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国際歴史論戦研究所
フェロー 白川司
内閣府特命担当大臣の下で設置された「日本学術会議の在り方に関する有識者懇談会」が2024年12月20日に最終報告書を提出した。これを受けて、政府が国会に提出する日本学術会議を特殊法人とする法案を、3月上旬に閣議決定する予定だ。
今のところ、会員数は現行の210人から250人に増やし、会員任期は6年、1回に限り再任が可能とすること、さらに、会員選考の過程をオープンにすることを求めることなどが明らかになっている。
また、日本学術会議が現在も持つ政府への「勧告権」を、独立法人となってからも残す方針だとされている。
■これまでの経緯■
2020年の菅義偉首相(当時)による会員6人の任命拒否問題によって、それまで一部でしか問題視されていなかった日本学術会議の問題点が、一気に浮かび上がった。それは内閣府が管轄する組織でありながら、反政府(反自民党)の傾向が強く、国の政策に対してことごとく異論をはさんできたことだ。
その背景としては、日本学術会議を創設したのが、日本が再軍備に動く前のGHQだったことが大きいと考えられている。
もともと日本学術会議は、日本の再軍備を阻止するために装置の1つとしてGHQが創設したものである。おりしもこの時期は、保守的な知識人をパージした「公職追放」と重なっており、日本学術会議は共産党の影響力を強く受け、護憲など戦後平和主義を発信する1つの牙城となっていく。
そのため、日本学術会議は国の機関でありながら、安全保障環境が激変しても、現在に至るまで共産党の影響力を受けて「戦後平和主義」を堅持し、国の方針に異を唱え続けた。その一方で、東日本震災や新型コロナウイルス禍には有益な提言ができなかった。政治活動ばかりにかまけて、本来の役目である国へのアドバイスについては疎かだった。
それらの問題が社会的に露わになったのが、上述の任命拒否問題だった。任命権は総理大臣にあり、その権限を使って委員候補数名の任命を見送っただけであったが、共産党や立憲民主党などの野党、朝日新聞などのマスコミをあげての大バッシングとなった。このこと自体も、日本学術会議が国の機関でありながら、「反政府・反自民ネットワーク」の中心として偏った見方をするかを露呈させている。また、アカデミーでありながら、法学者など文系学者の割合が多く、安全保障の専門家がほとんど見当たらないと人事面でも偏り方を見せていた。
この問題を重く見た岸田文雄政権は、日本学術会議の組織改革に着手する。
改革のポイントは、日本学術会議を国と切り離すかどうか、日本を代表するアカデミーとして政治的にもバランスがとれた考え方ができる組織に生まれ変わるかどうかにある。また、委員選考の不透明さが「任命拒否問題」で広く知られており、透明性をどう担保するかも大きな課題となった。
いまだに共産党の影響力がある日本学術会議に、国が約10億円もの公費を投じていることについては保守層を中心に強い反発があり、その点も注目された。
■「最終報告」の概要と評価■
上述の有識者懇談会の最終報告書のポイントを拾う。
・独立性と透明性の確保:独立法人化が最適と結論づけた。
・ナショナルアカデミーの必要性:科学的助言と社会との対話を担う独立組織への転換を提唱。
・法人化の必要性:財政支援を継続しつつ、ガバナンス強化と選考透明性を確保する。
・使命と目的:科学向上と社会還元を使命とし、中長期的な視野で提言する。
・会員選考の透明性:外部助言機関を活用し、多様性と説明責任を担保する。
・財政基盤と事務局強化:公費維持と多様な資金源確保を両立させ、IT化と組織運営力強化を図る。
この報告書で、日本学術会議における課題については解消に向けて動くことが期待される。特に国とは切り離され、独立法人とすべきであることがしっかり結論づけられた点は評価できる。
だが、2024年12月24日の産経新聞の社説では、最終報告について3つの点で批判された。①政府が会員選考に関わらず任命権を総理大臣から法人(日本学術会議)に移す点、②日本学術会議が不適切な活動をした場合や成果を上げられない場合に、それを糺す組織として「評価委員会」や監査だけでは心許ない点、③相変わらず公費を投じ続ける点である。
これは日本学術会議の課題である「国とは独立させる」と「思想的にバランスのとれた組織にし続ける」という2つの課題が両立しにくいことにある。国と独立させるのなら法人側に運営を委ねなければならないが、独立法人にするなら、国が運営に介入しにくくなる。
そこで公費を投じながら外部組織で監視するという「不完全な独立体制」という中途半端な形にせざるをえなかったと考えられる。
■日本学術会議側の「反発」■
2025年2月11日の朝日新聞によるインタビュー記事で、学術会議前会長の梶田隆章氏が、最終報告書に対する批判を展開している。
梶田氏は、日本学術会議の自主性と独立性が最も重要であるという持論から、政府が監事や評価委員会を任命することに反発し、独立法人化する意義が見えないとして「理念なき法人化」と呼んでいる。そして、国の方針に逆らうような提言をすることにこそ日本学術会議の意義があると何度も強調している。
梶田氏の主張には理解できる部分もあるが、この根底にあるのは共産党が死守しようとした戦後平和主義があることは明白だ。
多くの国民が日本学術会議に反発したのは、日本の安全保障環境が激変しても、現実主義から乖離した戦後平和主義を日本学術会議が貫いている点にあり、その点を改める気がないことに日本学術会議問題の本質がある。
梶田氏はこのインタビュー記事で、記者の「ノーベル物理学賞受賞者なのに、ちょっとないがしろにされ過ぎという気持ちにはならないですか?」という質問に対して、「ああ、なくはないですよね。まあ、それは他人がないがしろにするのだから、しょうがないけど」と応えている。
拙書『日本学術会議の研究』で、私は日本学術会議の問題は、学者(特に左翼的傾向の強い学者)が、総理大臣などの政治家たちを見下している点にあると指摘した。日本学術会議に学者は「思想的な特権階級にあり、現実に対応する政府や与党の政治活動をあたかも下品なおこないかのように批判を続けている。
選挙で選ばれていない学者が国会で決定したことに対して侮辱を続けることは、国民を蔑ろにする行為にも等しい。むしろ、現実に対応できていない自分たちにこそ、反省が必要なのではないか。「日本学術会議を変えるには戦後平和主義を抱え込んだままの委員をできるだけ減らすしかない」と痛感した。