書評:長谷亮介『朝鮮人「徴用工」問題 史料を読み解く』 (草思社 2024)
評者:一二三朋子(国際歴史論戦研究所 上席研究員)
本書は、従来の朝鮮人「徴用工」問題に、画期的な一石を投じる学術書である。戦後20年ほど経た頃から、巷に流布してきた学説、即ち、戦時中、朝鮮人が朝鮮半島から「強制連行」され、日本の炭鉱や鉱山などで「強制労働」をさせられてきたという学説に、一次史料の検証を積み重ね、「強制連行・強制労働」説を、完膚なきまでに論破したものである。
筆者の長谷亮介氏は、歴史認識問題研究会の研究員であり、麗澤大学国際問題研究センター客員研究員でもある。1986年、熊本生まれ。熊本大学文学部歴史学科を卒業し、法政大学大学院国際日本学インスティテュート博士後期課程を修了した。学術博士。大学院修了後、歴史認識問題研究会(会長 西岡力)に所属し、朝鮮人戦時労働者問題を中心に研究を進めている。共著に『朝鮮人戦時労働の実態』(一般財団法人産業遺産国民会議)がある。
「強制連行」「強制労働」説が湧き上がったのは、1965年、朴慶植という人物が出版した『朝鮮人強制連行の記録』に端を発する。現在では朴慶植の歴史考察には大きな問題があることが判明している。それにもかかわらず、「強制連行・強制労働」説は下火となるどころか、いまだにくすぶり続け、ともすれば政治的に利用され、さらに苛烈に再燃しかねない状況である。これは、歴史学界の学術上だけの問題ではない。現に、2018年には韓国の大法院(最高裁)が新日鉄住金に対して戦時中の韓国人元工員に損害賠償を支払う判決を下した。この韓国大法院判決後、強制連行されて無理やり働かされたとして日本企業に「賠償金」を求める裁判が増加し、全て原告側の勝訴となっている。これらの判決は全て、1965年に締結した日韓請求権協定に反する判決内容であることは言うまでもない。かように、歴史上の問題は政治的に利用され易いのである。
本書は2部構成となっている。
第1部は、朝鮮人戦時労働者「強制連行」「強制労働」説への反論である。第1章は「強制連行」説への反論であり、資料に基づき、募集の手続きなどを詳述し、同時に、大半が自発渡航であったことを論証する。第2章では「強制労働」説に対する反論である。賃金・食事・労働時間など、具体的に史料を分析する。
第2部は、朝鮮人労働者の実態を、一次史料から克明に描き出す。第3章では『特高月報』に基づき朝鮮人労働者の実態を明らかにする。『特高月報』とは、内務省警保局保安課がまとめたものである。朝鮮人労働者による争議の全容などが整理されている。第4章では北海道の日曹天塩炭鉱、第5章では佐渡金山、第6章では三井三池炭鉱が取り上げられる。これらの調査を通して、「強制労働」が事実ではないことを検証し、客観的視点から見た史実が明らかにされる。
本書を通して見えてくるのは、筆者の歴史研究者としての基本に徹した研究態度である。地道に一次史料を発掘し、厳正に分析・精査する。そうした地道な作業から導き出される学説・主張は客観的であり、揺るぎないものである。
「強制連行」説や「強制労働」説の支持者が自説の根拠とするものの多くは韓国人の証言である。証言のみを偏重し、「生き証人」と祭り上げられる。その証言に異議を唱えたり疑義を呈するだけで、感情的になって激昂し「名誉を傷つけられた云々」と猛反発・猛反撃をしてくるから手が付けられない。こうした傾向は、特に慰安婦問題以降に顕著になってきたといえよう。また、一次史料ではあるものの恣意的に取り上げたものや恣意的解釈に基づくものが目立つ。一次史料のうち、自説にとって有利な個所のみを取り上げ、不都合なことには言及しないのである。さらには、自説に有利なように強引に歪曲した解釈を加える。
筆者は、こうした歴史学界の趨勢に果敢に挑み、学問としての危うい在り方に厳しく警鐘を鳴らす。歴史を探求する者に、偏見や先入観があってはならない。本書を手にした「強制連行派」には、真摯に一次史料の全てに目を通し、学術的な反論を期待したい。そうすることが、学問の健全な発展に寄与するである。また日韓の根深い、終わることのない(韓国側が一度解決した問題を何度も蒸し返すがために終わらないのであるが)歴史問題解決の糸口となるであろう。
また、日韓の真の友好を推進するために、反日思想に染まった韓国人には、歪曲と捏造の歴史から目を覚ますために、是非読んでほしい。反日思想を植え付けられた韓国人とは、ある意味で韓国政府の犠牲者ともいえよう。一方で、「強制連行・強制労働」の加害者に仕立て上げられた日本人にも是非、読んでもらいたい。たとえ読まなくとも、手に取って目次に目を通し「強制連行・強制労働」説のうさん臭さを感じるだけでもよい。反論すべきときに反論しないことは、超限戦(歴史戦)の敗北であり、武力戦・軍事戦よりも大きな禍根を残すことになる。真実を知ることは、長い目で見れば、武力・軍事力よりも国の強さの根幹となるのである。