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書評:阿羅健一 決定版 南京事件は無かった 目覚めよ外務省! (展転社)

評者 国際歴史論戦研究所
研究員 池田 悠

昨年の第8回アパ日本再興大賞を、茂木誠、宇山卓栄の共著、『日本人が知らない!「文明の衝突」が生み出す世界史 人類5000年の歴史から国際情勢の深層を読み解く』(ビジネス社)と共に、阿羅健一の『決定版 南京事件はなかった 目覚めよ外務省!』(展転社)が、受賞した。

南京事件の研究者として、阿羅の研究に改めて光が当たるのは非常に喜ばしく思う。阿羅は日本の実証的南京事件研究の鏑矢ともいえる『聞き書き南京事件―日本人の見た南京虐殺事件』(図書出版社)を1987年に上梓し、現地にいた日本人の体験を直々にヒアリングしたことをベースに、これまで一貫して南京事件の真実を追い求めてきた。今回の受賞作は、阿羅の研究の集大成であり、これまで曖昧に終わっていた諸々の論点に明快に決着をつけている。そしてさらに、南京事件の形成普及の経緯を通して、諸外国との思想戦の様相とそれに翻弄され続けた戦後日本人の姿を描いている。何らかのイデオロギーを盲信する人々はさておき、真実を見極めた上で物事を判断したいと考える人々にとって、本書は必読書であろう。

まず阿羅が決着をつけた諸々の論点についてご紹介しよう。まずは、日本軍の軍紀についてである。阿羅は、外国・日本双方を知る人々の体験談から一般に日本軍の軍紀は当時の米ソの軍紀と比べて寧ろ勝ると分析する。またどこでも予備役や輜重兵の方が犯罪を起こしやすいと分析した上で、南京戦に参戦したのは現役の戦闘部隊であることを明らかにする。そして、憲兵が足りず犯罪を止められなかったという説に対し、補助憲兵を合わせると多すぎるぐらいで、厳しすぎると苦情がでるほどであったとの当時の声を紹介し、それも間違いであると指摘する。それらを総合すると、軍紀面から日本軍に南京事件を起こす要因は無かったと結論づける。

 さらに、捕虜の取り扱いに問題があったとする説について、まず、日本軍の捕虜の扱いは国際法に則っていたことを指摘し、その上で、南京戦参戦者の言葉、「戦争を支配するものはあくまで戦闘であり、人道が入りこめる局面は狭くかつ軍事上の許す範囲に限定される」を引用する。また、600人の一度は降伏した兵が反旗を翻した際には撃滅したという例も挙げる。そして実際の南京に潜伏した中国兵は武器を携えていたことを指摘し、東京裁判における日本側の証言を紹介する。「武器を携えて降伏もせず安全地帯におるということは、すなわち次の陰謀を企てるためであるという疑いを受けても、これは弁解のいたし方がないと思います」。敗残兵の掃討は合法的に行われたことを鮮やかに示している。

 また、当時の報道規制によって、日本の記者は南京事件を知りながらも報道できなかったという説について、阿羅はこう指摘する。「報道は規制されていたが、新聞社に対する差止命令書がのこっており、南京攻略戦での報道制限はない。内務省が「生きている兵隊〔のちに著者本人がここに書いたことは信じていないと告白〕」を掲載した『中央公論』を発行停止にし、デマ宣伝を掲載する『ライフ』を輸入禁止としたがそれだけである」。この指摘により、謬説であることが明らかであろう。

また、松井石根大将の涙の訓示について、南京事件があったことの証拠の様に言う人がいるが、それは松井大将の厳格な基準では軍紀が乱れていたということであって、それは南京事件とは何の関係もない。

私の理解として、現代で例えるならば、日本で電車が30分間、鉄道会社のミスで停止し、会社が謝罪したところ、その謝罪を死者数百人の大事故があった証拠とするようなものである。それは緒外国で30分程度の遅れで謝罪することはないので、その謝罪こそが大事故の証拠だというようなものである。要するに自らの常識を当てはめた勝手な解釈である。

これは、戦後、時間が経ってから日本国内で南京事件が信じられてきたこととも関連する。戦後まもなくは、南京戦への参戦経験者が多くおり、また南京戦でなくても戦場の経験から、どのようなことがどのような経緯であり得るのか、判断がついた。ところが、その経験がないものは、その判断ができない。

更には、思想戦の諸相を理解しておらないため、諸外国からの、一見客観的または善意に見えながら、その実はプロパガンダである説を真に受ける。結果的に、ありえない説を受け入れてしまう。これが南京大虐殺、南京事件の普及の経緯である。退役軍人の集まりである偕行社に於いてさえも、世論に押され、戦場を知らない経理軍人が主導した結果、偕行社が出版した『南京戦史』に南京事件を認めるかのような記述が載った。この事態に対し、阿羅は南京戦経験者の言を引く。「近代戦史を歪めてきた元凶は、まさに戦争を知らないこうした歴史学者や軍事評論家であり、その最たるものが『南京事件三十万人大虐殺説』である」。

 本書で阿羅が強く関心を寄せているのが、この思想戦の敗北過程である。日本政府は昭和57年に南京事件を認めているが、外務省のチャイナスクールを中心に外圧に阿って根拠なく認めた経緯を詳細に明かしている。今ではその根拠文書がないことが国会の場で明らかになっているが、未だ修正に至らない。

私は、こういった人々を無検証妥協派とでも呼びたいが、諸外国の圧力に対して、事実を基にした検証を行わず、一方的な主張を受け入れ妥協を図り、それを恥としない。かつての河野洋平官房長官の「元従軍慰安婦」への謝罪が思い出される。河野官房長官は彼女たちの話を検証せずに「心証で」談話を纏めたそうである。このような無見識が思想戦敗北の原因であり、結果でもあろう。

 阿羅は冒頭部分で当初の南京事件の形成過程も明かしている。「南京事件といわれるものは宣教師がつくり、欧米の記者が協力し、中華民国が大がかりに宣伝、作家がふくらましたもので、全くの無根であった」。すでに、これらの根拠文書は発見され、経緯も明らかになっている。それにも関わらず、南京事件は今も続く。阿羅は、結びにこの南京事件で責められるべきは日本人であると記す。それは本書を読む各人へのメッセージでもある。日本の未来に関心を寄せる方に、是非一読をお勧めする。