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書評 杉原誠四郎著『「マッカーサーの日本占領」への疑問とは』(自由社2026年)

【英語版】https://en.i-rich.org/archives/2848

評者 一二三朋子(上席研究員)

本書を一読し、マッカーサーに対する印象はがらりと変わった。日本人の大多数は、マッカーサーに対して、どちらかといえば良い印象は持っていないといえるであろう。占領中、日本を弱体化させるために、日本に戦争責任をすべて押し付け、自虐史観を植え込み、日本の伝統文化など一切無視した社会改革を行い、日本人の精神性を破壊するために教育改革を行い、大規模な公職追放及び大々的な検閲を行い、日本の非軍事化を徹底するための憲法を押し付けた張本人であり、日本人を「12歳」と愚弄した傲慢な人間という印象であった。

しかし、本書は、マッカーサーの知られざる功績を明らかにする。これまであまり光を当ててこられなかった側面ではあろう。少なくとも今日の一般的日本人は、マッカーサーといえば、歴史教科書で「(写真は)見たことがある」程度の人物であろうから、今日の日本人は本書を読んでみる必要がある。

ここで、その功績を再掲すれば、①美術品などの文化財が国外に流出することの禁止、②外資の導入抑制、③医療制度・公衆衛生制度の大改革により伝染病死者を出さなかったこと、④飢餓の救済、そして、⑤天皇の退位を認めなかったこと、である。いずれも、重要でありながら、マッカーサーの功績として知っている日本人は極々少数であろう。著者も述べるように、マッカーサーの顕彰碑を建立してでも、この功績を日本人は知るべきであろう。

一方で「日本人は12歳の子供である」というマッカーサーの発言は有名であり、それがゆえにマッカーサーの日本人による評価は非常に低くなったのだ。あるいはマッカーサー嫌いを生み出したともいえる。しかし、著者は、この発言の真意を次のように分析する。つまり、日本人が純情で善良であること、それゆえに戦争に巻き込まれ、結果として負けたが、今は厳しい世界の中で生きていくためにさまざまなことを学習中であると言いたかったのであると。決して日本人を馬鹿にした発言ではなかったと、著者は言うのである。

さらに、著者は、最も重要なマッカーサー発言だとして、次のことを紹介し指摘する。それは、マッカーサーが1951年(昭和26年)アメリカに帰国して議会で述べた言葉であるが、マッカーサーは、「占領中に制定された諸法規は、占領終了後、日本の文化や文明に合ったものに修正されるであろう」と述べたのだ。つまり、マッカーサーは、占領が、主権回復後こそ、日本の独自性を取り入れ、より普遍的な改革として完成したものになっていくのだということを期待していたのだ。しかし、残念ながら、主権回復後、日本国内では、マッカーサーの期待したようなよりよい占領となるための修正はなされなかった。安全保障面でも歴史認識でも、修正どころか、負の遺産を継承し、維持発展さえさせて今日に至るのである。それらの責任を負うべきは、主権回復後も首相を続けた吉田茂であり、吉田は敗戦利得者であることを著者は剔出する。

ここまで見てきたように、本書はマッカーサーの功績や発言の真意、そして、何よりも占領の意味を知るうえで、非常に多くの切り口から、明らかにしてくれる。質量ともに読みごたえがあり、かつ、歴史の素人にも非常に分かりやすく記述されている好著である。

マッカーサーの功績や発言の真意を知ることは、吉田茂を始めとする敗戦利得者の罪深さを知ることでもある。ひいては、日本人自身がこれまでに侵してきた過ちを正し、自虐史観から脱し、本来の日本の姿に立ち戻ることにつながるであろう。戦後80年以上を経て、戦争経験がないどころか、戦争そのものへの関心が希薄となり、個人主義に埋没し、自己の欲望・欲求を満たすことこそ幸福であると信じてきた日本人が、未来の日本を、より輝かしい日本として切り拓いていくうえで必読の書といえよう。