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国際歴史論戦研究所
研究員 池田 悠
1989年8月15日、江藤淳は『閉された言語空間:占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋)を上梓し、敗戦後日本の言論空間がどのようにGHQ統治下で制限され歪められたかを明かし、そしてその影響が当時も続いていることを指摘した。
それから36年、残念ながら現在も江藤の問題提起は過去のものとなっていない。
実は南京事件に関しても、江藤の指摘は当てはまる。今年6月17日石破内閣により「日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害又は略奪行為があったことは否定できないと考えている」とする答弁書の閣議決定があった。
これは、外務省のHPに掲載されていた従来の政府見解を追認したものであるが、2023年4月3日、同24日の参議院決算委員会で、この見解の根拠文書について問われた林芳正外相(当時)は、「総合的に判断したもので、特定の資料の記述のみを根拠とするものではない」と、根拠文書を示すことができなかった。
つまり石破内閣は根拠に欠けることが既に明らかになっているのに、閣議決定までして従来の見解を護持したのである。研究の進展を無視した重大なる国民への裏切りである。
南京事件は東京裁判で裁かれた重大犯罪の一つである。つまりこれは、東京裁判を批判してはならぬという、GHQ統治下の検閲方針を未だに引きずっていることの証左といえよう。1952年のサンフランシスコ講和条約締結による占領終了、独立回復とともに当然検閲は終わっているはずであるが、江藤によると、行われたのは事前検閲でありさらに検閲の存在自体を明かしてはならぬものであったため、検閲にそって自ら修正するという検閲協力がなされた。そしてこの自己検閲による自己破壊によって、さらなる自己検閲を受容し続けることになったとのことだ。それは制度としての検閲が終わっても、である。
また、南京事件に関しては、真相究明につながる重要な資料に関しても、和訳という作業を通しての自己検閲が存在する。
私は拙著、『一次史料が明かす南京事件の真実―アメリカ宣教師史観の呪縛を解く』(展転社)2020年 で、旧来の南京事件史観を覆す根拠資料を初めて和訳して掲載した(※正確には一部は雑誌『正論』にて先行紹介)。主なものは以下である。
①安全区設置を主導したアメリカ宣教師による中国軍支援意向を示す発言
②安全区設置についての日本側による拒否
③難民が帰宅し、いわゆる安全区の消滅後、南京の治安が回復したとの証言
私が問題と感じているのは、これらの証拠となる原資料(英文・独文)の、周辺部分を和訳したものは既に出版されているのに、南京事件の真相に迫る、つまりアメリカ・東京裁判史観にとって都合の悪い部分は省かれているのである。①~③を具体的に説明しよう。
①は、南京に残留したヴォートリン宣教師の日記にある、リーダー格の宣教師による、中国軍を支援しようという発言である。しかも中立のはずの安全区において支援しようというのである。。一方で、ヴォートリン日記は『南京事件の日々』(大月書店)1999年 として和訳されているが、当該部分は採録されず、また訳者説明でも言及されていない。これでは、南京事件を証言した南京残留アメリカ人宣教師たちは中立の第三者で無いことが分からない。
②については、当時の資料を収集することで南京事件の解明を目指した『南京事件資料集』(青木書店)1992年で、安全区設置の経緯について、イエール大学の保存資料を多く採録しているが、同じく同大学に保存されている、日本軍が明確に安全区設置提案拒否を返答した資料は省かれている。結果、南京安全区は上海安全区と異なり明らかに非公認、つまり虚構の存在であったという事実がうやむやにされてきたのである。
③は、いわゆる安全区の消滅から一か月後の南京治安回復をドイツ大使館事務長が報告したものである。これはラーベの日記を編集したE・ヴィッケルトの独語原著『Der gute Deutsche von Nanking』、英訳版『The Good German of Nanking』には収録されている。しかし和訳版『南京の真実』(講談社)1997年ではなぜか割愛されている。結果、和訳版だけ読んでいると、市民を保護していたはずのいわゆる安全区が消滅すると治安が回復するという不可解な事実を知ることが出来ない。そのため、通説と逆に虚構の安全区の存在こそが治安不安の癌であったということが分からないのである。
これら資料が日本語にならなかった結果、拙著で欧米の一次史料を基に導いた単純な結論、「虚構の安全区での宣教師たちの中国軍支援こそが、宣教師たちの南京事件創作の主因である」ということに辿り着かなかった。日本人に、東京裁判批判・アメリカ批判となり得る資料を隠すことで、日本での真相究明を妨げたのである。その結果、南京事件は戦後長きにわたる反日プロパガンダの中心であり続けた。かつてのアイリス・チャンの『The Rape of Nanking』、最近ではブライアン・リッグの『Japan’s Holocaust』しかりである。
さてここまで著書『閉された言語空間』を通じて江藤が投げかけた問題提起を、南京事件を例に分析したが、この問題もようやく解決の緒に就いたように思う。それは、既存言論人の反省の賜物というよりは、情報通信技術の進歩、そして一般の情報開示意識の高まりにより、閉ざされた言論空間に抜け穴ができたことによる。
先に取り上げた南京事件研究の和訳問題を例にとれば、インターネットを通じたアクセスの容易化により、翻訳書を挟まず欧米原典に一般人でも直接触れることが出来るようになった。拙著もその恩恵の賜物である。
また国内での情報の発信に関しても、今や自己検閲に侵された旧来のメディアの独壇場ではなくなり、SNS他、より自由な新チャネルの登場により、かつてのタブーでも公開の場での議論が可能となった。それは当然、既存のメディアへも影響を与える。また、既存メディアに縛られていた人々の意識・政治行動にも影響を与える。それが最近の国政選挙の結果が示唆する、未来への兆しであると私は考えている。
