員)

解題

本書はハーバード大学教授ジョン・マーク・ラムザイヤーの著作であり、2024年1月3日、韓国の出版社メディアウォッチ社より韓国語で出版された。

タイトルは『ハーバード大学教授が教えてくれる慰安婦問題の真実(副題:太平洋戦争における売春契約)』となっており、韓国語への翻訳は落成台経済研究所研究員の李宇衍、元延世大学教授の柳錫春の二人が取り組んでいる。 

書評の中で言及されているとおり、2023年に日本語に翻訳され出版された『慰安婦性奴隷説をハーバード大学ラムザイヤー教授が完全論破』(ハート出版 2023年)とともに、慰安婦をめぐる画期的な研究書である。ラムザイヤー教授の完璧な論考が韓国語に翻訳・出版されたことは、韓国国内の世論にすこぶる大きな影響を与えると考えられる。

ラムザイヤー教授の日本語訳版『完全論破』の書評については、この「最近の国際歴史論戦研究の紹介」でジェイソン・モーガンの書評を紹介しているので、そちらを参照していただきたい。

 評者の松木は、当研究所の上席研究員であり、総合商社の駐在員として4年半韓国に滞在した経験がある。韓国の事情を熟知しており、著書には『ほんとうは「日韓併合」が韓国を救った』(ワック出版)『軍艦島・韓国に傷つけられた世界遺産(英語版書名Gunkanjima【Battleship Island】A World Heritage Site Soiled by Korea)』(ハート出版)など多数の韓国関連書籍がある。

書評の中で松木の述べている慰安婦問題に関する韓国国民の特異な感情的反応は、国際的に広く知らしめるべきであり、その点でこの書評は世界中の多くの人々に読まれることが期待される。

ジョン・マーク・ラムザイヤー著、李宇衍・柳錫春訳『ハーバード大学教授が教えてくれる慰安婦問題の真実(副題:太平洋戦争における売春契約)』(メディアウォッチ社 2024年)

ラムザイヤー論文集日韓同時出版の意義

国際歴史論戦研究所
上席研究員 松木國俊

ハーバード大学ラムザイヤー教授が、慰安婦性奴隷説を論破した論文の数々を一冊にまとめた本『慰安婦性奴隷説をハーバード大学ラムザイヤー教授が完全論破』(以下『完全論破』)(ハート出版 2023年)が、2023年12月13日に日本で刊行され、続いて2024年1月3日、韓国でも同様の書籍が出版された。タイトルは『ハーバード大学教授が教えてくれる慰安婦問題の真実(副題:太平洋戦争における売春契約)』(以下『慰安婦問題の真実』)である。

同書の構成及び内容は『完全論破』とほぼ同じであり、最後の章でラムザイヤー教授と前早稲田大学教授の有馬哲夫氏との共著論文「北朝鮮とのコネクション」が取り上げられている点のみが『完全論破』と異なっている。

 当該論文集の韓国語への翻訳は、落星台経済研究所研究員の李宇衍氏、及び前延世大学教授柳錫春氏の二人によって行われた。李宇衍氏は、2019年に韓国で刊行された『反日種族主義』の著者の一人であり、経済学博士として韓国経済の発展段階を客観的に分析し、日本による統治を極めて肯定的に評価している。2019年12月からは、毎週水曜日に日本大使館敷地前で「慰安婦像撤去、反日水曜集会中断、正義連(元韓国挺身隊問題対策協議会)解体」を要求するデモを単独で展開しており、行動派の人物でもある。

もう一人の翻訳者、柳錫春氏は社会学博士であり、「発展社会学」の見地から、日本統治時代を冷静かつ公平な視点で研究している。彼は、後に触れるように、延世大学の講義中に「日本統治時代の真実」を語ったために教職を追われ、反日勢力から告発されて現在係争中の身にある。

今回『慰安婦の真実』を韓国内で出版することが出来たのは、歴史の真実を広めるべく奮闘している、両翻訳者の熱意と使命感に負うところが大であり、慰安婦の嘘を論破したラムザイヤー論文の内容を、一般韓国人が知るところとなった意義は限りなく大きい。

本書の刊行は、慰安婦問題の根本的解決に向けた、最も画期的で重要なステップとなるだろう。

従来、韓国において慰安婦問題は、誰も異を唱えることのできない「聖域」とされており、本当は「売春婦」だった「慰安婦の実態」を口にすれば「慰安婦被害者を冒涜する売国奴」として糾弾され、場合によっては社会から抹殺された。

『反日種族主義』(未来社2019年)の編著者であるソウル大学名誉教授李栄薫氏は、2004年に「従軍慰安婦は売春業」「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」と真っ当な発言をしたところ、韓国挺身隊問題対策協議会から教授職辞任を要求され、同年9月には元慰安婦に対し韓国式の土下座を強要されている。

また世宗大学名誉教授の朴裕河氏は、2013年に上梓した『帝国の慰安婦』(プリワイパリ2013年)の中で「日本軍兵士と慰安婦は同志的関係にあった」と真実を書いたところ、元慰安婦側から「名誉棄損」で提訴された。地裁レベルでは敗訴を重ね、今年2024年4月に最高裁で無罪を勝ち取るまで実に10年を要している。

さらにラムザイヤー論文翻訳者の一人である柳錫春氏は、2019年9月延世大学で行った「発展社会学」の講義で、「農地の40%が日本に収奪された」「米を収奪された」「若者が強制連行されて奴隷労働をさせられた」「女性が挺身隊として連行され慰安婦にさせられた」という韓国では「常識」とされている話が、日本統治時代の実態とはかけ離れていることを論理的に説明。これに反発した正義連や元慰安婦から名誉棄損で訴えられ、本年2024年1月の一審判決では柳錫春氏が一部勝訴するも、原告、被告とも控訴し、現在裁判が継続中である。

2021年1月12日、ラムザイヤー教授の論文が産経新聞の英語ニュースサイトで取り上げられた際には、韓国全土が半狂乱の状態と化した。ハーバード大学の大学者に慰安婦問題の「嘘」を暴露されたのだから堪らない。日本のNHKにあたる韓国公共放送KBSは連日これを取り上げて激しく攻撃した。メディアに煽られた一般の韓国人も、英文で書かれた論文の内容など知らないまま、「青い目をした日本人」という感情的なレッテルを貼り、ありとあらゆる罵詈雑言を同氏に浴びせたのだ。

一体なぜこれほどまでに「学問の自由」が踏みにじられ、人権まで傷つけられるような理不尽な事態が韓国で発生するのだろうか。

もともと政権が変わるたびに歴史を作り変えて来た中国や韓国では、考証や検証などによって「真実の歴史」を明らかにすることは無理だと考えられている。彼らにとって「歴史」とは自己正当化の手段であり、自分たちに都合の良い「あるべき歴史」を作り上げて、これを押し通すことが何より重要となるのだ。その具体例をここに挙げてみよう。

元通産官僚でソウル大使館の参事官を務めた松本厚治氏によれば、1991年に設立された「日韓合同歴史教科書研究会」が韓国で開催したセミナーで、尹世哲ソウル大学教授は「被害国韓国の立場を尊重し、日本が事実にこだわる頑なな態度を捨てて教科書を書き直せば問題を解決できる」と語ったという。韓国を代表して日本人の前に現れる学者は大部分こんな考えの人たちだと松本氏は指摘している。

以上で明らかなように、韓国の社会では、学者が歴史的事実を証拠に基づいて論証しても、それが自分たちの考えと違えば決して納得しない。まして慰安婦問題は、韓国で既に「聖域」となっている。その真実に触れるだけでヒステリー状態となり、即土下座、謝罪させられ、裁判にかけられるという、まさに中世の魔女狩り的不条理がまかり通って来たのだ。

ではどうすればこのような状況を打ち破ることが出来るだろうか。それには真実を語るものが国境を越え、連携して行動する以外にないだろう。その意味からも、今回のラムザイヤー論文集である『完全論破』と『慰安婦の真実』の日韓同時発売は快挙であった。

これからも日米韓の慰安婦問題研究者が相互の絆を深めつつ、歴史の真実を、声をそろえて日韓両国民に、そして世界に向かって強く訴えるべきである。それでこそ韓国の「常識」が「非常識」となり、やがて彼らも慰安婦問題の真実を受け入れる日が来るに違いない。

もちろんそれはたやすい道ではないだろう。特に、反日感情の強い韓国でラムザイヤー論文を本にまとめて出版することは、身の危険を感じるほどの恐怖を伴ったはずだ。

だがここで葛藤を恐れては前に進むことは出来ない。慰安婦の実態を白日の下に晒した『慰安婦の真実』の出版は、慰安婦問題解決の突破口となる可能性を十分に秘めている。

本文の結びにあたり、本書の翻訳にあたった李宇衍氏、柳錫春氏、そして本書を発刊したメディアウォッチ社の勇気と決断に心より敬意を表する次第である。

評者:国際歴史論戦研究所顧問 阿羅健一

原著:Peter Harmsen, Bernhard Sindberg The Schindler of Nanjing(Casemate Publishers 2024)
  (ピーター・ハームセン『バーナード・シンドバーグ 南京のシンドラー』)

解題

この本はデンマーク人バーナード・シンドバーグの伝記で、バーナード・シンドバーグは支那事変が起きたとき上海におり、戦線が南京へ広がり、デンマークの会社が南京郊外に建設中のセメント工場に被害がおよぶ恐れが出たため、12月初旬に工場へ派遣され、翌年3月までその管理にあたった。

本の扉に記述されている要約によると、南京城内で大虐殺が行われていたときシンドバーグは工場の近くにいた1万人の避難民を受けいれ日本軍の迫害から守り、ホロコーストからユダヤ人を守ったシンドラーに匹敵するアジアでの人物であるという。

シンドバーグは無名に近い人物で、当時26歳の青年、格別のこともなく、伝記といってもほとんどが支那事変初期の出来事に割かれている。のちにアメリカへ帰化、太平洋戦争に従軍し、1983年にロスアンジェルスで死んでいる。

著者のピーター・ハームセンは、国立台湾大学で歴史を学び、中国語に堪能、東アジアで通信社の特派員として20年以上働いた。この間、ベストセラーとなった「上海、1937年」など支那事変初期に関する3部作を著している。その流れでこの本も書かれ、イギリスとアメリカにあるにあるケースメイト出版社から2024年に刊行されている。

評者の阿羅健一は1944年、宮城県生。東北大学卒業。現在「南京事件」問題では最高峰の研究者。少なくとも最高峰の1人としての研究者。それゆえに、この書評には重みがある。高校時代に伊藤正徳の『大海軍を想う』(文芸春秋新社 1956年)を読み、日本が軍隊を持たないことの悲哀を覚ったという。そして昭和史、戦後史を研究するようになるが、その過程で警察予備隊創設に際し、旧軍人を排した吉田茂に批判を抱くようになる。軍事史に関する著書として『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館 2002年)、『【再検証】南京で本当は何が起こったのか』(徳間書店 2007年)、『日中戦争はドイツが仕組んだ-上海戦とドイツ軍事顧問団のナゾ』(小学館 2008年)、『秘録・日本国防軍クーデタ―計画』(講談社 2013年)などがある。

書評

棲霞山寺近辺で起こったこと

バーナード・シンドバーグという名は南京事件を研究している人には知られていた。

東京裁判に提出された「南京安全区档案 第六十号 棲霞山寺よりの覚書」のなかに、棲霞山寺は南京陥落前後から2万400人もの避難婦女子を抱え、1月4日から日本兵がやってきて24件以上の強姦が起き、殺人は3件、略奪も多数起き、1月20日ころも女を求めてくる日本兵がいたが、日本軍が交代して好転した、と記述されていた。この覚書を国際安全区委員会に提供したのがバーナード・シンドバーグである。

「南京安全区档案 第六十号」は法廷で読みあげられなかったものの、マギー牧師が証言台に立ったとき、昭和13(1938)年2月に棲霞山のセメント工場へ行くと、村長格から、工場には1万人の避難民がおり、日本兵がやってきて女を出すよう要求し、聞かないと暴行をしたと聞いたと証言し、そのほかデンマーク人から、ひとりの男が城内へ向かったところ城内で殺されていたと聞いた、と証言している。

 1990年代の時代に入ると、マギー牧師が棲霞山を視察したさいの記録が明らかになった。それによると、2月ころ棲霞山寺の避難民は1千人まで減ったが、代わりにセメント工場の避難民が1万人に増え、それらをシンドバーグが管理し、シンドバーグや村のひとが語るところによると、一帯ではそれまで700から800人の民間人が殺され、強姦は数えきれず、いまでも女性の要求は続き、殺人も起きているというものであった。

「南京安全区档案」と日本軍の動き

 こういったことに対してまずあげられたことは、「南京安全区档案」が南京にいた宣教師の宣伝工作による文書あり、事実を記述しているといえないということである。また、日本軍の行動を見ると、マギーの証言と棲霞山視察記録は事実に反しているということである。

南京は12月13日に陥落し、南京まで進んだ部隊は20日に新たな配置を命ぜられる。第16師団が南京を警備し、ほかの師団は蘇州や蕪湖などで警備につくと決まり、24日ころから移動が始まる。第16師団は主力が南京城に配置され、一部が抹陵関、堯化門、湯水鎮、棲霞山、新塘、丹陽など南京郊外に配置された。

棲霞山は、南京城の東北25キロにあり、南京城を朝に出発するなら夕方までには着く。南京と上海を結ぶ鉄道に棲霞山駅があり、そのまわりに棲霞山寺や大きいセメント工場がある。

第16師団の配置された郊外は、当初、南京防衛のため中国軍が配置され、やがて南京を目指した日本軍が進出し、空爆も行われ、中国軍は敗走する。日本軍はそれらを通って南京城へ向かい、一帯は後方地域となる。

第16師団は昭和12(1937)年9月から北支で戦い、中支に転戦し、南京まで攻め、南京で警備についた。郊外への配置では、本来なら警備と訓練であるが、将校たちが戦闘詳報と陣中日記の作成に追われたものの、兵たちはのんびりと休養を送ることになった。

食糧は南京陥落まで十分でなかったが、陥落後に輜重部隊が追及、12月下旬になると揚子江を通しても届きはじめる。正月を迎えることもあって、餅米、数の子、勝ち栗、鯛の缶詰などが届けられ、餅つきもいたるところで行われた。徴発のつづく部隊もあったが、12月28日には上海と南京間の鉄道が復旧し、おおむね平穏であった。

セメント工場に配置されたのは奈良の歩兵第38連隊第1大隊の第1中隊と第1機関銃隊で、その伍長である岡崎茂に対し東中野修道氏がインタビューした記録がある(東中野修道『南京『事件』研究の最前線 平成十七・十八年合併版』(展転社 2005年))。岡崎茂は軽機分隊の分隊長で、小隊の指揮をとったこともあるのだろう、兵隊の行動をよく把握しており、セメント工場での兵隊の生活もよくわかる。

それによれば、セメント工場のまわりに民家はない。工場は鉄条網が張りめぐらされ、自由に出入りできない。食糧は十分届いており、兵士の任務は兵器の手入れくらいで、兵隊は暇を持てあまし、トランプを使った賭け事が流行り、敗けこんだ兵隊が脱走する事件が起きた。それ以外、特段の乱れは起きていない。数キロ離れた棲霞山寺には第1大隊のほかの部隊が駐留していたのであろう。

第16師団は配置についたものの、早くも1月8日に転用が決まる。兵隊は南京を離れることを知らされるが、それ以上のことは皆目わからず、凱旋するものと考える兵も多かった。13日には指示が出て、準備が始まる。末端まで指示が届くのは数日かかるが、17日には師団司令部で送別会が行われる。日本軍が棲霞山にいたのはおよそ20日間で、最後の1週間は出発準備に追われたであろう。

出発にさいしては、南京から乗船して上海を目指す部隊と、鉄道を使って上海へ向かう部隊とに分かれる。湯水鎮で警備していた部隊は上海寄りの鎮江まで行軍し、そこから列車で上海へ向かった。棲霞山の部隊もそうであったろう。おおむね20日から28日にかけ南京を出発している。第16師団は上海からふたたび北支へ向かった。

このような日本軍の行動から、棲霞山寺では1月20日以降も女性を出せと日本兵が言ってきて、セメント工場では2月も続いているというが、そのころ第16師団はここにはいない。

本書の記述の問題

本書『バーナード・シンドバーグ 南京のシンドラー』によれば、棲霞山では多くの避難民が出て、避難民は棲霞山寺に避難し、急ごしらえの藁と竹からなる建物で生活し、雪や寒さをそこでしのいだ。やがて棲霞寺への避難民はセメント工場へ移る。

1月11日、シンドバーグは手紙に、工場は安全で従業員と家族100人がおり、工場のまわりに3千から4千人の難民がいるが、食糧も2月中旬までは持つ、と書いている。

1月23日にはアヒル20羽を城内の国際安全区委員へ持っていき、食糧は城内より豊富であった。シンドバーグは南京国際安全区委員会と関係なかったが、セメント工場から車に乗れば1時間半ほどで南京に着くことができ、工場と城内をたびたび行き来している。12月20日に初めて国際安全区委員会を訪れ、委員長のラーベのほか委員のスマイスやマギー牧師にも会っている。

また、日本兵が棲霞寺に入ることはなかった。セメント工場は貼紙がされ、日本兵が工場に来て女性を求めるが、デンマークの旗を出すと日本兵は去っていった。

このようなことが記述されており、シンドバーグは市民殺戮を目撃したわけでなく、東京裁判に提出された証拠からもほど遠い。

日本軍の仕業としてあげられていた事件は、もともとなかったものか、中国の敗残兵や不法者の仕業のものであろう。城内での出来事を多数記録した安全区档案が架空の出来事を記録しているように「南京安全区档案 第六十号」やマギー牧師の視察記も同じであろう。

ピーター・ハームセンは何を書こうとしたのだろうか

ピーター・ハームセンは何を書こうとしたのだろう。

日本の残虐性、不法行為を書こうとしたのか。

しかし、日本軍がそこにいたかどうか日本軍の資料と照らし合わせるまで考えが至らず、東京裁判や宣教師の記録を引きうつし、工場での被害をすべて日本軍によるものとするだけである。

戦場の悲惨さを書こうとしたのか。

一帯に避難民が出たのは両軍の軍事行動によるもので、ここでもピーター・ハームセンはそれらをすべて日本軍によるものとし、中国軍に目がいっていない。シンドバーグは避難民の救助にあたったが、救助にあたったというのなら、日本軍からではなく、中国の敗残兵と不法な中国人からであろう。

シンドバーグの勇敢さを書こうとしたのか。

シンドバーグは23歳のとき中国へ向かうが、船上で甲板長を殴り、別の乗組員をナイフで刺そうとし監禁される。3年後、セメント工場の管理を任せられるが、工場へ向かうさい日本軍の命令に従うように注意され、工場ではまわりの者をピストルで脅すなどして昭和13(1938)年3月には管理の役を辞めさせられている。勇敢というより乱暴者であった。

なぜシンドラーになぞらえられたのか

副題に「南京のシンドラー」とつけられている。

シンドラーはドイツの軍需工場経営者で、ユダヤ人従業員を雇っていた。ユダヤ人に同情し、収容所将校と親しい関係にあり、ノルマをあげる名目で収容所に入れられた1千200人のユダヤ人を救った。

「バーナード・シンドバーグ 南京のシンドラー」は、数百万の死をもたらしたドイツ国旗が南京では生命を助けるため使われていると記述しており、南京での避難民救助をドイツのユダヤ救出になぞらえているのだろう。

ヨーロッパには反ユダヤの歴史があり、第二次大戦中、ドイツはユダヤ迫害を行った。ヨーロッパに反ユダヤ主義があったとすれば、当時、東アジアには大アジア主義があった。日中が提携して欧米に対処するというもので、支那事変が起きて日中は戦ったが、日本は漢民族を抹殺しようとしたわけでなく、といって欧米を迫害したわけでもない。

シンドラーは成績証明書を改竄するような人物で、チェコでスパイ活動をし、闇商売で工場を大きくした。そのような人間性と通じるところからシンドバーグをシンドラーになぞらえているとしか思えない。

シンドラーになぞられた人は以前にもいた。平成8(1996)年、ドイツ人ラーベの日記が公開されたとき、ラーベは南京市民を救ったとしてシンドラーになぞらえられた。

ラーベは南京で貿易に従事し、南京陥落後、市民救済に動いた。しかし、南京で市民殺害が起きたわけでなく、ラーベが市民を殺害から救ったわけでもない。ラーベの行動は日本に敵対し、南京の復興を遅らせただけである。シンドラーになぞられる話ではなかった。

 結論

 それでは、なぜ、いま、このような本が刊行されるのか。

本書『バーナード・シンドバーグ 南京のシンドラー』は、これを根拠づける史料や資料という観点から見ても、何ら新しいものはなく、報復のため行われた戦争裁判の資料を並べただけで、新たな証拠に基づく研究が加えられたわけでない。敢ていうならば、歴史を正し、事実を広めるという姿勢が日本に見られないため、日本に関しては何を書いても許されるという風潮が世界に流れ、このような本が出版されたというよりほかはない。

評者 タダシ・ハマ

原著 著者 ハリー・レイ(原著)、杉原誠四郎(著者)日本人の原爆投下論はこのままでよいのか ―原爆投下をめぐる日米の初めての対話

解題

この書評の書『日本人の原爆投下論はこのままでよいのか-原爆投下をめぐる日米の初めての対話』(日新報道 2015年)は、アメリカ人ハリー・レイが日本人が一般に抱いている原爆投下論を批判したのに対して、日本人杉原誠四郎が、ハリー・レイの論考の章ごとに日本側に立って、章ごとに、反論を主として日本側の立場からのコメントを付したもので、それを原爆投下をめぐる日米の初めての対話として出版したものである。日本語版はハリー・レイの英文部分を、明星大学で博士号を取得し、同大学戦後教育史研究センターで占領下の教職追放の研究をした山本礼子が担当し、2015年、日新報道より出版された。英語版は、Bridging the Atomic Divide: Debating Japan-US Attitudes on Hiroshima and Nagsaki と題して、杉原の和文部分を、中国系オーストラリア人のノーマン・フーが担当して訳し、2019年、Lexington Books より出版された。

 共著者の1人、ハリー・レイは1931年、アメリカのネブラスカ州で生まれ、本書の英語版は見ずして2017年に没した。1971年ハワイ大学大学院を修了し、日本に長く滞在し日本の幾つもの大学で教鞭を執った。占領期教育改革の研究では占領下の教育改革に携わった日本側の50人、占領軍側の28人のインタビュー行い、占領教育史の研究で多大な貢献をなした親日家である。

 他方の著者杉原誠四郎は1941年広島市の生で、原爆投下寸前まで爆心地の近くに居住していた。1967年東京大学大学院教育学研究科修士課程を修了。博士課程に進まなかったのは、戦後の日本で自虐史観を振りまくことで多大な役割を果たした日本教職員組合(日教組)の講師団の団長を務めていた主任教授と対立したからといわれている。

 この書評の評であるタダシ・ハマは、この書評を2019年9月、「史実を世界に発信する会」より次のようにして発表した。

<書評>
『日本人の原爆投下論はこのままでよいのか
-原爆投下をめぐる日米の初めての対話』
ハリー・レイ & 杉原誠四郎
(レキシントンブックス 2019)

 ニュースレター No.231で、日本とアメリカとのあいだで長いあいだ避けられてきた極めて敏感な問題につき、率直にして忌憚のない対話をしたとして、この新しい本を紹介している。

 書評はタダシ・ハマによって書かれたもので、この書評に対しては、この本の著者の1人である杉原誠四郎教授によってさらにコメントが寄せられている。

 著者のハリー・レイはバランスの取れた対話となるように原爆について対話していきたいと述べており、そして占領期になされた東京裁判のような、戦勝国が敗戦国になす一方的なものであってはならない、と述べている。が、しかし、冒頭から、日本に向けて「人道に対する言い訳のできない罪を犯し続けた」と誹謗し、そしていろいろ述べるなかで、あたかも確定した歴史的事実であるかのように、韓国人女性を強制的に売春婦にしたとか、あるいはいわゆる「慰安婦」にしたとか、そして「南京事件」があったとか述べている。

 ハマの批判は、要するにこのような考え方でもっては「バランスの取れた会話」など成り立つはずはないということである。ハマはレイの偏った一方的な考え方について詳細に指摘していく。

 このハマの指摘に対して、著者の杉原は、ハマの見解を肯定しながらも、大統領ルーズベルトが原爆投下の最終的責任を背負うべきだと強調する。そしてこの杉原の指摘こそが、この重要な問題についての2人の対話を成り立たせることになっているのだ。杉原の指摘するところもよく読まれるべきだといえる。

 評者のハマは、チャールズ・A・リンドバーグの『孤高の鷲-リンドバーグ第二次大戦参戦』(Harcourt Brace Jovanovich, 1970)、グッドリッチ・TのSummer, 1945 (The Palm Press, 2018)などを新たに文献に加えて、日米戦にあって、アメリカ側にいかに多くの残虐行為があったかを示した。そのことによって、原爆投下につき、アメリカ側のハリー・レイの主張を否定し、アメリカ側に原爆投下の大義はなかったことを強調している。

 評者のハマは史実に即して言っているわけだから、ハマの言うことには誇張や虚構はない。その意味でこの書評は多くのアメリカ人に読んでもらうべきものだ。

 ハリー・レイの主張はアメリカで一般に広く言われているもので、原爆投下は終戦を早め、日米の犠牲者を少なくするためのものであり、事実、原爆投下によって多くの犠牲者が救われた、というものである。そしてポツダム宣言が出たとき、日本側が受諾しておれば原爆投下はなかったわけだから、原爆投下には日本側にそれ相当の責任があるというものである。

 後に言われることになる、原爆投下によって助かった犠牲者の数には誇張が入っているとしても、多くの人が助かったことは事実であり、そしてまたポツダム宣言が出たとき日本が直ちに受諾しておれば原爆投下はなかったことも事実である。

 が、これに対して、日本側を代表して杉原はどのように反論するか。要点としてはアメリカ側には、ポツダム宣言を出す以前の日本を降伏させ原爆投下をする必要をなくする機会は、ポツダム宣言を日本側が受諾する機会より遥かに何倍かの大きさであった、というものである。

 原爆投下以前に日本を降伏させるというこの政策を採ることを、時の大統領トルーマンのもとで難しくしたのは、前大統領ルーズベルトが日本に対して無条件降伏を強いていたからである。ルーズベルトは日米開戦に当たって、日本は「宣戦布告」なく突如、真珠湾を攻撃したと非難し、国民の戦意を煽り、日本への憎悪を掻き立てた。実際には、日米戦争は国民の見えないところでアメリカが日本を挑発して起こした戦争であり、「宣戦布告」の手交遅延も意図的にしたものではなく事務失態によるものであり、そのことを事実上知りながら、ルーズベルトは日本への敵意を煽り、無条件降伏を日本に強いた。そしてそれをして国民に強く支持させていたのである。その結果、日米戦争は日本に対して本土上陸作戦を実行しなければならないものになり、そのために日米戦争の勝敗がはっきりして以降も戦争を続けなければならなくなり、無駄な犠牲者が日米双方強いられていたのだ。

かくして、共著者の杉原は、ルーズベルトはアメリカ国民にも不必要に途方もなく犠牲者を強いたのであり、その限りでルーズベルトはアメリカ国民をも裏切っていたのだ。そのことをアメリカ人は知ってほしいと、杉原は追加して主張している。

この書評は、原爆投下をめぐり、アメリカ人にも広く読んでほしい書評である。

書評原文(史実を世界に発信する会Webサイトへのリンク)

著者:金柄憲

日本語版出版:文藝春秋社 (Amazonリンク

解題
 評者矢野は国際歴史論戦研究所上席研究員であり、陸上自衛隊陸将補を務めた後、岐阜女子大学、日本経済大学等で客員教授として教鞭を執る。専門分野である安全保障の観点から世界の国際紛争や日本国内に存在する歴史戦に対して日本の立場から数多くの提言を残すと共に、一般財団法人日本安全保障フォーラム会長を務めている。

 本書評は、『赤い水曜日』発行直後に日本国内での販売を後押しするためにAmazonのレビューとして記されたものである。

金柄憲氏は研究者として、また活動家として旧挺体協、現在の正義連が吹聴している「嘘」を暴き、言論と活動の現場で発信していることに対する孤軍奮闘のたたかいが多くの韓国の人々の共感を呼び、大きなムーブメントとなっていった。時に「慰安婦」強制連行を非難する集会では正義連を圧倒することもある。また、金柄憲氏は名古屋で行われた「表現の不自由展」や、フィラデルフィアの慰安婦像設置に併せて現地で韓国人の立場から韓国外でも反対運動を繰り広げた。

 金柄憲氏の主張と行動について、評者は日本人が真実の歴史に触れるばかりにとどまらず、韓国でなされている嘘の教育や対北政策に対する韓国国内における売国的行為に対するカウンターであるとした。

 また、評者はこれらが解決されることによって、日本と韓国の間に真の友好が芽生え、未来志向の発展と共に、共産主義勢力に対して自由主義陣営が勝ち抜くことの重要性を著した一冊であると評している。

日本語で出版されることによって保守的日本人の溜飲を下げるのみにとどめず、日本、韓国そして世界中の良識ある研究者や有識者が一致団結するきっかけとして、金所長が表明する憂慮に応えるためにも、さらに多くの言語での出版が望まれるところである。

当記事では、国際歴史論戦研究所 矢野義昭上席研究員によって書かれた書評を紹介します。

著者:金柄憲(国史教科書研究所)

和訳:宮本富士子
英訳:史実を世界に発信する会

解題

本論文の筆者である金柄憲(Kim byungheon)氏は、成均館大学(Sungkyunkwan University)漢文学科博士課程を修了した韓国史の専門家であり、現在は国史教科書研究所の所長として、韓国教科書の問題に取り組んでいる。

彼は元慰安婦と称する人々とその支持団体が主張する「日本政府による朝鮮人女性強制連行説」があまりにも事実を歪曲していることに義憤を覚え、2019年12月に在韓国日本大使館前で、元慰安婦をめぐるさまざまな「嘘」を告発する記者会見を行った。

以来、正義連(The Korean Council for Justice and Remembrance)(旧挺身隊問題対策協議会(The Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery))が日本大使館敷地前で開く「慰安婦を称える水曜デモ」に対抗して、同じ場所で「反慰安婦団体デモ」を敢行し、慰安婦問題の虚構を訴え続けている。その活動範囲は韓国内に止まらず、昨年6月末には仲間と共にドイツのベルリンまで飛び、区内に慰安婦像設置を許可したミッテ区議会に抗議し、設置された慰安婦像の前で集会を開いて「慰安婦問題の嘘」をベルリン市民に訴えた。

さらに当国際歴史論戦研究所(iRICH)をはじめ、日本側の「慰安婦問題」の真実を追求する団体との協力も進んでおり、昨年8月に名古屋で開催された「表現の不自由展・その後」に対しては「なでしこアクション」と共に名古屋に駆けつけ断固とした抗議を行った。

また、同年11月にはIrichが東京で主催した、慰安婦問題の嘘を糺すための「日韓共同シンポジウム」に参加、韓国教科書に書かれた「嘘」を糾弾した。

同シンポジウムは本年9月にソウルで第二回目が開かれ、元延世大学(Yonsei University)教授の池錫春(Ji Seokchoon)氏や落星台経済研究所 (Naksungdae Institute of Economic Research)の李宇衍(Lee Wooyeon)氏らと共に韓国側代表として登壇し、慰安婦を巡る韓国小中学校の教科書の歪曲・捏造の実態を具体的に示し、これらを徹底的に批判している。

本論文は金柄憲氏が自己の主張するところを簡潔にまとめたものである。慰安婦問題の重要ポイントが網羅されており、元慰安婦や左翼市民団体の主張が、極めて論理的かつ緻密な分析によって完全に論破されている。 なお、本論考の英文、和文は「史実を世界に発信する会」からすでに公表されているので、ここではリンクを張っていることをご了解頂きたい。

本文(史実を世界に発信する会Webサイトより) 日本語 英語

著者:Jason Morgan(麗澤大学准教授)

著者プロフィール:
ジェイソン・モーガン、麗澤大学国際学部准教授、ウィスコンシン大学大学院博士号獲得(2016年、日本史)、1977年にアメリカ合衆国ルイジアナ州生まれ、専攻は日本史、東洋思想史、法哲学などです。専攻に興味を持った理由は、体験したさまざまな文化圏の歴史意識、法意識などが異なっていて、それぞれ比較する過程で歴史の影響、思想史、法哲学などの影響に気付いたことがきっかけです。

出典:Substack, A Massacre in the Making: Separating Truth from Fiction about Nanking

和訳:一二三朋子(国際歴史論戦研究所 上席研究員)

解題

南京において30万人が虐殺されたというありえもしないデマは、これまであたかも真実のように語られ、信じられてきた。モーガン氏の論考“A Massacre in the Making: Separating Truth from Fiction about Nanking  Think through the evidence for yourself”は、一方的で偏った英語の情報により語られ信じられてきた南京事件について、日本人による日本語文献を数多く紹介しながら、南京事件(南京物語)の背景を丹念に論究している。中でも池田悠『一次史料が明かす南京事件の真実―アメリカ宣教師史観の呪縛を解く』(2020 展転社)は、実は中国軍支援保護目的だった安全区・国際委員会を設立したアメリカ宣教師団こそが、南京事件の発信源であったことを究明した決定的な著作である。これまでの「南京事件」論争はついに決着を見たといえよう。池田の明らかにした南京事件の真実と同時に、アメリカの研究者が英語で紹介していることを、当の日本人はもっと知るべきであろう。

本文(PDF)