コンテンツへスキップ

中国が「世界の記憶」に追加申請した文書の問題点

国際歴史論戦研究所 ゲストフェロー 髙橋史朗

中国がユネスコ「世界の記憶」国際諮問委員会の下部機関である登録小委員会から資料の不備を指摘されて追加申請した文書には、2015年10月6日にアブダビで開催された国際諮問委員会に中国が派遣した上海師範大学の蘇智良教授がセンター長を務める中国慰安婦研究センターの所収資料(慰安婦の口述記録)が含まれており、中国八路軍の日本人捕虜洗脳教育の成果である「日本人戦犯1000人の供述書」も追加申請された。

中国側の登録申請書には、提出した資料が慰安婦「強制連行」の証拠だと書かれているが、資料を検証した結果、以下の問題点があることが判明した。

第一に、元日本兵の代表的な供述として、佐々真之助中将と広瀬三郎中佐が女性を強姦したとする供述が挙げられているが、慰安婦は生活苦という経済的理由で慰安所にいたことを示しており、料金も支払われていた。いずれの供述も慰安婦を「強制連行」して「性奴隷」にしたことを示すものではない。彼らはどのような状況で尋問され、法的保護を受けていたのか、裁判にかけられたとすれば、その議事録があるはずであるが、それも公開されていない。

第二に、中国が追加申請した吉林省档案館所蔵の「日本軍の慰安婦記録」(25件)も慰安婦の「強制連行」「性奴隷」を立証するものではない。

第三に、その25件の資料の一つに、南京周辺にいた日本兵と慰安婦の数を記した、1938年に憲兵によって書かれた『南京憲兵隊管轄区域の治安回復状況の調査報告書』には、日本軍が中国人市民に無料で病気やけがを治療する様子が記されており、2万5千人の日本兵と、141人の慰安婦がいたと記録されている。しかし、141人の慰安婦が日本兵全員の相手をしていたわけではなく、慰安婦が「強制連行」され、「性奴隷」として働かされたことを立証する記述はない。

第四に、1938年に上海市警察が作成した報告書には、親日中国人が慰安婦の「強制連行」に携わっていたと書かれているが、資料には「親日」を裏付ける証拠はなく、日本という言葉すらない。この資料には、中国人が中国人女性を強制的に売春婦にしたことしか書かれていない。

中国が追加申請した「従軍慰安婦」資料の一つに、「中国共産党が調査した、戦犯日本兵1000人の供述書」があり、「1000人以上の日本の戦争犯罪者たちが、1952年から1956年にかけて、中国共産党政府の調査を受けた。その内、約8,5%が『慰安所を設立した』と認め、61%が「慰安婦と性的関係を持った』と供述した」と書かれている。しかし、中国側が主張する慰安婦の「強制連行」や「性奴隷」として扱われたことを立証する資料は皆無である。

中国が追加申請した「従軍慰安婦」文書の冒頭には、「『慰安婦』とは、日本帝国軍によって性的に隷属させられた女性のことである。これらのほとんどが、日本軍によって強制的に性奴隷にされた」と書かれている。しかし、慰安婦は「強制連行」されたのではなく、「法的保護を受けた風俗業」であり、戦時中、多くの交戦国が同様の施設を設置しており、日本の慰安婦制度のみが特別であったという事実はない。

このように、中国は「強制連行」や「性奴隷」を立証するものではない断片的な資料を繋ぎ合わせて強弁していること自体に問題があり、中国の申請は政治的プロパガンダと言わざるを得ない。

私は2015年10月4日から6日までアラブ首長国連邦の首都アブダビで開催されたユネスコ「世界の記憶」国際諮問委員会にオブザーバーとして参加し、オピニオンペーパーを同委員会に提出し、基本的問題点として、以下の3点を主張した。

第一に、ユネスコは「記憶遺産保護のための一般指針」で、「『法の支配』を尊重すること…著作権法…は遵守・維持される」と明記しており、中国が上海の楊家宅慰安所の写真を所有者に無断で申請し、著作権を持っていると虚偽申請していることは、同指針に違反する。

第二に、同指針は、国際諮問委員会は「記憶遺産へのアクセスを可能とすることを要求する」と定めているにもかかわらず、中国は申請史料の一部しか公開していない。史料公開並びに客観的検証を拒否する中国の一方的な主張に基づいて登録が決定されれば、ユネスコの国際的な信頼と権威を著しく損ねることになる。

第三に、中国が登録申請した史料の中には、史料のごく一部のみを抜き出したものがあり、史料全体の中での位置付けや評価ができないために、内容の真正性について判断することができない。

この基本的問題点を踏まえて、国際諮問委員会のレイエス議長に、2007年7月30日に米下院で行われた慰安婦に関する対日非難決議のベースになった米議会調査局のラニー・ニクシュ調査員が同議会に提出した「日本軍の『慰安婦』制度」と題する報告書について詳細に説明し、IWG報告書によって、慰安婦の「強制連行」を立証する史料は皆無であることが明確になった点を強調した。

2007年4月3日付けの同修正報告書では吉田清治証言を削除し、「強制性」の主要な論拠として田中ユキの著書を挙げた上で、1992年1月11日の朝日新聞の誤報を「最大の根拠」と明記した。

この朝日新聞の誤報が、国連のクマラスワミ報告書に影響を与え、慰安婦「20万人」「強制連行」という国際誤解の根拠になったことを、日本政府は2014年9月15日の国連人権理事会と2015年8月31日の国連自由権規約委員会で反論していることも報告した。

レイエス議長のアメリカとカナダ出身のアドバイザーが特に強い関心を示し、田中ユキの英文著書とIWG報告書などの原史料を提示しながら実証的に解説したことが、レイエス議長が日本の立場に理解を示すようになった決定的な契機となった。現在、ユネスコからの対話勧告を受けて、対話の条件をめぐって協議が行われているが、対話のポイントの焦点の一つになると思われる。

 資料 中国が「世界の記憶」に追加申請した「中国人慰安婦」関連文書