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国際歴史論戦研究所 上席研究員
河原昌一郎
1 トランプ政権と中台関係
米国でトランプ氏が大統領に就任し、トランプ第二期政権がスタートした。トランプ政権の布陣を対中台関係でみれば、国務長官にマルコ・ルビオ氏、安全保障担当大統領補佐官にマイク・ウォルツ氏を配する等、主要閣僚は対中強硬派で固めてある。台湾では、国務長官にはポンペオ氏の再登板を期待する声が大きかったが、台湾にとってまず申し分のない布陣としてよいだろう。
トランプ第二期政権の対中台政策は、付加関税で中国に厳しい態度で臨んだ第一期政権のものを基本的に踏襲したものとなろう。トランプ氏は、石破首相と会う前に安倍元首相夫人を自宅に招き、会談したが、このことの意味は深長である。一つ言えることは、今後の対中国を含めた外交路線については安倍路線を尊重すると言うことである。台湾重視の安倍路線は中共の嫌うところであり、大きな反発があったことは記憶に新しい。
トランプ氏の外交政策の大きな特徴は、国際組織をあまり信用せず、米国単独で問題解決に向けて行動に出ることが多いことである。確かにそのほうが破壊力があり、効果が大きいことがある。第一期政権ではオバマ氏が推進したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に結局参加せず、米国通商法を適用して対中国単独制裁の方法をとった。これに対して中国は為す術を知らなかった。こうしたことから、バイデン政権が推進し、米国もその加盟国となっているIPEF(インド太平洋経済枠組)についても脱退するのではないかとの推測もある。
一方、中台関係は、現在、緊張がますます増している。中共は賴清徳氏を台湾独立派と見なし、台湾包囲の軍事演習を強化している。2024年10月の双十節の台湾総統挨拶では実質的に台湾を独立国とする発言が不穏当だとして過去最大規模の台湾包囲演習を実施した。バーンズCIA長官は、2023年2月、習近平主席が2027年までに台湾侵攻準備を完了するよう軍に指示したと発言している。もしそうだとすれば、2027年前後が中共による台湾侵攻の可能性の最も高い時期ということとなろう。
2 中共の台湾統合シナリオ
現在の中台関係の主要な規定要因である中共の台湾統合シナリオには平和的統合シナリオと軍事的統合シナリオとがあるが、これら両シナリオは、単独で実施されているわけではなく、相互補完的に、そのときどきの情勢に応じつつ進められている。
平和的統合シナリオは2005年の国共トップ会談(連戦国民党主席と胡錦涛共産党総書記との会談)で合意された「五項目の共通認識」(五大願望)に基本的に表明されている。
この五大願望は、まず台湾を経済的に取り込んで台湾の中国への依存度を高め、その後平和協定を締結して台湾統合を完成させるというものであり、中共の台湾統合シナリオを書き下ろしたものとなっている。2008年に国民党政権を回復した馬英九氏はこの五大願望を忠実に実行した。そして2011年には五大願望の仕上げとも言うべき両岸平和協定の締結を持ち出したが台湾人の極めて強い反発に会い、このときは速やかに撤回せざるを得なかった。
その後、2016年に民進党の蔡英文政権が成立し、両岸平和協定は両岸の議題とすることができないよう法改正でもって厳しく封印された。続く2024年には同じく民進党の賴清徳氏が政権を獲得し、蔡英文政権の立場を引き継いでいる。
こうした中で、注目されるようになっているのが軍事的統合シナリオである。中共は、台湾への軍事侵攻を視野に入れつつ、軍事力強化を急速に進めている。中共の軍事演習は実施の度に規模が拡大され、また台湾をより包囲する形となり、台湾人への威嚇を強め、恐怖をあおるものとなっている。
3 トランプ氏と戦略的曖昧性
2024年10月にトランプ氏はWSJ(電子版)のインタビューで、中国が台湾を封鎖した場合の対応を問われ「台湾に立ち入れば、150~200%の関税を課す」と述べた。ただちに軍事的に対応するのではなく、関税付加で対抗するということであるが、これで中国経済は壊滅するだろうから有効な抑止力となろう。また、台湾封鎖に対抗するために軍事力を行使するかという直接的な問いに対しては「行使する必要はないだろう」と答えている。その理由として、「習氏は私を尊敬しており、私が常軌を逸していることを知っている」からだとする。これはもし米国が武力を行使することとなれば通常にない強力なものになるという意味だろう。台湾への武力行使に軍事力を用いるかという問いにただちに「用いる」と返事をしていたバイデン氏とは異なる対応となっている。トランプ氏は台湾有事には戦略的曖昧性を残しておいたほうがいいと考えているのである。
4 台湾の国家承認と安全保障
トランプ第二期政権においても、第一期政権時と同様、台湾重視政策は変わらず、武器売却等は積極的に行われるだろうが、第二期政権において直面する可能性のある重要な問題が一つある。ポンペオ元国務長官の主唱する台湾国家承認の問題である。
2022年3月7日、台湾を訪問中のポンペオ氏は、「米国は必要かつ、とっくに実行しておくべきだったことを直ちに行う必要がある。台湾を自由な主権国家として承認することだ」と述べた。また、台湾の国家承認こそが台湾にとっての最大の安全保障だとも述べている。
そして、その後も台湾の国家承認を米当局者に呼びかける等の発言を積極的に続けている。2024年9月17日のハドソン研究所での会合では、「他の米政府当局者も私に賛同してくれることを願っている。それで議論を引き起こせると思うからだ。中国共産党は威嚇し、脅すだろうが、(台湾独立を)明確に訴えれば、世界に対して、台湾が独立国家であるという根本的な事実、根本的な現実を認める呼びかけとなる」と述べた。
中共は台湾の国家性は認めていない。中共によれば台湾への武力行使は中国という一国家内の問題に過ぎない。すなわち、台湾への武力行使は内政問題であり、内政問題には他国は干渉できないはずだと主張する。
ところで、台湾海峡の現実を見るとき、誰もが台湾が中国に含まれているという中共の主張が全くの詭弁であることを感じざるを得ないだろう。国際法上もモンテビデオ条約での国家の要件は、「永続的住民」、「明確な領域」、「政府」、「他国との関係を取り結ぶ能力」の4点であるが、台湾はこれらの要件を問題なく満たしている。そして、この30年来の独立した民主国家としての台湾の安定的で継続した活動を知らない者はいない。台湾海峡の両岸には紛れもなく2国が存在している。したがって、中共の台湾への武力行使は、明白に国連憲章第2条第4項で禁ずる他国への侵略行為に該当する。
ところが、現在、台湾は国連の加盟を認められず、国連の組織の構成員にもなれないこと等から、2300万台湾人の権利がいろいろな面で損ねられている。
ただし、現実に台湾を国家承認する場合は、当該国は中共から報復措置として中国との断交を覚悟しなければならない。そうした外交的リスクを冒してまで台湾を国家承認する国はないのが現実である。外交的リスクをとれる国があるとすれば唯一米国であるが、現在の困難な世界情勢は米国にもそれを許さないだろう。米国が台湾の国家承認に踏み切るときは世界情勢が変化し、中台関係が極度に緊張するか、武力行使が現実のものになるときである。そのときは、米国は、自国の武力介入が国際法上の正当性を確保し、各国の賛同を得る観点からも台湾の国家承認を行うことが求められよう。
中台関係の危機的事態がトランプ第二期政権期に起こるかどうかはともかく、台湾の国家承認は世界情勢を左右する重大問題であり、今後、米国は台湾問題に関係して、これについての検討を深めていくこととなろう。ただし、台湾海峡の現実に明らかに矛盾し、台湾人の権利を損ねている中国の詭弁をこれ以上放置することも望ましいことではない。ポンペオ氏やその賛同者たちの活動に期待するとともに、台湾の早期の国家承認をめざして、我が国でもこの問題についての認識を広げていかなければならない。(了)