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【論説】矢野義昭「日本が独自に核保有する必要性と可能性」

―米国側の劣勢に傾く核戦力バランスと核抑止の信頼性確保への道―

【英訳版】https://i-rich.org/?p=835

令和4年(2022年)6月

上席研究員

矢野義昭

ロシアによるウクライナ侵攻にみられるように、力による現状変更の動きに対し、米国の核戦力等の抑止力では、既存秩序を護り抜くことができなくなりつつある。

裏切られたウクライナへの「核の傘」の保証

ウクライナはソ連が分離独立した当時、約1400発の核弾頭を保有し、ロシア、米国に次ぐ世界第3位の核大国だった。しかし、ウクライナからの核拡散をおそれた米英露はウクライナに1994年、安全保障を提供することを条件に、保有する核弾頭をすべてロシアに移管することに同意させた。

しかし2014年のロシアによるクリミアの事実上の併合に際して、米英はウクライナの安全保障のために核の傘を差し伸べることはなかった。核大国に侵略され核恫喝を受けても、米国がウクライナに保証していた核の傘は機能しなかった。

米国の核の傘の信頼性低下を見透かしたように、中露朝の軍事的示威行動や核恫喝の動きは日本周辺でも強まっている。

日本がこれまでとってきた核抑止の米国への全面的依存政策と「非核三原則」を見直し、独自の核抑止力保有の必要性とその可能性について、真剣に検討すべき時期に来ている。

抑止力には段階がある。最上位に位置するのは、核兵器であり、その下位に生物・化学などの大量破壊兵器、その下位に通常兵器、さらにその下に非軍事の外交・経済・科学技術・情報宣伝などの抑止機能がある。

いずれかのレベルの戦力が劣っていると抑止が破綻するが、仮に紛争が起こり、エスカレーションに至っても、より上位の抑止レベルで戦力が上回っていれば、それ以上に紛争がエスカレートすることは抑止できる。

すなわち、核戦力を保有していれば、原理的には仮に通常兵力で紛争になり劣勢になっても、核恫喝を加えることで、それ以上の紛争のエスカレーションや相手が望む紛争の結末の受け入れを拒否することができる。

有名無実の「非核三原則」と失われた米国の「核の傘」の信頼性

  日本は、佐藤内閣が1972年 (昭和47年) 10月9日に閣議決定して以来「非核三原則」を謳っている。しかし米国自身は、攻撃型原潜などに核兵器を搭載しているか否かについては、否定も肯定もせずあいまいにするとの方針をとっている。日本領海を通過する米国の原潜等に日本側が立ち行って核搭載の有無を確かめることはできない。つまり、日本の「非核三原則」は少なくとも「持ち込ませず」については有名無実と言えよう。

現実的政策として日本は、核抑止を米国に全面的に依存してきた。米国の核の傘(拡大核抑止)の保証は、日本が独自の核能力を持とうとしない最大の理由である。

しかし、米国の中露に対する核戦力バランスは既に不利に傾いている。ウクライナ戦争により中露はこれまで以上に連携の度合いを強めている。核戦略でも中露間の連携が密かに合意されている可能性は高い。米国の専門家は、戦略核戦力の分野で中露が連携して米国を共通の敵とした場合、その核戦力バランスは2対1の劣勢になるとみている。

中距離核戦力(INF)についても、INF全廃条約に拘束されず、1990年代から一方的にINFを増強してきた中国がインド太平洋では優位に立っている。また短距離核では、ロシアは長大な国境線を護るために重視しており、米国の4~6倍の1800発以上を保有しているとみられている。

中国がどの程度の核戦力を保有しているかは不明であるが、各レベルにおいて中露が米国より優位にあるのは明らかである。バイデン大統領の訪日時等の言明にも関わらず、現実の戦力比較から判断すれば、米国の核の傘は信頼性を失っているとみざるをえない。

そうであれば、日本には二つの選択肢しか残されていない。いかなる大国にも耐えがたい損害を与えうる、英仏並みの最小限核抑止力を自ら保有するか、核保有をせず通常戦力の増強に努めるかである。

高度な日本の核保有潜在能力と米国の日韓核保有黙認への転換

日本には核保有をする十分な潜在能力があると、日米の専門家はみている。日本は数日以内にも核爆弾を製造する能力を持っており、核爆弾の燃料となる核分裂物質も保有している。

核爆弾の設計と製造にはそれほど高度な技術も多額の経費も必要とせず、日本はスーパーコンピューターを使い核実験なしでも核弾頭を開発できるとみられている。

日本は大陸間弾道弾に転用できる民生用の固体燃料ロケットを保有している。また日本は5年以内に弾道ミサイル(SLBM)の搭載可能な原子力潜水艦を開発し配備することもできる。弾頭部に使用する再突入体を開発し製造する能力を持っており、その技術力は、誘導技術も含め「はやぶさ」等でも実証されている。

米国は、北朝鮮の核ミサイル開発に対し有効な抑止策をとれないでいる。北朝鮮は2022年3月、火星17という全米に届く大型ICBMの発射試験に成功している。また北朝鮮は、現用のミサイル防衛システムでは阻止困難とみられる極超音速兵器の開発も進めており、近く7度目の核実験を行うかもしれない。

このような北朝鮮の核攻撃力の脅威の高まりに対し、米国は韓国の核保有を容認する政策に転換している。

2017年トランプ大統領は、韓国に原潜建造と韓国の弾道ミサイルに課してきた射程と弾頭重量の制約を解除することを認めた。韓国は原潜の建造計画に着手し、2021年9月にSLBMの水中からの発射試験に成功している。

韓国の将来のSLBM保有を認めるという米国の対韓政策の転換は、日本に対してもとられるとみるべきであろう。SLBM保有は弾頭への核搭載、独自の核保有、NPTが禁じている核拡散を意味する。しかし、日本の核保有容認は、現在と将来の米国の中露に対する核戦力バランスの劣勢を考慮すれば、米国の国益にかなった合理的戦略でもある。

なぜなら、米国がもし日本に独自核保有を認めないとすれば、日本は中朝の核恫喝に対し屈するしかない。通常戦力のみでは、核兵器の数百万倍という破壊力には対抗できないためである。屈すれば、日本は中国の従属国となり、その軍事基地化する。そうなれば、米国は西太平洋の覇権を失うことになる。

日本に核保有を認めないまま、中朝の核恫喝に屈服させないとすれば、米国は自ら大規模な地上兵力を派遣して、日本防衛のために中国軍と戦わねばならなくなる。

結局、日本には中国に対する最小限核抑止力とその運搬手段として、最も残存性の高い原潜に搭載したSLBMの保有を認めることが、米国の死活的国益を最低のリスクで守るための唯一の合理的選択ということになる。

日本国民の意識の変化と最も信頼できる独自核保有の実現

今後予想される台湾海峡や朝鮮半島の危機、強まる中朝露の連携と軍事的脅威などの情勢悪化に直面すれば、従来の日本国民の核アレルギー、反核感情は説得力を持たなくなる。実効性のある抑止力と侵略に抵抗できる軍事力の保持を求める声が、若い世代を中心に日本国内でも高まるであろう。

日本の国内世論が変化すれば、政治的にも核保有が現実論として検討されることになるであろう。ひとたび政治的決定さえ下されれば、日本は技術的には数週間以内に信頼のおける核兵器を核実験なしでも製造でき、独自核保有という最も信頼性の高い抑止手段を手に入れることができるのである。