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国際歴史論戦研究所 研究員
野々田峰寛

1.はじめに - インターネットの普及と現在

 1994年に商用利用が解禁されたインターネットは、現在我々の社会生活に必要不可欠なインフラとなった。また、ありとあらゆるものがネットワークで繋がるユビキタス社会は筆者が2022年12月論説で取り上げた坂村健教授が1980年代に構想した「全てのものがネットワークに繋がる社会」(ユビキタス、後のIoT) [1]がTRON構想から30余年経って実現した。

 本稿ではそれと同時に情報の発信や共有の流れが大きく変化したことに着目し、World Wide Web(WWW)における情報集約について述べ、歴史論戦にとの関わりを述べる。

2.Web1.0からWeb3.0へ

 Web1.0では多くの個人がWebサイトを持ち、日記から、ペットの写真など、趣味・関心事を情報発信した。この時代のWWWの特徴は情報の「送り手」と「受け手」が明確に存在する。この世代のWWWでは専門知識や情報は個々のWebサイト内部で完結し、検索エンジンにより情報を探り当てる手法で必要な情報を入手していた。

 Web2.0 [2]では情報が情報を発信する為のプラットフォームに集中していく。YouTubeやWikipediaといったサービスがプラットフォームとして挙げられる。Facebook、Instagram、LINEなどのソーシャルネットワーキングサービスには多くのユーザーが集い、双方向の情報発信を行う。これらは私企業が提供しており、プラットフォームを運用するインフラを提供する企業が台頭することは自然なことである [3]。いわゆるGAFAMと呼ばれる企業が有名であり、これらの企業は、情報を「コミュニティルール」の名の下に統制する。

 Web3.0 [4]はプラットフォーム依存の脱却を目指す。究極はGAFAMからの脱却によるWWWがより自由空間となるための試みと捉えることが出来る。具体的には情報を分散配置することによりプラットフォーム依存を低減させる。

3.World Wide Webと歴史論戦

 Web1.0時代においては、個人や団体などの発信者が自らの見解をWebサイトの形態で表明するため、情報は分散配置されている。議論が生まれることも少なく、議論が生じたとしても個々のWebサイト内に閉じ、WWW全体を巻き込むような大規模な議論は起こらない。

 Web2.0時代のプラットフォームとして示されるWikipediaでは、利用者が特定のイシューに対して記事を書き、コミュニティの利用者によるレビューとその結果による合意によって情報が整理される。Wikipediaにおいてはルール [5]により、掲載する情報は引用することが可能であることが求められており、情報源となるWebサイト、学術論文や出版物を明らかにする必要がある。記事の執筆者が情報源を偏らせるリスクを持つため、公平な観点での記事となるよう記事をブラッシュアップすることにはレビューのプロセスが大きく関与する。この議論が誤った方向に進んだ場合、Wikipediaの情報はフェイクを含むリスクがある。Wikipediaから情報を取得する場合はこのリスクを理解した上で利用することが必要となる。

4.生成AIにおける歴史論戦

 生成AIによって生成される情報は、前項で述べたとおり、「教師データ」および「機械学習」に大きく依存する。機械学習によるブラッシュアップが「期待される」が、これは性善説に立脚し、悪意ある利用者によるフェイク情報が混入するリスクがある。生成AIは悪意ある利用者の排除が大きな技術的課題となっている。

5.おわりに

 本稿ではWorld Wide Webの歴史を概説した。情報は集積化され、巨大なデータ群として格納される一方、巨大なデータ群から情報を取り出し、整形された文章として提示する生成AIのようなシステムにたどり着いた。

歴史研究で間違った研究成果が世界に広がり、それを是正していく歴史研究では、生成AIの使用は限界のあることを、研究者はもちろん一般の人も認識しておくべきである。というのも生成AIが出す結論の元になる「教師データ」は圧倒的に過去の間違った研究成果に基づくものであり、そのデータを元に生成AIは結論を出すから間違ったままの結論を出す。以下、国際歴史論戦研究所で扱っているテーマで、ケーススタディをしてみる。

 ゆえに、情報の真贋を見極めることやバイアスを考慮する技能が個人に強く求められる。受け手には自身の指向に沿う情報が優先して表示される [6]ため、この点にも注意を払い、得られた情報に偏りがないか常に意識する必要がある。

参考文献

1. YRPユビキタス・ネットワーク研究所. 所長挨拶. YRPユビキタス・ネットワーク研究所. (オンライン) (引用日: 2024年7月27日.) https://www2.ubin.jp/overview/greeting/.

2. O'ReillyTim. What is Web2.0. (オンライン) (引用日: 2024年7月26日.) https://www.oreilly.com/pub/a/web2/archive/what-is-web-20.html.

3. 井関庸介. 世界的サイバー法学者が語る「web3の前に考えたいWeb2.0の問題点」. Forbes. (オンライン) (引用日: 2024年7月27日.) https://forbesjapan.com/articles/detail/48144.

4. ecbeing. Web3.0(Web3)とは?~分散型の次世代インターネット~. ecbeing. (オンライン) (引用日: 2024年7月26日.) https://www.ecbeing.net/contents/detail/318.

5. Wikipedia. Wikipedia:方針とガイドライン. Wikipedia. (オンライン) (引用日: 2024年7月26日.) https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E6%96%B9%E9%87%9D%E3%81%A8%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3.

6. カオナビ. フィルターバブル(現象)とは?【事例でわかりやすく】対策. カオナビ. (オンライン) (引用日: 2024年7月26日.) https://www.kaonavi.jp/dictionary/filter-bubble/.

【ケーススタディ】 「慰安婦」問題における生成AIの評価

 生成AIの一例として、代表的な生成AIシステムであるChatGPTの2つのバージョンに対して質問文を投入し、その結果を検討する。生成AIシステムには漠然とした問いを投げかける。その目的は、漠然とした質問に対してどの程度の文量で返答したか、多面的な観点による(偏りのない)回答となっているかを分析することである。生成AIとしてChatGPTを使用し、そのバージョンはGPT-3.5および、GPT-4oを使用した。GPT-4oは、後発の生成AIシステムであり、教師データの充実と、生成AIエンジンのチューニングが施されている。

(訳注 質問は英訳してください)

質問

大東亜戦争における慰安婦について

回答(GPT3.5)

大東亜戦争(太平洋戦争)における慰安婦問題は、日本軍が戦地で慰安所を設け、慰安婦(特に戦時中に従軍した女性たち)を強制的に動員し、性的奴隷として扱ったという問題です。これは戦時中の軍の性的搾取と人権侵害の一形態とされています。日本政府はかつてこの問題について謝罪し、補償を行うなどの措置を取ってきましたが、被害者の間での認識の違いや、歴史的な見解の相違が依然として残っています。

著者の分析・考察

 米国内に建てられた慰安婦像の碑に刻まれていそうな文言を想起するような内容である。回答の文字数も200文字未満と短い。被害者の立場からの回答にとどまり、両論併記とはなっていない。

回答(GPT-4o)

大東亜戦争(第二次世界大戦)における慰安婦問題は、戦争中に日本軍が女性たちを強制的に性奴隷として利用したという歴史的な問題です。以下はその概要です。

背景

慰安婦とは、主に日本軍の兵士たちに性的サービスを提供するために設置された慰安所で働かされた女性たちを指します。これらの女性たちは、日本国内だけでなく、韓国、中国、フィリピン、インドネシアなど日本が占領した地域から集められました。

募集方法

多くの慰安婦は、暴力や欺瞞を用いて強制的に連行されました。募集には軍や政府が関与しており、女性たちは「良い仕事がある」などと騙されて連れて行かれることもありました。

慰安所の環境

慰安所での生活は非常に過酷で、女性たちは日常的に性暴力にさらされ、健康状態も悪化しました。多くの女性たちは戦争が終わるまで帰ることができず、帰国した後も精神的・肉体的なトラウマに苦しみ続けました。

戦後の対応

戦後、日本政府は長い間、慰安婦問題を否定または軽視してきました。しかし、1990年代に入ると、元慰安婦たちが声を上げ、国際的な注目を集めるようになりました。1993年には、当時の官房長官であった河野洋平が「河野談話」として、日本軍の関与と強制性を認め、謝罪しました。しかし、問題の解決には至っておらず、歴史認識や賠償をめぐって今なお議論が続いています。

現在の状況

慰安婦問題は、日韓関係において特に重要な課題となっています。2015年には日韓両政府が「最終的かつ不可逆的な解決」として合意しましたが、この合意に対する反発も強く、問題は完全には解決されていません。

慰安婦問題は、戦争の被害者として女性たちの尊厳と人権を尊重する視点からも、重要な歴史的課題として今後も議論され続ける必要があります。

著者の分析・考察

 文字数は723文字と3倍以上に増えた。しかし、重大なフェイクを多数含んだ問題のある回答である。問題のある回答としては例えば、「性奴隷」、「多くの女性たちは戦争が終わるまで帰ることができず」という文言がこれに当たる。見識があれば間違いであることは明らかであるが、このようなフェイクが混入するため、論説でも指摘したとおり、メディアリテラシーの涵養が重要である。

結論

生成AIによる歴史論戦に関する情報の取得は、海外の歴史観を強く反映していることがわかる。日本の歴史観を世界に広めるにはまだまだ十分なシステムとは言えないが、教師データに日本発信の情報が採用されることによりこの傾向は緩和される。従って、日本の歴史観を英語で広く発信することが重要である。