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【論説】茂木弘道「ウクライナ戦争考」

令和4年(2022年)11月

    上席研究員

茂木弘道


1.ウクライナ戦争はグローバリズムと民族主義の戦い?

 藤原正彦氏は、『日本人の真価』(文春新書 2020年)の中で、「ロシアによるウクライナ侵攻ほどあからさまな侵略が、21世紀ヨーロッパで行われるとは信じ難いことである。」と述べているように、まさに歴史が1世紀後退したのではないかと多くの人は驚いている。

 ところが、これはグローバリズムに対抗する民族主義の戦いである、という見方もあるようである。DS(ディープ・ステイト)主導によるアメリカのグローバリズムにロシアの民族主義が対抗しているということのようであるが、では肝心の「ウクライナ」はどこにくるのかという疑問がわく。アメリカの支援を受けたグローバリズムの代弁者とでもいうのだろうか?

ウクライナ人をなめたとんでもない考えである。圧倒的な軍事力を誇るロシアの全面攻撃に敢然と真正面から戦っているウクライナはアメリカのために戦っているとでもいうのだろうか。アメリカのために命を懸けるバカとでも思ってるのか、と言いたくなる。確かにアメリカをはじめとした西側諸国の厖大な武器支援あればこそ20万ロシア軍の中心的な戦力を撃退し、首府キーウを守り、東部、南部でもロシア軍に打撃を与え、失地回復を進めることができている。ロシアの千を超す戦車部隊の惨めな敗走など誰が予想しただろうか。軍事援助などいくらあっても、国を愛し、国のために命を懸ける、国民の戦う決意なくしてこれほどの戦闘は絶対に不可能である。アフガンを見ろと言いたい。武器支援に加えて米軍自体も加わっていたにもかかわらずあのざまである。

この戦いが、民族主義ウクライナの英雄的な戦いであるとすると、ロシアは何であったのか?ロシアはウクライナ侵略の口実に、「ネオナチの脅威」とかNATO加盟問題だとか、とても全面侵略の理由になりえないことを表に出しているが、本当の理由は「大ロシア主義」、大ロシアの実現を目的とした全面侵略なのである。

開戦当初の2月26日国営ノーボスチ通信は「ロシアの新たな世界の到来」と題する記事で、次のように述べている。

“目的は大ロシア帝国の復活でした。≪ロシアはロシア世界、ロシア国民、すなわち大ロシア人(ロシア)、白ロシア人(ベラルーシ)、小ロシア人(ウクライナ)を結集させ、歴史的完全性を回復している。もしわれわれがこれを放棄し、一時的な分離が固定化するのを許してしまったら、ロシアの土地の崩壊を許してしまったことによって祖先の記憶を裏切るのみならず、子孫からも呪われるだろう≫との使命感が突き動かしていたのです。”

ロシア民族主義的使命感こそがウクライナ侵略の基になっているということになる。しかし、この民族主義は主権国家である小ロシアの主権、ウクライナ人の意思を全く無視して一方的に自己の民族主義を強要している。そのために武力行使をためらわない。きわめて悪質で、危険な考え方である。

「大ロシア主義」という「グローバリズム」は今や、日本の北海道までも、アイヌ問題を理由にロシアに領有権があることまで主張しだしているのである。(露下院副議長が「北海道の全権はロシアにある」と公言している。『産経新聞』2020年6月11日)

ヨラム・ハゾニーが『ナショナリズムの美徳』(中野剛志/施光恒訳)(東洋経済 2021年)でいうように、ナチは民族主義にとどまらず、「帝国主義化し、自己の主義、文化を他国に強要するグローバリズム」となっていたのである。

大ロシア主義もこれと同じく、民族主義の衣をまとったグローバリズムといわなければならない。すなわち、この戦いはロシア民族主義ではなく、「大ロシア主義グローバリズム」対「ウクライナ民族主義」の戦いととらえるのがより正しいということになる。

「ネオナチ」の脅威は完全なる嘘

 ロシアが開戦理由として最前面に押し出していたのが、親ロシア派に対抗するアゾフ大隊などのネオナチの脅威である。

 ソ連時代の1932年から33年にかけてウクライナは大飢饉に襲われた。330万人から数百万人の餓死者を出した惨事であるが、天候理由もさることながら、共産党の独善的、強権主義がより大きな理由であったことは有名な映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地」にも描かれている。このためウクライナ民族主義者、ウクライナ国民の間に強烈な反ソ感情が生まれたことは必然のことである。したがってドイツ軍がウクライナに侵攻してきた時には多くのウクライナ人がドイツ軍に協力した。そのような背景の下、アゾフ大隊のような人たちが生まれたことも自然なことと言えるだろう。しかし、現在のウクライナでは、アゾフ大隊の違法なロシア系住民への攻撃が公認されているわけでもなければ、ウクライナ政府が反ロシア報復主義政策をとっているわけでもない。それどころか、ウクライナ東部にロシアは8000人規模のワグネル軍団の傭兵部隊を2014年から投入しているのだ。とっくに侵略行為を行っているのである。ネオナチをうんぬんする資格など全くない。いわんや、ウクライナ全面侵略の口実などになるはずもない。

 また、もう一つの開戦理由として、ロシアはNATOの脅威を挙げている。ウクライナが、NATO加盟をあきらめないことをロシアの脅威というのである。

 NATOは拡大して来たし、今でも拡大しつつある。しかし、NATOはいまだかつて、主権国家に対して、侵略戦争を仕掛けたことはない。NATO の拡大理由は、ロシアという侵略的大国の脅威を逃れるために加入国が拡大したのであって、一か国もNATOに加入して、ロシアを侵略しようなどと考えている国はない。今回のロシアの20世紀的な暴挙を見て、伝統的に中立政策をとってきたスエーデン、フィンランドなどがNATO加盟を正式に申請したのだからロシアの挙げた開戦理由は逆の効果を生み出しているのである。

 すなわち、ロシアの挙げるネオナチに関わる開戦理由もNATOに関わる開戦理由も、ロシアの一方的な全面侵略の理由には全くなりえないということである。

真珠湾攻撃とロシアの全面侵攻に共通性があるという歴史認識をめぐる誤った主張

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、3月16日に行われた米連邦議会のオンライン演説で、次のようなことを述べた。

真珠湾攻撃を思い出してほしい。1941年12月7日、あのおぞましい朝のことを。
あなた方の国の空が攻撃してくる戦闘機で黒く染まった時のことを。

 これはとんでもない、間違った認識である。しかし、大変残念なことであるが、真珠湾攻撃が日本の一方的な侵略行為である、という見方が、世界でほぼ共有されているというのが現実である。しかしながら、元ニューヨーク・タイムズの日本支社長のヘンリー・ストークス氏が、『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(藤田裕行訳)(祥伝社 2013年)で述べているように、日本侵略者論は全くの「虚妄」である。

 まず確認しておかなければならないことは、ロシアのウクライナ侵略は、自国の存在が危機的な状況下にあったわけではないにもかかわらず、小国であるウクライナに全面侵攻したという事実である。しかも、「核」の脅しを公言するという無法ぶりである。

確かに真珠湾攻撃は先制攻撃には違いないが、ロシアのウクライナ侵攻の場合とは全く異なり、日本は正真正銘の国家存亡の危機に直面していたのである。

アメリカは1939年7月7月に一方的に日米通商条約の破棄を宣言した。これはマンチェスター・ガーディアン紙(1939年7月28日号)が書いているように「アメリカ史上類例を見ない、重大な意味を持つ行為」であり、事実上「準宣戦布告」と言えるものであった。半年後からアメリカは日本に対して自由に「輸出制限」ができるようになり、屑鉄、合金、精鋼、鉄鋼製品、機械類などの輸出制限を開始し、ついに1941年8月には石油の全面禁輸を行うに至ったのである。石油の90%を輸入に頼っていた日本は、オランダもアメリカに追随して輸出制限を行うことになったので、石油の入手先がなくなり、近代国家として正に存続の危機に立たされることになったのである。ソ連が、逆に石油を欧米に対する戦略物資としてその輸出を脅しに使っているのと正反対の状況であったのだ。

 アメリカの国務長官ケロッグが、1928年12月8日、自身が提案したパリ不戦条約の批准のための議会討論で、議員の質問に答えて、「経済封鎖は戦争行為である。」(It’s an act of war,absolutely!)と述べているように、経済封鎖は戦争行為なのである。すなわち、経済封鎖という戦争行為を日本に対して先に行ったのは、アメリカに他ならないのである。

 これに加えて、アメリカは長距離爆撃機よる日本本土爆撃計画(JB355)を作成し、1941年の7月23日にはルーズベルト大統領が、これを承認するサインをしている。(サインをした文献は公文書館に公開されている。)真珠湾攻撃の4か月半前のことである。

 日本政府は、アメリカとの衝突回避のために交渉を続けていたが、それに対する実質的には最後通告であるハル・ノートが11月26日提出された。それまでの交渉の成果をほとんど無にする内容であった。開戦に賛成した共和党のリーダー・ハミルトン・フィッシュは、戦後、このハル・ノートが議会の誰にも知らされていなかったことを徹底批判して、これを知らずに自分が開戦に賛成したことは誤りだったと述べている。

 すでに経済封鎖により、実質戦争行為を行っているアメリカ、それに対して和解の道を探っていた日本にとって、和解の見込みがなくなったということは、自衛手段を取る以外に道がなくなったことを意味する。日本は自衛手段を行使する権利を持っている。そして、自衛手段の行使に踏み切った。それが真珠湾攻撃である。

 ロシアのウクライナ侵略は、自国の存亡が脅かされているわけでもなく、自衛権の行使でもない。どこにも似ているところなど存在していないことをゼレンスキー大統領をはじめ、世界中の人々が知るべきである。大変残念なことであるが、真珠湾攻撃が日本の一方的な侵略行為であるという見方が、今なお世界でほぼ共有されているというのが現実である。正さるべき認識である。