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【論説】松木國俊「日本政府は尹政権に毅然と対応せよ」

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令和4年(2022年)5月

日本政府は尹政権に毅然と対応せよ

上席研究員
松木國俊

5月10日、韓国で尹錫悦政権が誕生しました。尹錫悦氏が「当選すれば日韓関係を修復する」と大統領選挙期間中に訴えたことから、彼が親日的な人物であり、日韓関係は改善に向うだろうとの楽観的観測が日本の一部にあります。しかしそれは大きな間違いであり、日韓の対立はこれから正念場を迎えることになるのです。
尹錫悦氏の父親はかつて一橋大学で教鞭をとった知日家であり、彼自身も若い頃に訪日体験があるのは事実です。しかし「知日イコール親日」ではありません。

尹一族の祖先には1932年に上海で「天長節爆破事件」(注1)を起こし、民間人を含む多数を死傷させた「尹奉吉」がいます。彼は無慈悲な反日テロリストでしたが、韓国では「抗日義士」と称えられており、尹一族にとって誇るべき先達であります。尹錫悦氏が大統領選選挙出馬表明の記者会見の場所に「尹奉吉義士記念館」を選んだのは当然でしょう。

その血筋もさることながら、尹錫悦氏は幼いころから強烈な反日教育で育った世代であり、決して親日ではありません。慰安婦問題をめぐっては「朝鮮の女性20万人が日本政府によって強制連行され、性奴隷にされた」と信じ切っています。彼は大邱市の「慰安婦記念館」を訪れて、元慰安婦を自称する李容洙氏の手をとり「私が必ず日本から謝罪を取り付けます。おばあさんらの心の傷を必ず癒すようにします」と指切りまでして約束しているのです。

尹政権の前途は多難です。社会格差拡大、少子化、輸出競争力低下など、韓国が抱えている構造的問題を尹錫悦大統領が一朝一夕に解決できるはずもなく、このままでは議会で圧倒的多数を占める野党に足を引っ張られて、有効な経済対策を打てないまま尹政権は国民の信を失って行くことが目に見えています。

内政でダメなら外交で点数を稼ぐ以外にありません。尹政権が支持率を保つには、冷え切った日韓関係を韓国の主張に沿った形で正常化し、対日外交での勝利をアピールすることが最も有効だと尹錫悦氏は考えているはずです。
彼が「日韓関係改善」を標榜しているのは決して日本に好意を持っているからでなく、それが外交的勝利をもたらし、政権浮揚につながるという綿密な計算によるものなのです。

日本人の思考方式に明るい尹錫悦氏は、日本人を篭絡する「ツボ」をわきまえているでしょう。「単純反日」の文在寅氏よりむしろ日本にとって手ごわい相手となる可能性が高いのです。

尹政権は、就任早々歴史問題をめぐり日本に大攻勢をかけてくることが予想されます。

そしてその前哨戦はすでに始まっています。尹錫悦氏は4月下旬に「政策協議代表団」を日本に派遣しており、鄭鎮碩団長は外務省で記者団に「片手では音を出すことはできない。両国が誠意を持って努力しなければならない」と述べ、歴史問題での日本側の歩み寄りを促しました。

さらに朴振外交部長官候補は5月2日に韓国国会で開かれた人事聴聞会で、徴用工裁判に対しては「司法府判決を尊重する」と断言しました。慰安婦問題解決のためには日本の謝罪が必要だという点にも言及しています。韓国として歴史問題は譲らないことを宣言したのです。

これまで日本政府は歴史的事実に基づいて「日韓併合は合法であった」「日本の官憲による強制連行はなかった」「日韓間の請求権問題は解決済」という正当な立場を貫いて来ました。これを突き崩すために、尹政権は絡め手を使って「慰安婦問題」や「徴用工問題」で日本を巻き込むことを狙っています。

まず「日韓関係改善のため自分も努力するが、慰安婦問題や徴用工問題、佐渡金山問題について日本側にも協力して欲しい」と日本側にボールを投げて来るでしょう。彼はバイデン米国大統領に対しても「中国、北朝鮮、ロシアに対抗するため安全保障面で『日米韓』の連携を強化したい。ついては日本側が妥協するよう米国も協力して欲しい」いと依頼するに違いありません。それは米国側にとっては望むところであり、ボールが日本側にあるのなら、連携を深めるために韓国の言い分を考慮せよと、米側も日本に圧力をかけてくる恐れがあります。外交交渉での攻守が逆転するのです。

そうなれば日本の世論も変化するでしょう。相手が「日本の大陸侵攻に備えよ」と時代錯誤の主張を繰り返す李在明氏ならば、韓国に共感する日本人はまずいなかったはずです。しかし日本に一見融和的態度を示す尹錫悦氏なら日本の国論は分裂する恐れがあります。左翼が支配する大手マスコミは「日本政府は韓国の主張にも耳を貸せ」の大合唱を始めるでしょう。バラエティー番組で国益無視のコメンテーターが「日本政府は意地を張るな、隣国と仲良くせよ」と国民を惑わす偽善的発言を連発することも予想されます。一気に世論が「日韓融和」の方向に傾く恐れがあるのです。

しかしながら韓国の論理の根本にあるのは「日本による朝鮮統治は不法な植民地支配であり、そこで日本政府や企業が行った活動は全て不法だった」という歴史認識です。だからこそ合法的に行われた「自由募集」も「官斡旋」も「徴用」もすべて「不法な強制動員だった」と強弁しているのです。日本が韓国側の主張に耳を貸し、少しでも譲歩すれば、韓国の「不法な植民地支配」という論理に日本が理解を示したことになります。「日本統治は国際法上も合法だった」という日韓基本条約交渉でも貫いた日本の正当な主張を、自ら取り下げることになってしまうのです。
これは実に恐るべきことです。朝鮮総督府による税金の徴収も徴兵もすべて不法となり、日本企業が統治時代に朝鮮半島で上げた利益も「搾取」だったことになります。慰安婦問題や徴用工問題はおろか、朝鮮人の意思に反したという理由であらゆることが訴訟と賠償の対象になり得ます。人道上の罪に時効はないというのが国際常識になりつつあり、韓国は際限なく日本に謝罪と補償を要求してくる恐れがあるのです。日本国の名誉は傷つき、日韓の間に永久に和解は訪れないでしょう。

ならば手遅れになる前に、「すべて解決済」という日本の正当な立場を尹錫悦氏に正式に伝え、日韓間で締結した条約や合意を遵守するという確約を取り付けるべきです。元検事総長だった人物であり、法律で迫れば反論できないはずです。

その上で日韓の反目の元凶は事実を捻じ曲げた韓国の歴史認識にあることを尹錫悦氏に率直に伝えなければなりません。100%理解できなくとも、両国にはそれぞれの立場があり、自分たちの論理を無条件で相手に押し付けるのがいかに愚かしいかを認識してくれれば十分です。彼が「信念の人」であるならば、国民を説得し、日本への醜悪な嫌がらせである慰安婦像を撤去し、徴用工への補償問題を韓国内で解決して真の日韓和解へ道を開いてくれる可能性はあるのです。

日本政府もここが正念場です。外交は押し合いであって決して譲り合いではありません。安易な妥協や配慮は相手に付け入る隙を与えるのみです。韓国側のあらゆる甘言や詭弁に惑わされず、薄っぺらな世論に阿ることなく、日韓の真の友好を実現するため、そして日本の国益と子供や孫の将来のために、「歴史を歪曲した不当な要求は一切受け入れない」という日本の国家意思を、岸田政権は今こそ毅然たる姿勢で韓国側に知らしめねばなりません。

注1) 上海天長節爆弾事件
1932年4月29日、上海の虹口公園で発生した爆弾テロ事件。当日昭和天皇の誕生日を祝う式典が催され、ステージ上に日本の首脳陣がそろって参列。君が代斉唱中にステージ中央に向かって尹奉吉が強烈な爆弾を投げ込んだ。犠牲者下記の通り。
(即死)上海居留民団行政委員会会長 河端貞次(医師)
(重症)上海派遣軍司令官 白川義則大将(負傷がもとで一カ月後に死亡)
第9師団長 植田謙吉中将
第3艦隊司令長官 野村吉三郎海軍中将(片目を失う)
在上海公使 重光葵(片足を失う。後に鳩山内閣などで外務大臣を歴任)
在上海総領事 村井倉松
上海日本人居留民団書記長 友野盛

犯人の尹奉吉は、その場で自殺を図ろうとした所を取り押さえられ上海派遣軍憲兵隊により検挙、軍法会議を経て12月19日に金沢刑務所で銃殺刑となった。

<付記 この論説は令和4年3月30日付で、国家基本問題研究所理事長櫻井よし子氏に送付した意見書と同趣旨であり、これを韓国新大統領の就任に合わせて修正したものです。>