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頼清徳の価値外交とトランプの取引外交-米国は台湾を守るのか-

【英語版】: https://i-rich.org/?p=2548

国際歴史論戦研究所
上席研究員 河原昌一郎

1 頼清徳の価値外交

ここで「価値外交」とは、民主主義を人類普遍の真理であるとし、国家の外交や安全保障に民主主義の価値を認める外交を言う。頼清徳総統は就任以来一貫して台湾は民主主義国家として他の民主国と協力・連帯しながら自らを守ることを外交方針としており、頼清徳の外交の基本的理念は「価値外交」としてよいであろう。

頼清徳の「価値外交」に関する考え方を以下の演説等で確認しておきたい。

まず、昨年(2024年)5月の就任演説では、「世界の民主主義連帯の重要な結節点としての台湾の民主主義の輝かしい時代が到来した」とし、民主主義連帯において台湾をその結節点として位置付けた。続けて、台湾の民主主義は、中国の脅威に直面している自国を防御することになるだろうと述べている。

また、昨年10月の双十節演説では、この台湾の地には国民の選択による民主と自由が成長し、繁栄しており、中華人民共和国はこの地に根をおろした台湾を代表する権利を持たないことを強く主張した。

さらに今年10月の双十節演説においても、民主化を経て得た民主と自由は台湾人の共有の記憶であり、「台湾はアジアの民主の灯台である」と述べている。

このように、頼清徳は民主主義に外交、安全保障における特別の価値を認め、台湾国家の存立の基礎を民主主義に置いている。頼清徳は、民主主義の実践と普及を通じて台湾を世界の民主主義陣営の一角に位置付け、そのことによって台湾の安全保障を確実なものにしようとする「価値外交を」一貫して遂行しているのである。

2 第一期トランプ政権およびバイデン政権の価値外交

 第一期トランプ政権を含め、バイデン政権までの米国外交は台湾と同じく「価値外交」であった。

第一期トランプ政権では、ポンペイオ国務長官の下で、米国は民主主義陣営の指導国であるという立場から外交が推進された。ポンペイオ長官は中国共産党を「マルクス主義的独裁」と位置付け、自由世界すなわち民主主義陣営の防衛を唱えた。2020年7月の有名な「ニクソン図書館演説」では、「21世紀を自由な世紀にしたいならば、中国の世紀を許してはならず、盲目的な中国への関与政策は決して行われてはならない」ことを主張した。このようにポンペイオ長官は、中国に対してイデオロギー的な対決の姿勢を強めるとともに、一方では台湾の民主主義を称揚し、台湾を民主主義実践国の一つとして防衛することが必要との考えを示していた。2018年3月に成立した「台湾旅行法」では、それまで抑制していた米台の高官レベルでの交流を解禁し、互いに民主主義国として緊密な関係強化を図ろうとするものであった。第一期トランプ政権の外交は、ポンペイオ国務長官によって「価値外交」が推進されていたのである。

続くバイデン政権においても東アジアサミット(EAS)等において、「自由で開かれたインド太平洋」、「法に基づく国際秩序」を掲げ、「アジアの自由と民主主義を守る」と語り、台湾を含む地域の民主主義国との連帯を強調し、民主主義を米国が守るべき価値として位置付けた。また、バイデン大統領は2021年10月にCNNタウンホールで記者から「中国が台湾を攻撃したら米国は台湾を守るか」と問われ、「Yes.我々はその責務を負っている」と回答し、2022年5月の東京での記者会談で同様の質問があったときも、「Yes.」と明確に答えている。バイデン政権下でも、ポンペイオ国務長官時の「価値外交」の考え方は揺るがず、民主主義を守るべき価値の中枢に位置付けるということで、頼清徳の堅持する「価値外交」と外交の基盤を共通にしていたということができるであろう。

3 第二期トランプ政権の取引外交

 国務長官に外交をまかせていた第一期トランプ政権とは異なり、第二期トランプ政権ではトランプ大統領が自ら外交をリードするようになり、外交の性格が大きく変化した。

 2024年7月、トランプ氏は週刊誌(ブルームバーグ)のインタビューで、「台湾は我々に防衛費を支払うべきだ。・・我々は保険会社と何ら変わらない」と述べた。台湾の防衛が行われるのは、台湾が予め相応の保険料を支払って保険に入っているからだというものであり、台湾防衛が経済的取引の一環としてとらえられている。

 台湾に対する軍事支援の扱いについても、武器援助から武器販売に移行する兆候が見られ、現金的援助より対価を求める武器売却や大規模取引を優先する傾向が指摘されている。

 トランプ大統領は、政権発足直後、すべての対外援助を90日間凍結して見直す大統領令を出しているが、台湾への支援も価値支援として特別に扱われることなく、条件付き、見直し可能なものとして扱われている。

 また、2025年10月のロイター報道によれば、トランプ大統領は、「台湾は防衛費をGDPの10%にすべきだ」と述べたものとされる。これも米国支援の前提として台湾側に負担増を求めるものである。

 このように、第二期トランプ政権の世界観、外交は「価値外交」とは大きく変わるものであり、民主主義に特別の価値を認めようとするものではない。あくまで米国を中心とする取引関係で米国の対応、方針を決めていこうとするものであり、「取引外交」と言うべきものである。

 頼清徳は一貫して「台湾は民主陣営の一員」という位置付けを強調し、米国が「民主陣営のリーダー」としての責務を果たすことを期待しているが、第二期トランプ政権は民主陣営の普遍的責務として台湾を守るという発想には慎重であり、台湾防衛についても、取引の対象としてとらえる傾向が強く、「米国が損をしない限りで行動する」という考え方が目立つのである。

4 今後の対応

 2025年10月末のトランプ大統領のアジア歴訪においても、トランプ大統領は民主主義陣営および自由貿易体制のリーダー国としての姿勢を示すことなく、各国との取引外交に終始した。韓国での米中首脳会談でも台湾問題は話題になることはなかった。帰国後、台湾に関するメディアの取材にも、自分が在任中は中国による台湾侵略は起こらないと述べるのみで、現実的な対応は曖昧なままとされている。

 こうした第二期トランプ政権の取引外交の性格から、中国の台湾侵攻時に状況によっては米国による軍事介入が必ずしも見込めないこともあり得るので、台湾は「米国だけに依存しない」防衛体制を早急に構築しておくことが求められることとなった。その一環として、防衛予算を増額し、米国からの武器購入計画を可能な限り前倒しにして戦力強化を図る等の取組みが必要とされている。

 これとともに、日本においては、可能な限り自衛隊の抑止力強化のスピードアップを図るとともに、他の民主主義国との連携が重要となることを踏まえ、「民主主義ブロック」での供給網再編、経済制裁・技術規制等の協調体制の整備等について早急に検討しておくことが必要である。