―外国人の排斥・差別との批判は不当―
令和5年(2023年)8月
国際歴史論戦研究所 上席研究員
矢野義昭
移民問題は広範多岐にわたる問題であり、単なる人道問題ではない。当面の利益だけではなく長期的な影響、受入れ国の立場だけではなく移民の母国や国際社会への影響、移民の種類、高等人材か単純労働者か、合法か非合法かという視点も踏まえて分析すべき課題である。
現状では、国際的に広く受け入れられている「移民」の定義は存在しない。以下では、国連の国際移住機関(International Organization for Migration: IOM)の活動のためにIOMにより定められた定義による。
IOMの定義によれば、「移民」とは「国際法などで定義されているものではなく、一国内か国境を越えるか、一時的か恒久的かに関わらず、またさまざまな理由により、本来の住居地を離れて移動する人という一般的な理解に基づく総称」であるとされている。
また、「移民」には、移住労働者のような法的分類が明確な人々や、密入国した移民のように、ある特定の移動の種類が法的に定義されている場合がある一方、法的地位や移動の方法が国際法で特に定義されていない留学生なども含まれる[i]。
なお、移民のごく一部だが、「紛争や迫害や災害など、強制的理由あるいは何らかのひげ的理由で故郷や祖国から移動を強いられる人々」がおり、そのうち国外に出る者を「難民」、国内で移動する者を「国内避難民」と称する[ii]。
「難民」は、1951年難民条約の第1条で、「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されている[iii]。
先進国の移民受け入れの実情とその齎す課題
生物は一般にそれぞれに限られた環境を群れ毎に棲み分けて共存を図っている。人類も同様に、各民族や部族はそれぞれの縄張りをもって限られた環境を棲み分け、相互に人々の往来や交易などを通じ交流と共存共栄を図ってきた。
人類は長い歴史の中で文明や王朝の興亡を繰り返しつつ、現在の200近い主権国家の併存体制としての人類社会を形成してきたが、その根底には、この棲み分けの知恵が生かされている。各国はそれぞれが固有の歴史、伝統、文化、言語あるいは信仰を持ち、他国には替えがたいアイデンティティーを保有している。
このような主権国家の併存を否定し、国境を無くして世界統一政府を創ることが、戦争を無くし永遠平和を実現する道だとするグローバリズムの思想もある。グローバリズムによれば、国境の壁を無くし、各国が大量の移民を受入れ、人種、性別、国籍を超えた均一社会を創れば、世界全体が恒久的な共生社会を実現できるとされてきた。
IOMのWorld Migration Report 2020でも、移民が経済発展、イノベーション、統治能力向上、知識普及などに積極的役割を果たしてきたことを強調している[iv]。EUでは、移民政策を推進してきた。1995年に発効したシェンゲン協定によって、EU市民であるかEU域外の外国人(非加盟国籍者)であるかに関わらず旅券検査などの出入国審査(域内国境管理)が廃止され、また、対外的には、シェンゲン協定加盟国共通の短期滞在査証(ビザ)が発効される共通ビザ政策がとられている[v]。
特に少子高齢化社会を迎える日本のような社会では、人口減少を食い止めるためにも、移民の中でも「必要な外国人材」を受け入れることが必要とされてきた。
日本でも、2020年7月の外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議の資料に、「今後、新型コロナウイルス感染症が収束した後には、経済情勢の好転や来日する外国人が急激に増加することが見込まれることから、必要な外国人材を円滑に受け入れられるよう、引き続き外国人材の受入れ環境整備に全力で取り組んでいく必要がある」とされている。その背景には、日本として、今後長期にわたり「必要な外国人材」を積極的に受け入れるという姿勢がある[vi]。
日本も既に移民受け入れ大国になっているとの見方もある。2020年時点での世界の移民の総数は2億8060万人、人口に対する比率は3.6%に上っている[vii]。日本は、公式には移民を受け入れていないが、上記のIOMの定義を踏まえ、技能実習生、留学生、不法入国者なども含めれば、2018年時点で日本は移民受け入れを行っている主要な国の中でも第4位に位置するほど多くの移民を受け入れているとみることもできる。
「日本より多い国はドイツが第1位で約138.4万人、アメリカが第2位で約109.7万人、第3位がスペインで約56万人と多くの移民を1年間で受け入れている。日本は52.0万人を2018年に受け入れているが、それ以前から毎年30万人前後の、(IMOの定義に基づく)移民を受け入れてきた。その背景には日本の人口減少などの理由が存在するが、現状として日本は世界的に見て、多くの移民を受け入れる移民大国であることは確かである」との見方もある[viii]。
しかし、移民導入には、大きな問題が潜在している。
前記の難民条約第1条でも、「難民が難民ではなくなった場合の規定や、当該個人が、平和に対する犯罪、戦争犯罪及び人道に対する犯罪や、難民として避難国へ入国することが許可される前に避難国の外で重大な犯罪(政治犯罪を除く)を行った場合には、難民条約が適用されないこと」を規定している[ix]。
さらに大量の不法入国者や移民が流入すると、単なる治安の悪化や失業問題という域に止まらず、流入国の低所得層と就職先を奪い合い、また賃金低下も齎すことになる。
例えば、「なぜ日本の賃金が上がらないのかというと労働力が「過剰」だからだ。2017年の労働力調査では15歳から34歳の就業者は1643万人と年を追うごとに減っている。ここだけ見れば、「貴重な労働力」なので賃金も上がっていくはずだが、そうならないのは、55歳以上の「高齢労働者」がまだあふれかえっているのと、外国人留学生と技能実習生という「短期移民」が5年前から倍に膨れ上がっているからだ」との指摘もある[x]。
地域社会でも受け入れ先のコミュニティのルールを守らないこともあり、例えば環境保護などの面で地域社会に新たな負担や軋轢を強いることにもなる。ゴミ収集の規則を守らない移民への対応、イスラム移民の女性のヘジャプ着用問題などもその一例と言える。移民受け入れは、単なる人道問題ではなく、このような様々の社会的な軋轢やコストを現実に生んでいる。
EUでは2010年末チュニジアで勃発した民主化運動に端を発した「アラブの春」以降、政治・社会情勢が著しく不安定になったアフリカ・中東地域から、移民・難民が密航船でイタリア、マルタ、ギリシャ、スペイン、キプロスなどに押し寄せている[xi]。
移民がさらに増えると、特定の地域や業種が移民により占められ、既存の社会から分断されることも生じる。その場合、地域の地方自治を盾に、移民社会の利益になる条例を制定し自治権を確立することになる。それが昂じると、地域の分離独立、あるいは国家の分裂や解体ももたらしかねない。内戦や騒乱になれば、そのような動きを阻止しようとする元々の居住民と移民との内戦あるいは外国勢力の介入による国家間の戦争に発展することもある。
欧州委員会の報告書によると、2060年までにEU加盟国に流入する移民の純増数は合計5,500万人になると予想されており、ほぼ70%が4カ国に向かい、イタリアへ1,550万人、英国へ920万人、ドイツへ700万人、スペインへ650万人が流入すると予測している。2060年にはEUの総人口は、5億2,300万人に増加すると予想されている[xii]。
EU加盟国でもフランスはこれまで移民の受け入れに寛容だった。しかしそのフランスの人権諮問委員会が2014年4月、フランス政府に提出した「人種差別報告書」によると、フランス国民の74%が「移民は多すぎる」と考えている。また、国民の77%が「移民は社会的保護を受けるためにだけフランスに来る」と考えているという結果が出ている[xiii]。
2004年、2007年のEUの「東方拡大」は、EUの共通移民政策の方向性に大きな影響を与えることとなった。その1つが、既存の加盟国と大きな経済格差のある中・東欧からの大規模の労働力の移動が起きるのではないかという強い懸念であった。つまり、かつての移民の送り出し国(ポーランドなどの中・東欧)であった新規加盟の「域内」から受入国(ドイツ、英国、フランスなど)である既存加盟の「域内」への人の移動の問題である。
もう1つのより重要な問題が、東方拡大によって、EUの境界線の東への移動による「域外」から「域内」への移民の大量流入の問題である。新規加盟した中・東欧を経由して移民希望先(ドイツ、英国などが想定される)を目指して、国境外から押し寄せてくる移民・難民に対する新規加盟国による国境管理の強化とEUレベルの共通政策の徹底によって、EU域内の「自由・安全・司法の領域」の原則が遵守されることが重要であった。というのは、EU域内の人の自由な移動は、一度必要な手続きをとり、合法的に域内に入ってきた第三国民(非加盟国籍者)に対しても認められているからである[xiv]。
2014年の欧州議会選挙では、反移民、移民排斥を最大の争点に掲げるフランスの国民戦線(FN)が、25%の支持票を獲得して第1党に躍進、英国でも反移民・移民規制を主張する英国独立党(UKIP)も第1党に躍進した。好転しない経済・雇用情勢や、移民問題に不満を募らせる世論の支持が強まっていたからである[xv]。
すなわち、ルールなき大量移民の流入は、既存の国家社会の分裂や解体を齎しかねない、各国にとり人口侵略という国家安全保障上の危機を招く危険な政策である。
日本の出入国制度の課題と法改正の正当性
以上のような移民流入に伴う課題は日本でも深刻化している。中でも最も深刻な事態は、現行の日本の出入国管理制度の抜け穴を悪用する者が増加している点である。
以下では、日本の収入国制度の現状とその課題を踏まえ、日本の出入国在留管理、特に外国人の退去強制や難民認定に関連した諸課題について、適切に対応するための法改正の取組について紹介する。
1 日本の出入国在留管理制度の概略
(1) 公正な出入国在留管理
外国人を日本の社会に適正に受け入れ、日本人と外国人が互いに尊重し、安全・安心に暮らせる共生社会を実現することは重要だが、どんな人でも入国・在留が認められるわけではない。
例えば、テロリストや日本のルールを守らない人など、受け入れることが好ましくない外国人については、入国・在留を認めることはできない。
そのため、日本では、法律に基づき、来日目的等を確認した上で、外国人の入国・在留を認めるかどうかを判断することとしており、入国・在留を認められた外国人は、認められた在留資格・在留期間の範囲内で活動する必要があり、その在留資格を変更したいときや、在留期間を超えて滞在したいときは、許可を受ける必要がある。
以上のように、日本では、在留資格・在留期間等の審査を通じて、外国人の出入国や在留の公正な管理に努めており、このように、その国にとって好ましくない外国人の入国・在留を認めないことは、それぞれの国の主権に属する問題であり、国際法上の確立した原則として、諸外国でも行われている[xvi]。
(2)外国人の退去強制
日本に在留する外国人の中には、ごく一部だが、他人名義の旅券を用いるなどして日本に入国した者(不法入国)、許可された在留期間を超えて日本国内に滞在している者(不法残留)、許可がないのに就労している者(不法就労) 、日本の刑法等で定める犯罪を行い、実刑判決を受けて服役する者たちがいる。これらの行為は、入管法上の退去を強制する理由となるだけでなく、犯罪として処罰の対象にもなる。
そのようなルールに違反した外国人については、法律に定める手続によって、原則、強制的に国外に退去させることにより、日本に入国・在留する全ての外国人に日本のルールを守るよう努めている。
ただし、退去させるかどうかの判断に際しては、ルール違反の事実のほか、個々の外国人の様々な事情を慎重に考慮しており、例外的にではあるが、本来退去しなければならない外国人であっても、家族状況等も考慮して、在留を特別に許可する場合もある(在留特別許可)。
その許可がされなかった外国人については、原則どおり、強制的に国外に退去させることになる[xvii]。
この外国人の強制退去に関する規定及びそれらに基づきとられる措置についても、法治国家として執るべき合規適正なものであり、国内法上も国際法上も何ら問題はない。
(3)難民の認定
日本は、1981年に「難民の地位に関する条約」(難民条約)、1982年に「難民の地位に関する議定書」に順次加入し、難民認定手続に必要な体制を整え、その後も必要な制度の見直しを行っているところである。
日本にいる外国人から難民認定の申請があった場合には、難民であるか否かの審査を行い、難民と認定した場合、原則として定住者の在留資格を許可するなど、難民条約に基づく保護を与えている。
難民には該当しない場合であっても、法務大臣の裁量で、人道上の配慮を理由に、日本への在留を認めることもある。
なお、ここでいう「難民」とは、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見という難民条約で定められている5つの理由のいずれかによって、迫害を受けるおそれがある外国人のことである[xviii]。
以上の、日本政府が採っている、公正な出入国管理のための審査等の措置は、国内の治安を維持し秩序を守り、一般の日本国民の安全、財産を守るためにも、主権国家として果たすべき、必要な国境管理上の当然の義務であり権利であり、前述した『難民の地位に関する1951年の条約』第1条F項でも認められている。
日本は加入した難民条約、同議定書に基づき、必要な制度態勢を整え、制度の見直しを誠実に履行しており、難民認定の申請者に対しても、必要な保護を与えている。また例外的に難民に該当しない者についても、人道的配慮から在留を認めることもある。このように、日本は、何ら外国人や難民に対する差別的扱いはしていないことは明らかである。
2 現行入管法の課題(入管法改正の必要性)
前記の『出入国在留管理庁ホームページ』によれば、現行の入管法には、以下の課題が存在している。
課題➀(送還忌避問題)
入管法に定められた退去を強制する理由(退去強制事由)に該当し、日本から退去すべきことになった外国人の多くは、そのまま退去するが、中には、退去すべきことが確定したにもかかわらず退去を拒む外国人(送還忌避者)もいる。
その数は、令和3年12月末時点で、3,224人(令和2年12月末時点よりも121人増)に達しており、中には、日本で罪を犯し、前科を有する者もいる。3,224人中1,133人が前科を有し、うち、515人が懲役1年超の実刑前科を有する者である。
なお、速報値ではあるが、令和4年12月末時点では、送還忌避者の数は、4,233人まで増加している(1,009人増)。
現行法下では、次のような事情が、退去を拒む外国人を強制的に退去させる妨げとなっている。
〇難民認定手続中の者は送還が一律停止
現在の入管法では、難民認定手続中の外国人は、申請の回数や理由等を問わず、また、重大な罪を犯した者やテロリスト等であっても、退去させることができない(送還停止効)。
外国人のごく一部ではあるものの、そのことに着目し、難民認定申請を繰り返すことによって、退去を回避しようとする者がいる。
〇退去を拒む自国民の受取を拒否する国の存在
退去を拒む外国人を強制的に退去させるときは、入国警備官が航空機に同乗して本国に連れて行き、本国政府に引き渡す必要がある。
こうした場合、その本国政府は、国際法上の確立した原則として、自国民を受け取る義務があるが、ごく一部ではあるものの、退去を拒む自国民の受取を拒否する国があり、現行法下では、退去を拒む者をそのような国に強制的に退去させる手段がない。
〇送還妨害行為による航空機への搭乗拒否
退去を拒む外国人のごく一部には、本国に送還するための航空機の中で暴れたり、大声を上げたりする人もいる。
そのような外国人については、他の乗客や運航の安全等を確保するため、機長の指示により搭乗拒否されるので、退去させることが物理的に不可能になる。
1(2)でも述べたように、退去させるかどうかの判断に際しては、個々の外国人の様々な事情を慎重に考慮し、在留を認めるべき者には在留を認めており、送還忌避者は、それでもなお在留を認められない者であるので、速やかに国外に退去すべきである。なお、平成26年から令和3年までの間の在留特別許可率は約7割である。
(2)課題➁(収容を巡る諸問題)
現行入管法では、退去すべきことが確定した外国人については、原則として、退去までの間、収容施設に収容することになっている。
そのため、外国人が退去を拒み続け、かつ、難民認定申請を誤用・濫用するなどの事情(2(1)参照)があると、退去させることができないことにより、収容が長期化しかねない。
収容が長期化すると、収容されている外国人の健康上の問題が生じたり、早期に収容を解除されることを求めた拒食(ハンガーストライキ)や治療拒否など、収容施設内において、様々な問題が生じる原因となりかねない。
現行入管法下で、収容の長期化を防止するには、「仮放免」制度を活用するしかないが、この制度は、もともと、健康上の理由等がある場合に一時的に収容を解除する制度であり、逃亡等を防止する手段が十分ではない。
そのため、仮放免された外国人が逃亡する事案も多数発生しており、令和3年12月末時点で、退去すべきことが確定した外国人で、仮放免許可後に逃亡をし、当局から手配中の者は、599人(令和2年12月末時点と比べて184人増)となっている。
なお、速報値だが、令和4年12月末時点では、その数は、1,410人まで増加している(令和3年12月末時点と比べて811人増)。
(3)課題➂(紛争避難民などを確実に保護する制度が不十分)
難民条約上、「難民」に該当するには、➀人種、➁宗教、➂国籍、➃特定の社会的集団の構成員であること、➄政治的意見のいずれかの理由により迫害を受けるおそれがあることが必要となる。
しかし、紛争避難民は、迫害を受けるおそれがある理由が、この5つの理由に必ずしも該当せず、条約上の「難民」に該当しない場合がある。
現在の入管法では、こうした条約上の「難民」ではないものの、「難民」に準じて保護すべき紛争避難民などを確実に保護する制度がない。
そのため、例えば、我が国では、令和4年3月以降、令和5年2月末までの間に、2,300人余りのウクライナ避難民を受け入れているところ、現状は、人道上の配慮に基づく緊急措置として、法務大臣の裁量により保護している状況にあり、こうした紛争避難民などを一層確実に保護する制度の創設が課題となっている[xix]。
以上の現行法制上の諸課題は、いずれも本来の法制定時には予測されていなかった課題であり、法規を改正し、その課題を防止する措置を講じなければならない。これは法治国家として当然の措置であり、外国人をことさらに差別するものではない。
特に③の課題は人道上の配慮に基づくものであり、むしろ紛争国からの難民受け入れ枠の拡大のための措置である。
3 入管法改正の基本的な考え方
今回の入管法改正案の基本的な考え方は、次の3つである。
➀ 保護すべき者を確実に保護する。
➁ その上で、在留が認められない外国人は、速やかに退去させる。
➂ 退去までの間も、不必要な収容はせず、収容する場合には適正な処遇を実施する。
これらの基本的な考え方に基づき、様々な施策をパッケージとして講じることにより、現行法の課題の一体的解決を図ることを目的としている。
4 入管法改正案の概要等
今回の改正案では、3項の3つの基本的な考え方を実行に移すために、次の(1)(2)(3)に示す様々な方策を講じることとしている。
(1)保護すべき者を確実に保護する。
➀ 補完的保護対象者の認定制度を設ける。
紛争避難民など、難民条約上の難民ではないものの、難民に準じて保護すべき外国人を「補完的保護対象者」として認定し、保護する手続を設ける。
補完的保護対象者と認定された者は、難民と同様に安定した在留資格(定住者)で在留できるようにする。
➁ 在留特別許可の手続を一層適切なものにする。
在留特別許可の申請手続を創設する。在留特別許可の判断に当たって考慮する事情を法律上明確化する。在留特別許可がされなかった場合は、その理由を通知する。
➂ 難民認定制度の運用を一層適切なものする。
法改正事項ではないが、次のような取組を通じて、難民認定制度の運用を一層適切なものにする。
- 難民の定義をより分かりやすくする取組
難民条約上の難民の定義には、「迫害」等、そのままでは必ずしも具体的意義が明らかではない文言も含まれている。そこで、これまでの日本における実務上の先例や裁判例を踏まえ、UNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)発行の文書や諸外国の公表する文書なども参考にしながら、こうした文言の意義について、より具体的に説明するとともに、判断に当たって考慮すべきポイントを整理する取組みを進める。 - 難民の出身国情報を一層充実する取組
難民に当たるかどうかを判断する上で必要となる申請者の出身国情報(本国情勢等)を充実させるため、UNHCR等の関係機関と連携して、一層積極的に収集する。
・ 職員の調査能力向上のための取組
難民に当たるかどうかの調査を行う当庁職員(難民調査官)に対して、出身情報の活用方法や調査の方法等に関する研修を行うことなどにより、一層調査能力を高めていく。
(2)送還忌避問題の解決
➀ 難民認定手続中の送還停止効に例外を設ける。
難民認定手続中は一律に送還が停止される現行入管法の規定(送還停止効)を改め、次の者については、難民認定手続中であっても退去させることを可能にする。
■3回目以降の難民認定申請者
■3年以上の実刑に処された者
■テロリスト等
ただし、3回目以降の難民認定申請者でも、難民や補完的保護対象者と認定すべき「相当の理由がある資料」を提出すれば、いわば例外の例外として、送還は停止することとする。
➁ 強制的に退去させる手段がない外国人に退去を命令する制度を設ける。
退去を拒む外国人のうち、次の者については、強制的に退去させる手段がなく、現行法下では退去させることができないので、これらの者に限って、一定の要件の下で、定めた期限内に日本から退去することを命令する制度を設ける。
■退去を拒む自国民を受け取らない国を送還先とする者
■ 過去に実際に航空機内で送還妨害行為に及んだ者
罰則を設け、命令に従わなかった場合には、刑事罰を科されうるとすることで、退去を拒む上記の者に、自ら帰国するように促す。
そもそも命令の対象を必要最小限に限定しており、送還忌避者一般を処罰するものではない。
➂ 退去すべき外国人に自発的な帰国を促すための措置を講じる。
退去すべき外国人のうち一定の要件に当てはまる者については、日本からの退去後、再び日本に入国できるようになるまでの期間(上陸拒否期間)を短縮する。
これにより、より多くの退去すべき外国人に、自発的に帰国するよう促す。
(3)収容を巡る諸問題の解決
➀ 収容に代わる「監理措置」制度を設ける。
親族や知人など、本人の監督等を承諾している者を「監理人」として選び、その監理の下で、逃亡等を防止しつつ、収容しないで退去強制手続を進める「監理措置」制度を設ける。
「原則収容」である現行入管法の規定を改め、個別事案ごとに、逃亡等のおそれの程度に加え、本人が受ける不利益の程度も考慮した上で、収容の要否を見極めて収容か監理措置かを判断することとする。
監理措置に付された本人や監理人には、必要な事項の届出や報告を求めるが、監理人の負担が重くなりすぎないように、監理人の義務については限定的にする。
収容の長期化を防止するため、収容されている者については、3か月ごとに必要に応じ収容の要否を見直し、収容の必要がない者は監理措置に移行する仕組みを導入する。
現行の入管制度は、「全件収容主義」などと言われることがありますが、改正法では、上記のように、個別事案ごとに収容か監理措置かを選択することとなり、これにより、「全件収容主義」は抜本的に改められることとなる。
➁ 仮放免制度の在り方を見直す。
監理措置制度の創設に伴い、仮放免制度については、本来の制度趣旨どおり、健康上又は人道上の理由等により収容を一時的に解除する措置とし、監理措置との使い分けを明確にする。
特に健康上の理由による仮放免請求については、医師の意見を聴くなどして、健康状態に配慮すべきことを法律上明記する。
➂ 収容施設における適正な処遇の実施を確保するための措置を講じる。
常勤医師を確保するため、その支障となっている国家公務員法の規定について特例を設け、兼業要件などを緩和する。
その他、収容されている者に対し、3か月ごとに健康診断を実施することや、職員に人権研修を実施することなど、収容施設内における適正な処遇の実施の確保のために必要な規定を整備する[xx]。
今回の日本の出入国管理法改正案は、悪用されがちな規定を改め、本来の目的を達するための正当かつ公正な法改正であり、一部の不法入国者の訴えるような、不法入国者や外国人に対する人権抑圧の措置ではないことは明白である。
不法入国者の引き起こす問題はそれだけではない。大量の不法入国者たちの背後には、彼らの不法入国を手引きする犯罪組織が存在する。彼らは法外の金銭を要求し不法入国を扇動するため、不法入国者は多額の借金を抱えていることが多い。このため、手段を択ばず入国し借金返済に宛てねばならない立場にある。しかも、不法入国者のため、入国先の国家の保護も母国の保護も受けられず、犯罪者に脅されても訴えるすべもない。
結果的に不法入国を手引きした犯罪組織の手先となり、麻薬密売、人身売買、武器密輸、売春などの組織犯罪の手先となることもあれば、幼少者は人身売買の犠牲になることが多い。このように、不法移民は移民そのものに対し深刻な人権侵害を招いているだけではなく、麻薬密売、人身売買などの組織犯罪集団にとり巨額の闇資金源にもなっている。
以上の観点から見て、不法移民に対し厳正な審査を行い、基本的に受け入れを容認しないことが最善の選択と思われる。
日本政府が今回行う出入国管理法の改正は、『難民の地位に関する1951年の条約』第1条F項に基づく、国際法上認められた主権国家としての条約上の正当な権利である。
また、国内の治安と秩序を守り国民の安全と財産を保護するため法治国家として果たすべき当然の責務を行使するものであり、一部の者や団体が主張するような、外国人あるいはその一部の不法入国者等を不当に差別しあるいは抑圧する措置との非難は当たらないのは明らかである。
[i] 移住(人の移動)について | IOM Japan 国際移住機関 日本(2023年8月7日付のIOM Japanの回答)。
[ii] IOM, World Migration Report 2020, June 1, 2020, p. 19.
[iii] 難民条約について – UNHCR Japan as of August 7, 2023.
[iv] IOM, World Migration Report 2020, Chapter 6-7.
[v] 大量の移民流入、連鎖する反移民に苦慮する欧州―内政を不安定にするリスクの高まり― - 一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)、2023年8月8日アクセス。
[vi] 劉洋「日本に長期居住する外国人と日本人との格差:失業率に着目した考察」『新春特別コラム』独立行政法人経済産業研究所、RIETI - 日本に長期居住する外国人と日本人との格差:失業率に着目した考察、2023年8月8日アクセス。
[vii] International Data | Migration data portal as of August 7, 2023.
[viii] 日本は移民大国?人口の減少と外国人労働者 (gooddo.jp)、2023年8月7日アクセス。移民の定義の出典は、OECD, International Migration Outlook 2020.
[ix] 『難民の地位に関する1951年の条約』第1条F項。
[x] だから「移民」を受け入れてはいけない、これだけの理由:スピン経済の歩き方(6/7 ページ) - ITmedia ビジネスオンライン、2023年8月7日アクセス。
[xi] 大量の移民流入、連鎖する反移民に苦慮する欧州―内政を不安定にするリスクの高まり― - 一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)、2023年8月7日アクセス。
[xii] Financial Times (December8,2014).
[xiii] 田中友義「変わるフランス人の『人権・平等』意識、揺らぐ政府・EUへの信頼感-反移民・反EUポピュリズムに共感する世論-」(『フラッシュNo. 205』2014年9月10日)。
[xiv] 正躰朝香「 移民政策のヨーロッパ化―EUにおける出入国管理と移民の社会統合をめぐって」(世界問題研究所紀要、京都産業大学、第28巻、2013年2月号)、175ページ。
[xv] 田中友義「反移民・反EUポピュリスト政党躍進の経済的・社会的背景-欧州議会選挙とフランスの事例からの検証-」(『季刊国際貿易と投資』国際貿易投資研究所、2014年秋号、No.97)75~91ページ。
[xvi] 『出入国在留管理庁ホームページ』、入管法改正案について | 出入国在留管理庁 (moj.go.jp)、2023年8月7日アクセス。
[xvii] 同上。
[xviii] 同上。
[xix] 同上。
[xx] 同上。