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【論説】一二三朋子「日本語教育にも国家的戦略を!」

令和4年(2022年)10月

    上席研究員

一二三朋子

1 日本語教育の概況

海外には2018年現在約400万人の日本語学習者がいる(国際交流基金 2020)。1988年以来、30年で30倍以上の増加である。また、日本国内にも16万人の日本語学習者がおり、やはり30年で約3倍の増加となっている(文化庁 2021)。

国内における日本語教育の動向は、時代の変遷に伴って変化してきた。1970年代までは、日本語を学習するのは、日本研究者やビジネスマン、留学生などごく少数の外国人だけであった。しかし、日本の高度経済成長、日中国交正常化(1972)、難民条約締結(1981)、留学生10万人計画(1983)、「出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)」改正(1990)、外国人技能実習制度(1993)、留学生30万人計画(2008)、EPA(経済連携協定)(2008)、「特定技能」(2019)など、その時々の政治・経済・外交の影響を受けながら、日本語学習者は増え続け、かつ多様化してきた。しかし、日本語教育はそれ自体の明確な理念のないまま外的要因に翻弄され、目先の問題に追われるだけの場当たり的な意味での悪戦苦闘の歴史であり、長期的な戦略がなかった。

2 国家的戦略としての視点の欠如

日本語学習者が増え、日本語教育が活発化することは、日本語や日本文化を世界に広め、親日家・知日家を増やす絶好の機会である。しかし、日本語学習者が増えたからといって、日本への理解が進み、親日家・知日家が増えているようには思われない。日本語学習者が増えながら、相変わらず、近隣諸国の反日活動は収まらず、日本に対する誤解・偏見は蔓延し、不当な批判や誹謗中傷に晒されている。日本への正しい理解が深まらないのは、国家的戦略のないまま日本語教育を放置してきたことに大きな原因がある。

国際交流基金は、国際文化交流を推進する日本で唯一の専門機関である。1972年設立以来、海外における日本語教育支援事業を行ってきた。設立当初は日本研究者養成が中心だったが、近年では、その時々の現地の要望や多様な日本語学習動機(先進技術獲得、技能研修、ポップカルチャー人気など)に応じた支援事業を展開している。しかしそこから読み取れるのは、相手国が日本語に興味を持ってくれているので、相手国の現状や要望に応じてお手伝いをするといった受動的・消極的な姿勢であり、それ以上の戦略的視点がない。

日本語教育学会や某大学・某日本語学校の日本語教育の目的や理念を見ても、「多文化共生のため/ともに学び合うため/相互理解・相互尊重のため/国際交流のため」といった言葉が躍る。確かに、最終的には日本の国益にも寄与するのかもしれないが、あまりに迂遠であり、戦略がないのに等しい。

 2020年に公布・施行された「日本語教育の推進に関する法律」も同じことがいえる。基本理念(第三条)には「日本語教育の推進は、日本語教育を受けることを希望する外国人等に対し、その希望、置かれている状況及び能力に応じた日本語教育を受ける機会が最大限に確保されるよう行われなければならない」「日本語教育の推進は、海外における日本語教育を通じて我が国に対する諸外国の理解と関心を深め、諸外国との交流を促進するとともに、諸外国との友好関係の維持及び発展に寄与することとなるよう行われなければならない」と書かれている。いちおう無難な規定であるが、我が国の国益に適う親日家・知日家を積極的に育成するという戦略的な視点は極めて薄い。

3 理念の欠如から生じた弊害

 我が国は、少子高齢化対策及び労働力不足対策として、1990年代から現在まで、「入管法」改正、外国人技能実習制度、留学生30万人計画、EPA、「特定技能」と、次々に新しい施策を繰り出してきた。しかし実態は日本人労働者が働かない低賃金労働の補充であり、これは一見、日本の経済を支えているように見られるが、日本の労働賃金を低下させる原因になっており、日本の経済を不健全にしていると評価すべきである。これも日本語教育の理念の欠如のもとに安易に経済の問題に対応したからだと思われる。

さらに留学生及び年少者の教育の問題だが、この2022年8月29日、岸田文雄首相は永岡桂子文部科学相と会談し、留学生受け入れ30万人を見直し、さらに留学生を増やす新たな計画を策定するよう指示した。留学生及び年少者の教育に関する問題は多々あるが、ここでは2点、理念の欠如から生じた弊害として簡単に触れる。

①年少者の教育問題

 1990年代から急増した日系2世・3世は渡日の際、家族を帯同する事例が多くなった。近年は留学生や特別技能でも家族帯同が認められている。学齢期となった子供は日本の公立学校に入学するも、日本語ができないために授業を理解できないだけでなく、母語も日本語も十分な能力を獲得できない。挙句の果ては不就学児となったり非行に走る事例も少なくない。

一方、受け入れ側の学校の教師たちに課される過重な負担も見逃せない。対象児童のための特別授業(日本語の補習授業等)、教材開発(ルビを振る、英訳をつける、母語の要約をつける等)、試験の特別対応(ルビを振る、辞書持込を認める、時間を延長する、試験問題を減らす、得点の底上げをする等)などである。また、親の仕事の都合による、不定期の入学・転学にも対応しなければならない。さらにまた、文化的違いに対する特別措置が、日本人児童との公平性に鑑みどこまで許容されるべきかも問題となる(ピアス、給食、放課後の掃除、課外授業への参加等)。「多様性は豊かさだ」という美名の下、問題を糊塗しているのが実態である。

②留学生の質の問題

 留学生10万人計画・留学生30万人計画では、数値目標だけが独り歩きし、各大学は無理をしても一定の人数の留学生を確保しようとする。

その結果、第一に、留学生の出身国が偏る問題がある。留学生の出身国の40%は中国である。その結果、機密情報流出の危険さえ生じていることである。しかし、日本の大学の危機感は非常に低く、性善説に立ち、留学生に疑いの目を向けることさえ忌避するような風潮がある。これも日本国全体で、日本語教育における戦略的視点の欠如の結果である。

第二に、学力・日本語力の低い留学生を受け入れざるを得ない問題がある。もともと学業目的でない留学生の場合は授業に出席せずバイトに専念したり、いつの間にか行方をくらます者もいる。そして大学の中には「大学の国際化」と称して、日本語力の低い留学生に対しては、日本への留学生に対する教育でありながら、英語で受けられる科目を増やしたり、英語だけでも卒業できることを謳う大学もある。

4 日本語教育に国家的戦略の視点を

中国の孔子学院は、中国語・中国文化教育機関である。教育の名を借りて中国共産党の主張に基づいた世論戦宣伝(プロパガンダ)やスパイ活動を行うと言われている。近年欧米では孔子学院への警戒が強まり、閉鎖する大学も相次いでいる。しかしこの孔子学院の自国語・自国文化を広めようとする積極的姿勢には、日本の国家的戦略として見習うべき点があろう。相手国の要望に応じただけの日本語教育、就職など個人的利益のためだけの日本語教育ではなく、日本という国の歴史・文化・価値観を深く理解する知日家、日本の伝統・文化を愛し尊ぶ親日家を養成するためには、孔子学院から学ぶべきものは多い。

そこで考えられるのだが、世界の国のいろいろな大学に、日本の予算を提供して、日本語と日本の文化を学ぶ「日本文化コース」というような授業コースを設け、必要に応じて日本の大学や専門学校から教授要員を派遣するような制度を創設すべきではないだろうか。

そのためには、日本国内における日本語教師養成において、日本語教師になることの意味を十分に理解させること、つまり、日本の国益のための日本語教育であり、日本語教師であるという使命感を持たせる必要があろう。また、自虐史観から脱却したうえで、最低限の素養として日本に関する知識を涵養するべきである。例えば、万世一系の天皇を頂く世界最長の歴史を持つこと、縄文時代という1万年以上にわたり平和な循環型社会を実現させていたこと、宗教に対する寛容さ、憲法17条に顕現する和の精神や民主主義、『万葉集』に見られる平等性、『源氏物語』に象徴される女性の地位の高さ、など、世界に誇るべきものは枚挙にいとまがない。こうしたことを、先ずは日本語教師自身が素養として持つべきものとして、こうした内容を大学や専門学校の日本語教師養成教育のカリキュラムに不可欠なものとして取り入れていくべきである。

これはあくまでも論者の一二三の印象であるが、日本語教師を目指す人は、優秀かつボランティア精神旺盛で、多文化共生や相互尊重といった高い志を持つ人が多い。したがって、国家的戦略を持って日本語教育の内容が改善されれば、使命感をもって日本語・日本文化を世界に発信し、知日家・親日家を増やすことはそれほど困難なことではないのである。