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2024年台湾総統選の結果と中台関係

令和6年(2024年)1月

国際歴史論戦研究所 上席研究員

河原昌一郎

【英語版】https://i-rich.org/?p=1802

1 2024年台湾総統選の結果

 2024年台湾総統選では、与党・民主進歩党(以下「民進党」)の頼清徳候補が約40%の得票率で当選した。選挙戦では野党第一党・中国国民党(以下「国民党」)の侯友宜候補と野党第二党・民衆党の柯文哲候補と三つ巴の争いとなり、頼清徳候補がやや有利と見られたものの最後まで予断を許さない状況であったため、今回の結果に、欧米諸国をはじめ民主主義陣営に属する人々はひとまず胸をなでおろしたことであろう。ただし、同時に行われた立法院の選挙では、民進党は過半数を割り込んでおり、今後の台湾政治の不安定要因となることが懸念される。

この度の選挙戦で最大の争点となったのは、中共との向き合い方であった。

 民進党・頼清徳候補の対中共姿勢は、基本的に現在の蔡英文政権の路線を継承し、中共とは一定の距離を保ちつつ、その圧力には屈しないというものである。

 これに対して、国民党・侯友宜候補は、中共との融和路線を基本とし、中台間での話合いを通じた経済関係の強化・拡大を強調する。

 また、民衆党・柯文哲候補は、両候補の間をとり、米国と中国との橋渡しをすると主張した。

 こうした三者による選挙戦が進む中で、中共は台湾に親中政権を樹立するため、親中派である国民党・侯友宜候補に票が集まるよう、選挙干渉のためのあらゆる活動を行った。軍事的圧力、貿易制限、報道機関への干渉、フェークニュースの流布、台湾有力者の中国招待、台湾企業家への経済的便宜、台湾若者の中国留学、等、等である。

それでは、中共は、なぜそこまで躍起になって台湾に親中政権を樹立しようとするのだろうか。それは、そのことが中共の台湾統一シナリオに直結しているからである。以下で、そのことを見ていきたい。

2 中共の台湾平和的統一シナリオ

 中共の台湾統一シナリオには平和的統一と軍事的統一の2つのシナリオがある。巷間、よく議論されるものは軍事的統一シナリオであるが、軍事的統一は言うなれば最後の手段であり、平和的統一がまず追及されるべきシナリオである。

 台湾の平和的統一で、中共がこれまで対立していた国民党を逆利用することを思いついたのは、国民党が初めて野に下った2000年代初めのことであった。当時、国民党は政権を失った打撃が大きく、困窮していたが、そこに手を差し伸べて国民党の取込みを図ったのが中共であった。その総仕上げとも言うべきものが2005年4月29日の連戦国民党主席と胡錦涛共産党総書記との国共トップ会談である。同会談は第三次国共合作とも称された。同会談では五項目の共通認識(以下「五大願望」)が表明されたが、五大願望はまさに中共の台湾の平和的統一シナリオを明示したものである。その内容は、①両岸の協議を再開させること、②両党で定期交流の場を持つこと、③台湾の国際活動のあり方を協議すること、④両岸の全面的な経済貿易協力関係を形成すること、⑤両岸平和協定を締結すること、であった。

 2008年に政権を回復した国民党の馬英九はこの五大願望を忠実に実行した。ただし、経済貿易協力関係については、2010年の経済協力枠組協定の締結で大幅な自由化が実現したものの、サービス貿易協定の承認が学生等による反対運動(ひまわり学生運動)で挫折し、発効しないままとなった。2011年には両岸平和協定を持ち出したこともあったが時期早尚の感が否めず島内で強い反発に会い、速やかに撤回せざるを得なかった。その後の蔡英文政権では、当然、サービス貿易協定も両岸平和協定もお蔵入りとなり、現在に至っている。

 中共の台湾での親中政権樹立の狙いは、まず、このサービス貿易協定を発効させること等により、台湾でのメディア、出版、金融保険等の分野での支配を進めることである。柯文哲候補と侯友宜候補は選挙戦序盤でこのサービス貿易協定の発効を主張していたが、このことからも両者が中共の「手の者」になっていることが窺がえよう。

 そして、台湾での言論を支配した上で、一国二制度の考えを台湾人に浸透させることである。中共の考えでは、台湾人の一国二制度に対する反発が台湾統合の妨げの要因となっている。その要因を除去しようというものである。そうして台湾人の抵抗感を極力低めた上で、平和的に両岸平和協定を締結する。

 もとより、現実に両岸平和協定の締結に至るには、想定不可能な極めて複雑な状況に遭遇することとなろうが、大筋のシナリオは以上のようなものとなろう。いずれにしても親中政権でなければこうしたシナリオの実現は不可能であるが、今回の選挙ではそれを実現させることができなかった。中共の目論みは頓挫したのである。

3 武力統合と台湾の国家性

 中共のとるべき残るシナリオは軍事的統一すなわち武力統合であるが、これについては台湾の国家性に関する扱いが事の成否を左右する重要な問題となる。台湾への武力行使に外国の干渉が国際法上許されるのかという問題である。

 中共は台湾の国家性は認めず、中共の台湾への武力行使は中国という一国家内の内政問題だと主張する。台湾政府は国内の反乱団体に過ぎず、これへの武力行使は内政問題であり、内政問題には他国は干渉できないはずだと言うのである。

 これに対して、台湾の民進党は、台湾は十分な国家性を有しており、実態として分断国家であるとする。両岸の現実は、台湾の中華民国と大陸の中華人民共和国がそれぞれ並列的に分断国家として存在しているのであり、中共はその現実を認識すべきであると主張する。これによれば、中共の台湾への武力行使は、明白に国連憲章第2条第4項で禁ずる他国への侵略行為に該当し、他国の干渉を受けてもやむを得ないこととなろう。

 ところが、同じ台湾の政党であっても、国民党はこれとは異なる考えを持っている。国民党は蒋介石以来の伝統として「中国は一つ」との党是を維持している。敢えて主張しなくなったが、台湾は大陸をも含む中国国家の一部だとする考えを捨ててはいない。

なお、民衆党は国家観については口をつぐんだままであり、見解を明らかにしていない。

 このように台湾内部で国家観が異なることには留意が必要であるが、この30年来の民主主義の実践を通じて、台湾人の圧倒的多数は自身が事実上独立した国家で生活していると認識しており、台湾が中国国家の一部だと考える人はごくわずかとなっている。

 台湾が実体的な独立国家であることは国際法上も是認されるであろう。モンテビデオ条約での国家の要件は、「永続的住民」、「明確な領域」、「政府」、「他国との関係を取り結ぶ能力」の4点であるが、台湾はこれらの要件を問題なく満たしている。また、この30年来の独立した民主国家としての台湾の継続した活動を知らない国はないだろう。台湾が事実として独立した国家であることは疑いようのない事実である。中共は詭弁を弄しているにすぎない。台湾を事実上国家として扱うことが台湾の国際的地位を高め、台湾の安全にも資するのである。

4 今後の台湾海峡と東アジア

 今回の総統選で、蔡英文路線を引き継ぐとする頼清徳候補が当選したことから、台湾海峡の情勢が急速に不安定化するという懸念は薄れたが、中国による台湾への軍事的圧力はますます強化され、両岸の軍事的緊張は強まるであろう。

 一方で、東シナ海、南シナ海を含めて、東アジアでの米中の対立が深まる中で、米国にとって、東アジアの民主国家台湾の防御価値はかつてなく高まっている。このため、中国の台湾への武力行使に米国が介入しないことはあり得ないだろう。台湾は、民主主義陣営を率いる現在の米国の東アジア政策の要となっており、台湾の放棄は米国のアジア政策の崩壊と敗北を意味する。  こうした中、今回の総統選挙の結果によって、とりあえず中共の平和的統一のシナリオが進展することを阻止できたことは民主主義陣営にとっては朗報であった。ただし、繰り返しになるが、立法院選挙では過半数を確保できなかった。このことは、政権運営に多くの困難をもたらすこととなろう。頼清徳政権の今後は、決して楽観視できるものではないのである。