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【論説】澤田健一 アイヌ問題を放置すると北海道は第二のウクライナになる

【英訳版】https://i-rich.org/?p=1362

令和5年(2023年)2月

    上席研究員

澤田 健一

アイヌは異民族の先住民族ではなく日本民族であるという科学的真実

 2019年5月に国立科学博物館、国立遺伝学研究所、東京大学、金沢大学などの共同研究グループが、『アイヌは縄文人の核DNAを70%受け継いでいる』という重大な発表をしている[i]。これが科学的に証明された真実であり、アイヌは少なくとも縄文時代から北海道に住み続けている縄文日本人の末裔で間違いないのであり、アイヌが中世以降に北海道に入ってきた北方民族であるとする主張は完全に誤りであることが証明された。

 更には、2020年8月に公表された、東京大学、東京大学大学院、金沢大学による「縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史」の「研究内容」には、『本州縄文人であるIK002(注:愛知県伊川津貝塚出土の縄文人骨)は、アイヌのクラスター(注:グループ、系統)に含まれた。この結果は北海道縄文人の全ゲノム解析と一致し、アイヌ民族が日本列島の住人として最も古い系統であると同時に東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つである可能性が高いことを示している』と記載されている[ii]

 しかも、当該発表では、『縄文人骨(IK002)のゲノムは、東ユーラシア人のルーツともいえる古い系統であり、南ルートに属し、北ルートの影響をほとんど受けていない』と明記している。つまり、縄文人(後にアイヌと呼ばれるようになる人々を含む)は南ルートの人々なのである。これは、これまでに日本の考古学者などが展開してきた『アイヌは北方民族である』との主張が、科学的に否定されたことを意味する。

 これらの科学的に証明された真実が語っているのは、アイヌとは縄文時代から北海道に住み続けている縄文日本人の末裔なのであり、しかも北方民族などではなく南方ルートの人々であって、さらには大陸に進出していった集団は東ユーラシア人の創始集団となった可能性が高い、ということである。

ロシアの動きとプーチンの主張、それに呼応する国内左翼勢力

 ところが、ロシアではこうした事実関係を全く踏まえず、非科学的な主張が展開されている。2018年12月にロシアのプーチン大統領が、『アイヌ民族をロシアの先住民族に認定する考えをしめした』と報道されている[iii]。また、この流れを受けたかのように、2022年4月にロシアのセルゲイ・ミロノフ下院副議長は、『一部の専門家によると、ロシアは北海道にすべての権利を有している』と発言したとの報道がある[iv]

 また、2022年4月には『「レグナム通信」では、政治学者のセルゲイ・チェルニャホフスキー氏が、「東京(日本政府)は、政治的にロシア領であった北海道を不適切に保持している」と主張している』という報道もある[v]。そして、1855年の日露和親条約におけるロシア側の主張として、『そこ(北海道)にはアイヌ民族が住んでいた。サハリン(注:樺太)やウラジオストク近郊、カムチャッカの南部に住んでいるのと同じ民族で、ロシア民族のひとつだ』と説明されている。

 そこに、プーチン大統領の主張を置いてみよう。2022年9月に「ロシア世界」という新たな外交方針を承認し、外国に介入してロシア系住民を支援する行為を公式に明文化しているのである[vi]。そしてロシアはウクライナ侵攻前に、実は北海道に武力介入することを計画していたというのである[vii]

 これに呼応するように、国内左翼からプーチン大統領への働きかけもある。2019年1月に、モシリコルカムイの会(代表 畠山敏、副代表 石井ポンペイ)と名乗る団体が「ウラジミール・プーチン大統領あての要望書」を出している[viii]。この要望書では、『クリル諸島(注:千島列島)をアイヌの自治州/区』とすることに加えて、『知床半島(北海道島)との一体的な保全管理をご検討ください』とまでプーチン大統領に要望しているのである。これではプーチンに北海道を差し出すようなものだ。

日本の保守言論人と日本政府の誤ったアイヌ認識が危機を招く

 残念ながらこうした所謂「アイヌ北方民族説」は、何もロシアや国内左翼だけの主張ではない。国内保守言論人の中にも多くいるのである。その急先鋒である的場光昭氏の主張をみておく。2019年の時点で「篠田先生(注:篠田謙一国立科学博物館館長)は、『近世のアイヌ民族が、ロシア沿海地方にルーツを持つオホーツク文化人から影響を受け、シベリアの先住民族とも遺伝的関係があることが分かりました』と結論付けている。これは今までの考古学的研究成果と一切矛盾を生じないどころか、ピッタリ一致する結論なのだ」と書籍で結論を述べている[ix]。その数行前では『(アイヌは)縄文人の子孫ではないということだ』とまで述べているのである。

 上記主張は、正にプーチン大統領の主張とピッタリ一致しているのである。しかも近年次々と明らかになってきている核DNAの研究成果を知った上で、いまだにこのような主張を展開しているのである。的場氏は北海道在住であり、北海道の保守言論人ということになっているが、つまり北海道の保守言論人も左翼集団も「アイヌは北方民族である」と、同じ主張をしているのである。これではプーチンの思うつぼにはまってしまっていることになる。

 さらには、日本政府の見解でも、まるでアイヌが日本民族ではないと誤解されかねない表現が用いられている。例えば国土交通省のホームページにある「アイヌ関連施策」では「アイヌの人々は、少なくとも中世末期以降の歴史の中でみると、当時の「和人」との関係において北海道に先住していたと考えられ」、としている。この表現ではアイヌは日本民族ではないような誤解を与えてしまう。この表現は、今から四半世紀前の1996年4月に出された「ウタリ対策のあり方に関する有識者会議」の報告書によるものである[x]

 また、2008年6月の同日に決議された衆議院本会議と参議院本会議における「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」では同じ表現が用いられており、「アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族と認めること」を求めている。

 このような表現は、多くの学者が「アイヌは北方民族であり、日本民族とは別民族である」とする科学的に根拠を失った主張に基づくものである。こうした学者たちの誤った主張が、政府見解や衆議院および参議院の国会決議に反映されてしまっているのである。

北海道を第二のウクライナにしないために

 ロシアは自国民族の保護を旗印に掲げてウクライナ侵攻を開始した。それは歴史的事実や実際の現状を度返しした、また相手側の主張など全く無視した一方的な言いがかりでしかない。つまりロシアは他国の主張など全く考慮せずに、自国民に対して(こじつけであっても)説明さえ通れば他国を侵略するのである。

 ロシアは「アイヌはロシア系民族である」と捏造し、そのアイヌ問題を通して「北海道の全権はロシアにある」などの暴論を主張し始めている。こうした暴論がロシア国内で通用するようになると、ロシアは北海道の主権をさらに声高に主張し始めることになるであろう。そうなればウクライナの場合と同じように北海道侵略はロシアにとって正当化されることになってしまう。

 本論文では字数の制約から核DNAだけの説明になったが、アイヌが縄文人の子孫である証拠はまだまだたくさんあるのであることを付言しておく。

 また、こうした不穏な発言が出てくる背景には、日本政府の曖昧なアイヌ政策がある。日本政府は、過去の科学的根拠をもたない学説によってアイヌ認識が大きく誤ったものになっていることを改め、科学的真実に基づいた新たな、そして正しいアイヌ認識を確立しなければならない。政府が自国民の分断を促すような認識を示すのは絶対にあってはならないことなのである。科学的真実に基づいて、アイヌは正統な日本民族であると認識し直さなければならない。

引用文献


[i] 『遺伝子から続々解明される縄文人の起源~高精度縄文人ゲノムの取得に成功』 独立行政法人 国立科学博物館 2019年5月13日

[ii] 『縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史』 東京大学・東京大学大学院・金沢大学 2020年8月25日

[iii] 『アイヌ民族は「ロシアの先住民族」』 北海道新聞 朝刊 2018年12月19日

[iv] 『「北海道に権利有する」ロシア政界で対日けん制論』 JIJI.COM 2022年4月9日

[v] 『「北海道の権利はロシアに」露議員、戦乱に乗じて主張 「暴論」の根拠は?』 J-CASTニュース 2022年4月7日

[vi] 『プーチン大統領、新たな外交方針承認 海外の「同胞」支援を重視』 ニューズウィーク日本版 2022年9月6日

[vii] 『ロシアはウクライナでなく日本攻撃を準備していた…FSB内通者のメールを本誌が入手』 ニューズウィーク日本版 2022年11月25日

[viii] 『ウラジミール・プーチン大統領あての要望書』 モシリコルカムイの会 2019年1月11日

[ix] 『科学的“アイヌ先住民族”否定論』 的場光昭著 的場光昭事務所刊 2019年9月1日第一刷発行 224~225頁

[x] 『ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会 報告書』 座長伊藤正己東京大学名誉教授 1996年4月1日